006 襲撃
誤字を修正しました。
教えてくださる方、いつもありがとうございます。
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「お前が王女か」
確信的な声での問いに答えることはせず、ただ静かに相手を見つめ返す。何故馬車の進路が知られていたのだろうと疑問に思うし、隻眼の賊の鋭い視線に対する恐怖もある。
けれど、わたくしは何としても守らなければいけない。わたくしの後ろで震えている、皆を。
体の震えを堪え、賊の視線に負けないようにわたくしもきっと睨み返した。
リオン、カイト、ギルバート宰相、騎士の皆さん。
どうか、早くここまで来て。
✼ ✼ ✼
カラカラと、馬車の車輪が回る音がする。王家の馬車は上質で、揺れを感じることはあまりない。これが当たり前ではないと知ったのは、おしのびで城下に遊びに行ったときだった。
「……と、ここまでは分かりましたか?」
「ええ」
王城を出発してから5日が経った。何か問題が起こる、ということもなく、今の所馬車の旅は順調に進んでいる。
この5日間で、わたくし達の世界は本当に狭かったのだと実感する様な事をいくつも知った。中でも特に驚いたのは、エウリュアレ以外の国は男社会だということだ。騎士はともかくとして、我が国では他の仕事の要職に着くのはほとんど女性なので、これには本当に驚かされた。
「興味深い話をありがとうございました」
今聞いていたのは、今回の建国祭に参加する国々の歴史や各国独自のマナーだ。両方とも、他国の人々と接するにあたって知っておいて損はないらしい。外交の武器になるのだとか。
いつもは大人びているカイトが目を輝かせて他国の歴史を聞いているのが可愛かった。カイトに言ったら怒られるので絶対に言わないけど。
「では、次は何をお話致しましょうか……」
思案するようにギルバート宰相が顎に手をやり、目を伏せる。理知的な深緑の瞳に、カイトと2人、次は何を教えてもらえるのかと少しばかりワクワクしながら待った。ギルバート宰相は話をするのが上手で、聞いていてとても楽しい。男だてらに宰相になったのも納得だ。
と、その時。ガタン、と音を立てて馬車が突然止まった。衝撃で体が前に倒れかけたのをカイトが止めてくれる。カイトは安定した体勢のまま座席に座っていた。何故だろう。
「……何かしら」
「なりません、姫様」
酷く嫌な予感がして窓を覗こうとすれば、険しい顔をしたギルバート宰相に首を横に振って止められた。カイトは何かを考え込んでいるようだった。
「私が様子を見てきましょう」
懐に手を当てて何かを確認したギルバート宰相は、止める間もなく外に出ていってしまった。開いた馬車の戸に外を覗き込もうとすれば、隣に座っていたカイトに目を覆われた。これでは何も見えない。
「カイト…?」
「駄目ですよ、姉上。ギルバート宰相なら大丈夫です。彼はとても強いのですから」
「でも、武器も何も持っていないのよ。もし何かあったら……」
「さっき懐に手をやっているのを見たでしょう? あれは護身用の短剣です。それに、もし何かあったとしてもギルバート宰相なら敵から武器を奪うなり何なりするでしょう」
わたくしを窘めるカイトの声はどこまでも冷静だ。それにつられるようにして、わたくしも少しずつ落ち着きを取り戻して行った。
深呼吸をして、そっとカイトの手を外す。落ち着いた事を示すようにカイトを見つめてにこりと微笑んだ。
「もう大丈夫よ、カイト。わたくしが落ち着きを失うわけにはいかないものね」
落ち着かなければいけない。この場で最も身分が高いわたくしが取り乱せば、それはカイトや後続の馬車にいる侍女たちの不安にも繋がってしまう。
次期女王として相応しい振る舞いを。心の中で、何度もそう呟いた。
聞こえてくる喧騒に、馬車の外側では何かが起こっているのが分かる。キン、キン、と絶え間なく聞こえてくる甲高い音は、剣が交わる音かもしれない。
不穏な状況と聞こえてくる音に不安が募った。
「どうやら襲撃を受けたようですね」
馬車の窓にはカーテンが引かれていて、外の様子は見えない。だというのに、カイトの目は窓に向けられていて、まるでカーテン越しに何かを見ているみたいだった。
さっきまでは確かに平和だったのに、どうしてこんなことになったのだろう。浮かんで来た泣き言は、ぐっと唇を噛み締めて堪える。守られる立場のわたくしがそんなことを言っては駄目。外の皆は、もっと厳しい立場で戦っているのだから。
様子を見ると言って出ていったギルバート宰相はまだ戻っては来ない。無事で、居るだろうか。
「遅いわね……」
「そうですね。ギルバート宰相も外で戦っているのかもしれません。私も行きたいところですが、行ったところで足でまといにしかならないでしょうね。姉上を1人にも出来ませんし」
「わたくしなら大丈夫よ?」
「そうではありません。この場で最も身分の高い姉上の傍に誰も戦える者がいないのは問題でしょう? 何かあってからでは遅いのです」
護衛騎士の皆さんがいるでしょう? そうカイトに言ったら、カイトは険しい顔で首を横に振った。
「それでも、です。何が起こるのかは誰にも分かりません。襲撃して来た賊にも想定していなかったことが起こる可能性だってありますし、馬車と馬車の周囲にいる騎士たちが引き離される可能性だってあります。誰か1人くらいは姉上とともにいるべきです。私1人では戦力として頼りなさすぎますが」
「でも、戦えるんでしょう? わたくしは全く戦えないから、カイトがいるだけで心強いわ」
「ギルバート宰相や兄上に比べると私はまだまだ弱いのですがね」
そう言うカイトは、ちょっと悔しそうだった。聞けば、鍛錬の手合わせでエドに勝てたことは1度も無いと言う。なるほど、それは悔しいはずだ。冷静そうに見えて、カイトは意外と負けず嫌いなのだから。
でも……
「別に、勝てなくてもいいのではない?」
「……え?」
「勝てなくてもいいじゃない。きっと、カイトとエドは双子で役割分担がしっかりされているのよ。カイトは知識、エドは武力。ね?」
「役割、分担……」
カイトは呆然とした顔でわたくしの言葉を復唱し、それから小さく笑った。
「全く、姉上には敵いませんね。これからはそう思う事にしましょう」
緊迫しているだろう外の状況をよそに、馬車の中では穏やかな空気が流れた。
わたくしたちは、油断していた。馬車の中は外の喧騒とは程遠く、周囲もいつの間か静かになっていた。戦闘が終わったのだと、わたくしも、カイトも、判断してしまった。
コンコンコン。
馬車の戸が叩かれる。一定のリズムで、穏やかに。
「ギルバート宰相でしょうか?」
そう言って、カイトは馬車の戸を開けた。
そして。
「…………え?」
カイトは、馬車の外に引きずり出された。
パタン、と虚しい音を立てて再び戸が閉まる。慌てて戸を開けようとしたものの時既に遅く、馬の嘶きが聞こえたかと思うと馬車は勢いよく走り始めた。やがて、森の奥深くにある洞窟の様な場所に着くまで。
そうして、話は冒頭に戻る。
お読み下さってありがとうございました!
戦闘シーンをまるで書ける気がしなかったので丸ごとすっ飛ばしてしまいました(←ごめんなさい)。
反省はしています。が、後悔はしておりません!笑
少しでも面白いと思っていただけましたら幸いです。