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精霊と踊る君と  作者: 此島
四章
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 窓辺に佇むレンディットは憂いの瞳でぼんやりと外を眺めていた。女官長に謹慎を言い渡されて以来、レンディットは祈りの時刻を除いて部屋の外に出る事も無く、室内に引き籠もる日々を過ごしている。

 所用で席を外しているらしくネルの姿は見当たらなかった。レンディットは心此処に在らずでユーリが部屋を訪れた事にも気付かない。吹き込む風が時折彼の髪を優しく揺らすが、レンディットは何処を見ているのか判らないような目をしたままだ。

 部屋の中に満ちる空気は静かで落ち着いているのに、決して居心地がいいとは感じられない。まるで何もかもが停滞しているかのようだ。

 深閑とした室内にふと、幽かな吐息のような呟きが零れる。

(じじ)様の加減はどう…?」

 囁きは精霊へと向けられたものだろうか。レンディットは虚ろな眼差しで空を見上げる。精霊からどのような返答が返ってきたのかは判らないがどれだけ経ってもレンディットの表情が晴れる事は無い。

「気になるのなら、自分で確かめに行けばいい」

 遠くを見つめるレンディットへユーリは声を掛けた。敢えて敬語は使わずに、〝巫女〟にではなく〝レンディット〟個人に話し掛ける。

「ファルガ殿が心配なら会いに行けばいいだろう。たったそれだけの話だ」

 諭すようにユーリは同じ事を繰り返す。小さく身動ぎしたレンディットがのろのろと振り返る。一瞬目が合った後、レンディットは困惑したように視線を足下に彷徨わせた。

「………いいえ。それは…出来ません」

「何故?」

「何故…って」

 一呼吸の空白。伏せていた顔を上げ、レンディットがにこりと笑う。

「――巫女が私用で外に出る事は許されません。それに…私は今、謹慎中の身ですから」

 今し方の塞ぎ込んだ姿が嘘のような微笑みだった。だがその笑みが作り物に過ぎない事をユーリは疾うに理解している。誤魔化す為の笑顔は、もう見飽きていた。

「笑うのを止めろ」

「……え?」

 低く発した恫喝にも等しいユーリの言葉にレンディットが笑みの形を僅かに崩した。レンディットは意味が解らないという風に首を傾げたがユーリは構わず続けた。

「女官長の言い分は私には到底納得出来るものじゃない。大事に想う人間を見舞って何が悪い?」

「それは、私が巫女だから……」

「私はレンに訊いている。巫女には答えを求めていない」

 想定通りの答えをユーリは強く遮った。交わる視線の先でレンディットの瞳の中に戸惑いの色が泡のように浮かび上がる。けれどもそれはほんの一瞬の事で、レンディットがユーリの問いから逃れるように俯くのと同時に長い髪に隠れて見えなくなった。

「………」

 袖口の中で両手を握り固めたレンディットは一言も答えようとはしない。どうせ上手い言い訳が思い付かないのだろう。レンディットの本音など先日の様子を思えば火を見るよりも明らかだ。本音を隠し通して誤魔化したいのなら、もっと上手く取り繕ってもらわなければならない。そうやって口を噤んでいるのは答えているのも同義である。

 レンディットの立つ窓辺に向かってユーリは足を踏み出した。当惑するレンディットを無視して窓枠をひらりと乗り越え外に出る。

 例の抜け穴の存在は女官長の知るところとなりはしたが、ものがものだけに女官長もすぐには手の打ち様が無いようで塞がれずに未だそのままにされている。これ以上日が経てば難しいだろうが今ならまだ、抜け穴から外へ出て行く事は可能だった。

「ファルガ殿が心配なんだろう?なら、行くぞ」

 地面と床との高低差がユーリにレンディットの顔を見上げさせる。はっきりとした葛藤がレンディットの戸惑う瞳の内側に覗いていた。

 自戒の念と、女官長の言い付けを遵守しなければという想い。だがそれを上回って存在するファルガを案じる気持ちとがレンディットの中でせめぎ合っている。ユーリはそれを言葉にして伝える事が酷であるのを承知の上で、敢えてその事実を口にした。

「…ファルガ殿は、もう余り長くはない。そうご自分で言っていた」

 レンディットの顔が痛ましく歪む。知りたくなかった事を教えられたからではない。知っていて、それでも尚認めたくはなかった事実を突き付けられた表情だった。

 どうしてそんな事を言うのかと、今にも泣き出しそうな顔をするレンディット。責めるような、嘆くような。複雑に感情の重ねられた翡翠の瞳を毅然と見つめ返してユーリは右腕を伸ばした。

 差し出された腕にレンディットが虚を衝かれたように茫然とユーリを見る。幼い子供がそうするように首を左右に振ったレンディットは涙を浮かべ、摑んだ窓枠に寄り掛かってずるずると頽れる。

「―――来い、レンディット」

 これが最後の呼び掛けのつもりでユーリは彼の名を呼んだ。その心に届くよう、揺るぎの無い意志を込めて。

「―――……っ」

 泣くのを堪えるかのような、息を呑む音がした。緑銀の髪が窓の外に注ぐ光を受けて淡く輝き、風に靡く。

 ほとんど飛び降りるようにして窓を乗り越えたレンディットの身体をユーリはしっかりと抱き留める。自らの下した決断に当惑するレンディットは少し震えながら、それでも自身の足で地に立って恐る恐るユーリを見上げてきた。

「それがお前の正直な気持ちなんだろう?なら、それでいい。行くぞ」

 ユーリはレンディットを見つめ返してその意志を肯定する。僅かの後にレンディットがとても微かに笑んだ。何処かぎこちなく、だがユーリには作り物の笑顔などよりもずっと美しく感じられる。

 ユーリが差し出した掌にレンディットが手を重ねた。

「――ちょっと待った、お二人さん。駆け落ちするのは勝手だけどさあ、その格好は少ーし目立つんじゃねえか?それじゃああっという間にとっ捕まっちまうぜ」

 と、窓の向こう側から揶揄が掛けられる。楽しげな顔をしたネルが窓枠に頬杖を突いていた。ネルは笑いながら先日のレンディットの衣服一揃えを片手で掲げる。

「叔母さんに処分される前に奪取しておいたんだ」

 ネルは戯けて片目を瞑り、自慢げに胸を張る。よもやこの状況を予期していたわけでもないだろうに用意周到というか、随分と気の付く事である。しかし、抜け出す当事者よりもネルの方が余程脱走に乗り気なようなのはどういう訳か。

 支度を手伝ってくれるらしくネルは手招きをしてレンディットを呼んでいる。ユーリが行けと背中を軽く押してやるとレンディットは心を決めたように力強く頷いた。

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