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精霊と踊る君と  作者: 此島
四章
20/33

 また見舞いにやって来るとは思わなかったのだろう。家を訪れるとファルガは甚く驚いてはいたが、それ以上にユーリ等の再訪を喜び歓迎してくれた。

 幾らか痩せているようには見えたがファルガはもう寝台から出ており、元気そうに笑っていた。それをレンディットが喜んでいた事は言うまでもない。無理をさせて身体に負担を掛けるわけにもいかないので余り長居はせずに見舞いは終えた。

 時刻は大体昼前くらいだろうか。緑風(みどり)の通りは喧噪に包まれ、多くの人々が行き来している。界隈には手軽な軽食を取り扱う店も多く、この時間帯は昼食を外で食べたり、職場や家に買って戻る人々で特に賑わうのだ。気を抜けばとろいレンディットなど簡単に人の往来に紛れてはぐれてしまいそうだが、そうはならないようレンディットを傍に引き寄せるように手を繋ぎ、ユーリは帰り道を歩いていた。

 様々な方向から店と客との遣り取りが聞こえてくる。通りは精霊宮には無いような活気に満ち溢れ、静かな生活に慣れてしまったユーリには通りの騒々しい空気は随分と懐かしいものに思えた。

 レンディットは片手で帽子の位置を直しながらきょろきょろと辺りを見回している。先日とは異なり今日は多少は心に余裕にあるからか、周りのものが物珍しく映るのかも知れない。

「少し見て行くか、レン?」

 朝から昼に移り変わるような時刻に出て来たので刻限にはまだ時間がある。留守番をしてくれているネルにもゆっくりしてこいと言われている。だからユーリはレンディットにそう訊いてみた。言い付けを破って二度も外出をしたのだ。恐らくこの次の機会はもう無い。もし見たいものがあるなら今の内に見ておいた方がいい。

「…いいえ。(じじ)様にも会えたし、もう充分です」

 レンディットはユーリの提案に首を振り「有難うございます」と言ってにっこりと微笑む。例の笑顔に似てはいるがこれにはちゃんとした感情が湛えられている。レンディットが満足しているのなら無理に勧める事も無いだろう。

 レンディットの歩幅に合わせ、周囲の雑踏の足音と人々の話し声を聞くとも無しに進んで行く。雲が太陽を覆って翳った日差しにレンディットがふと顔を上げた。空に向けて小さく吐息を零し、表情を強張らせてユーリの袖を引く。

「――ユーリ。……あの、誰か…」

「解っている」

 向かいからやって来る人を避けながらユーリはそれとなく後ろを振り返る。生憎と人込みに紛れてどれがそうなのかは判らないが、複数の気配が後をつけて来ているようなのは感じていた。レンディットに精霊から知らせが入ったという事はユーリの勘違いではなさそうだ。

 好意的なものでは決してない視線を背に感じてユーリはレンディットの手を握り直して歩調を速めた。後方の気配も同様に足を速めたらしいのを察知し、通行人に紛れて近くの路地へと滑り込む。

 表通りの喧噪が少し遠くなった路地の中程でユーリは足を止め、入ってきた曲がり角の方へ向き直った。この路地は分かれ道の無い長い一本道で、ずっと向こうの黒闇(くろ)の通りに続いている。逆側から背後に回り込まれる危険性は低いだろう。

 レンディットを隠すように背中に回して数拍待つ。どたどたという慌てたような足音と共に路地に駆け込んで来た連中を視認してユーリは顔を顰めた。

 数は四人。旅装束にも似た擦り切れた衣服を纏った、この辺りでは見掛けないような風体の男達だ。面識も無いこの連中がどうして後をつけて来るのかは知らない。だが、彼等が所謂破落戸の類であろう事だけは判別出来た。

「私達に何か用か?」

 ユーリは肩を怒らせ歩いて来る男達へと冷淡に尋ねる。返答は期待していなかったのだが、四人の先頭に立った男がせせら笑って答えた。

「いんや、兄ちゃんには用はねえ。用があるのは後ろのお嬢ちゃんの方よ」

「…この子に何の用がある?」

 破落戸の台詞にユーリは眉根を寄せ、問いを重ねた。その間も背後にレンディット以外に人の気配が無いかを探りつつ、男達の様子を油断無く観察する。少しずつ距離を詰めてくる連中の顔には一様に品位の無い笑みが浮かんでいた。彼等はこうやって他人に絡む事に慣れているらしい。

 頭領格なのだろう先頭の男は下卑た笑い交じりにユーリの後ろにいるレンディットに目を移す。

「頼まれたのさ。そこのお嬢ちゃんを痛め付けてやってくれってよ。出来ればもう一生身動き出来なくなるぐらいにな。その為の手段は問わないとさ。って事で怪我したくなければ引っ込んでな、兄ちゃん」

 ぱきぽきと指を鳴らす男は小莫迦にしたような眼でユーリを見る。判り易い脅しだ。衛士時代にもこうしたならず者の相手をした経験は何度かある。

 こんな風に本当の意味での護衛の務めを果たす日が来るとは一種感慨深い。以前の祭司官の一件ではネルが活躍してくれたお陰でユーリには全くといっていい程出番が無かった。此処に来て漸く巫女守としての面目躍如の機会が訪れたようだ。

「レン。其処から動くな」

 レンディットにだけ聞こえるよう声を潜めて囁き、ユーリは男達の方へと大股に一歩近付く。脅しを無視して動いたユーリに連中は態とらしく肩を竦め、ユーリを嘲る言葉を囁き交わしながら笑い合っている。仰々しくも呆れたような溜め息をついて此方へ歩んで来た一人の腹へと、ユーリは音も無く拳を減り込ませた。

