第二界
弥平と守護霊は道の上に立っている。道の両側は草原になっており、ずっと先まで続いている。道は下っており、小川に架かる橋へと続く。川の周りには黄色い花が群生しているようだ。
小川の向こうには家が何軒かあり、どこにでもあるような田舎の風景が広がっている。
「ここは第一界だ、可もなく不可もなく、普通に人生を送った者はここに来る。ここが霊界の最下層だ。お前の霊性は、第二界に達しているため、第二界へ行く」
守護霊は、弥平を連れて第二界へ向かった。
弥平はやはり明るさにやられて、最初目が見えなかったが、だんだんと目が慣れてくると先ほどと同じような農村の風景が見えてきた。
「特に変わったような気がしませんが」
弥平がこのように言った後、理由も無く体の中心からじわじわと幸福感が込み上げてきた。
「これは、これは一体!」
守護霊が、にこにこして話しかける。
「これが第一界との一番大きな違いだ。霊界は完璧な階層構造となっている。霊性に応じて各界があり、下位の界には行けるが上位の界へは行く事が出来ない。上位に行けばいくほど神に近づき幸福になる。その事が強い動機となって、皆霊性の向上に励んでいる」
「どうすれば向上できるのでしょう」
「多くの職業があるのと同じで、無数の方法があるが、お前の場合人生を途中で投げ出したので、もう一度最初から人生をやり直し最後まで全うするべきであろう」
「人生とは、霊性向上のためにあるのですか」
「それだけではないが、大きく成長させる事が可能だ。この第二界にいれば、食事や睡眠の必要も無く、病などで苦痛を味わう事も無い。ところが地上では、食うため、家族を養うために皆苦労する。悲しみに涙し、苦痛に苛まれる。そうすることで魂は磨かれるのだ」
「分かりました、次こそは人生を全うします。しかし、その前に一つだけお願いがあるのですが、私が投げ出した家族はどうなったのでしょうか教えてください」
「わかった、少し待っておれ」
そう言って守護霊は消えてしまった。
そのとき突然、弥平の横を何かが通り過ぎた。驚いた弥平が目で追うと、見たことない乗り物だ。二輪のその乗物は坂を勢いよく下って行く。
「邪魔になるから、こっちに来なよ」
近くにいた女が、弥平の手を引っ張って道路の脇に連れて行く。
弥平は女に尋ねる。
「あれは、何ですか」
「あははは、自転車も知らないの、どんな大昔から来たの」
弥平が死んでから、もう七〇年近くもたち今地上は昭和の時代に入り、時代は大きく変わっていた。
守護霊が再び現れた。
「よし、準備ができた。今から第三界へ向かう。普段は行く事が出来ないが今回は特別だ」
守護霊に続いて、弥平は空に昇って行く。しばらくすると第三界に着いた。
第三界の風景も大きくは違わないが、どこか生き生きとして輝いている。そして、もっと多くの幸福感が流れ込んできた。
「なるほど、これを一度味わうと第二界がつまらなく思えます。いったい何界まであるのですか、それと守護霊様は何界でいらっしゃるのでしょうか」
弥平が目を輝かせて、守護霊に聞く。
「何界まであるのか私にも分からない。少なくとも十界以上はあるだろう。ちなみに私は第五界の住人である」
その時、前方から歩いてくる女が見える。若いころの妻だ。弥平の前まで来るとお辞儀をして、
「あなた、長いことお待ちしておりました」
「ハナ、随分待たせたな」
二人は目を見合させて、手を取り合う。しかし、肉体では無いので手の温かみや弾力が感じられず、二人は手を離した。
弥平がハナに語りかける。
「私は大変申し訳ないことをした。お前たちを残して逃げてしまった。その後随分苦労したことだろう。さぞかし怨んだのだろうな」
「いいえ、私も、子供たちも恨むような事はありませんでした。あなたこそ、あんなに頑張っておられたのに報われず苦労されたようでね」
ハナは涙ぐんで、もう一度弥平の手をとった。
「子供たちはどうなった」
弥平夫婦には三人の子供がいた。男男女で、弥平が死んだ時に、長男佐吉一七才、次男嘉助一五才、末っ子まりは七才であった。
「それぞれに、立派な人生を送ったと思うのですが・・・」
ハナは言い淀んで、弥平の守護霊の方へ視線を向けた。
守護霊が答える。
「残念な事に、三人とも地獄にいる」
弥平はショックを受け、しばらく声を失ったが、
「なぜです、三人とも相当悪い事をしたのでしょうか」
「理由はそれぞれだ。殊に佐吉は、お前の死んだ後の家庭を支え、悪い事もほとんどしていないのだが、難しい事になっている」
弥平は、ぐるぐると考えを巡らす、やはり自分のせいかもしれない。
しばらく沈黙した後、守護霊が口を開く。
「お前も地獄を経験したので分かると思うが、すべて自分次第だ。原因は本人自身にある。お前のせいではない」
「しかし、私が投げ出さなければこんな事にならなかったかもしれません」
その後、ハナと会話を続けたが、地獄の話があまりにもショックで、弥平の頭に入って来なかった。
面会が終わり第二界に戻るとすぐに、弥平が守護霊へ話しかける。
「お願いがあります、三人に合わせてください。ひょっとしたら、地獄から出るきっかけになるかもしれません」
「彼らには、彼らの守護霊が責任を持って担当している。お前の出る幕ではない」
守護霊は本人が気付くまで放置している。そのせいで、数十年も地獄で無駄に過ごした。少しでも早く地獄から出してやりたいと弥平は思っていた。
「親ならば、一刻でも早く地獄から出してやりたいと思うのではないでしょうか、このような事は珍しいことなのでしょうか」
守護霊は少し考えてから、
「分かった、そこまで言うのならば、三人の守護霊と相談してみるから、しばし待っておれ」
そう言うと守護霊は消えた。
しばらくすると、弥平の守護霊が、嘉助の守護霊を連れて現れた。
嘉助の守護霊が、弥平に話しかける。
「嘉助は、地獄のかなり下層におってな、向上へのきっかけをどうやったら与えられることができるか考えておったのじゃ、会ってくれるのは大いに助かるが、ひどいところでお前にも相当な苦痛が伴うと思うがそれでもよいか」
弥平は、嘉助の守護霊をまっすぐ見て、
「分りました、覚悟します」と答えた。