 呻いて頽れる男には最早目もくれずユーリは男達の間に飛び込んで続け様に二人、三人と一撃で石畳に沈めていく。巫女守の剣は提げて来ているがこの程度の連中相手に抜く必要も無い。彼等の実力の程は相対しての立ち居振る舞いから知れている。

 ユーリは倒れ伏した三人を冷たく一瞥して残る頭領格の男を正面に捉えた。瞬く間に仲間をやられ、勝ち目が無いと判断したらしい男はユーリの脇を擦り抜けようと駆け出した。狙いは元々其方なのだからレンディットを押さえれば己の勝ちだと踏んだようだ。愚かな事にユーリがそれを許す筈が無いのが判らないらしい。

 男が走り抜けようと脇を横切ろうとしたところでユーリは男の足を払う。転んで石畳に顔を強かに打ち付けた男はそのままぴくりとも動かない。運悪くと言うべきか、転倒の衝撃で気を失ったらしかった。

 全員を倒し、立ち上がる者がいないのを確認する。倒れた破落戸達に意識を向けたユーリへ警告を発するように肩の辺りで〝気配〟がちりちりと知覚を刺激した。

 誘導めいて動く気配を反射的に追い、路地に建ち並ぶ家屋の屋根を振り仰ぐ。

「――っ!?」

 屋根の上には身を屈めた一人の男。男の手に投擲用と思しき掌大の短剣が握られているのを見てユーリは即座にレンディットの前に飛び出した。

 レンディット目掛けて投げられた短剣をユーリの抜き放った剣が叩き落とす。硬音が鳴り響き、巫女守に授けられる特別な剣が男の放った短剣の刃を易々と叩き折ったのだと遅れて察する。

 完璧に気配を殺していた屋根の上の男は何故気付かれたのかと苦々しげな舌打ちをした。失敗を悟り、身を翻して逃げ出そうとする男だったが突如、その眼前で眩い閃光が迸る。

「ぐあっ!?」

 両目を押さえて男が蹌踉く。ふらつく足下が屋根を踏み外し、男は敢え無く路地へと落下した。

 苦痛に呻きながら尚も逃げ出そうと身を起こす男の首筋にユーリは手刀を叩き込み、気絶させる。心ならずも自分に取り憑いた闇精とレンディットを慕う精霊に助けられたようだ。ユーリは自らの油断を反省し、この男の他に伏兵らしき人間がいないか周囲を注意深く見渡した。

 今度こそ片付いたようだった。どうして手助けをしてしてくれたのかを問うて闇精の方へ視線を遣るも、当の気配はすっかり鳴りを潜めてしまっている。何かしら心境の変化でもあったのか、将又ただの気紛れなのか。問う術も無いので闇精の気配がする辺りへ一応の黙礼し、剣を鞘に納めたユーリはレンディットを振り返る。

「……レン?」

 もう終わった。怪我は無いか。そう続けようとした言葉は声になる前に思わず散じて消えた。ユーリは急いでレンディットの傍へ駆け寄る。

 レンディットはその場にしゃがみ込み、自分で自分を抱き締めるように腕を回して小刻みに震えていた。その顔は例の〝笑顔〟を形作ろうとし、しかし恐怖によるものなのか微笑は歪で、顔色は病的な程の蒼白となっている。

「……あ…。…だ、大丈夫…です…。すぐ…抑えますから……」

 声を掛けられた事に気付いたレンディットは更に笑みを深くして、消え入りそうな幽かな声で言う。此処まで明らかな無理をして笑うレンディットは見た事が無い。過剰なまでの反応に異変を感じてユーリは膝を突いてレンディットの顔を覗き込む。

「どうした?」

 問われたレンディットは滲む涙で割れそうな瞳でユーリを見、何故か微笑んで、辿々しく言う。

「…ご、ごめんなさい。…お父さんとお母さん、夜盗に襲われて、殺されたから…。……わ、笑い方とか…今の人達で少し、思い出して……。……でも、すぐに抑えますから……大丈夫だから…」

 レンディットの微笑は必死に笑みの形を保とうとしている所為で奇妙に歪み、却って泣いているような表情になっている。けれども涙の粒が零れる事は無く、レンディットは深呼吸をして懸命に気を落ち着けようとしていた。

 笑っていないと、溢れてしまいそうになるから。

 そう言ったあの時もレンディットはずっと笑顔のまま俯いていた。〝笑顔〟で己の感情に蓋をして。

 いつも同じ、鋳型に填めたような〝笑顔〟。ユーリはそれをレンディットが作る周囲との〝壁〟のようなものなのだと思っていた。だがそれは思い違いだったらしい。

 レンディットのあの笑顔は〝壁〟ではなく〝蓋〟であり、表層に溢れ出しそうになる強い感情を抑える為のものなのだろう。無理矢理に笑おうとしながら自分に言い聞かせるかのように、大丈夫だから、とレンディットは譫言のように呟いている。

「…ああ。大丈夫だ、レン」

 逡巡の末にユーリは震えるレンディットを抱き締めた。ユーリの腕の中でレンディットが極僅かに身動ぎをした。

「だから、無理をして堪えようとしなくていい」

 泣きじゃくる子供を宥める時のように優しく背を叩き、囁き掛ける。レンディットは恐怖に戦く瞼を閉じ、深く呼吸をした。けれどレンディットが自分に許したのは其処までだ。

 やんわりとユーリの腕を押し退けて身を離したレンディットは笑っていた。ユーリを見上げるレンディットの顔に涙の跡は見当たらず、生じた感情を封じる為の蓋であるいつもの〝笑顔〟だけが存在している。

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