005 出立の朝
時系列が飛びます。
他2作品も本日投稿していますので宜しければ是非
まだ日が昇って間もない時間帯に、わたくし達は王宮の入口に集っていた。
「アリーシャ、カイト、くれぐれも気をつけて行くのですよ。ギル、2人のことは頼みます」
「はい、お母様。行って参ります」
「お二方の事はお任せ下さい、陛下」
忙しい中見送りに来てくださったお母様は、とても心配そうな顔をしている。それを、見送りに来てくださった他の方々が少し微笑まし気な顔で見ていた。皆、昔からお母様のお傍に仕えていた方たちだ。
お母様に心配されている事に少しのこそばゆさを感じながら頷いたわたくしの横で、ギルバート宰相は恭しく礼をしていた。
アシュリナで開かれる建国祭に参加して来るようにとお母様に命じられてから2週間が経ち、わたくし達はアシュリナに向けて出立する日がやって来た。万が一なども考え、旅程は少し余裕を持たせて1ヶ月程で組まれている。
帰ってきた時の政務が大変そうだが、こればかりは仕方がない。どうしてもわたくしが目を通す必要があるもの以外は国に残る側近たちが捌いてくれると言っていたから、全て自分でやるより余程マシなのだろう。
「兄上、行ってきますね。私が頼むことではないのは承知の上ですが、母上の事をよろしくお願いします」
「言われなくてもな。お前も姉上をしっかり補佐しろよ?」
「ええ」
エドが挑発的な笑みを見せると、当然、とでも言う様にカイトがふっと不敵に笑った。
纏う雰囲気も顔立ちも親しい人が見れば違いは明らかだが、こうして見ると2人は本当によく似ている。まあ、髪型が違うからその違いは明らかなのだけれど。
「そろそろ出発致しましょうか」
ギルバート宰相の声を聞いて、それぞれが出発に向けて動き出す。わたくしも、カイトのエスコートを受けて馬車に乗り込んだ。
この馬車に乗るのはわたくしとカイト、ギルバート宰相の3人で、オフェーリア達侍女は後続の馬車だ。護衛騎士たちはそれぞれの武器を携えて馬に跨った。
『よく学んで来なさい』
馬車の窓から外を見ると、お母様がそう唇を動かしているのが見えた。この場の誰よりも身分が高い人として凛と背を伸ばして立っているお母様に、しっかりと頷きを返す。
……行って参ります、お母様、エド。
窓の外を見詰めていると、程なくして馬車は静かに動き出した。後ろにも後続の馬車が続々と続いている。
城門を出て、馬車は城下町に差し掛かる。
城下町は、早朝だと言うこともあって酷く静かだった。偶にお忍びで城下に出掛ける時に目にするような活気がまるでなく、なんだか少し落ち着かない。
「…………アシュリナは、どんな所なのでしょうか」
窓の外をじっと見つめていると、不意にカイトがぽつりと呟いた。その眉間には、深く皺が寄せられている。
「急にどうしたの?」
「これから行く場所の事なので知っておきたいと思いまして。この国では、外国の事が記された本など殆どありませんから」
「それは…そうね」
情報はとても大切だ。どんな情報であっても役に立つ時と言うのは必ずあるし、交渉の時などはたった1つで交渉の有利が決まる事もある。
それなのに、これから行くアシュリナの情報を、わたしもカイトも殆ど持っていないのだ。
「それについてはご安心下さい。私は何度かアシュリナに行ったことがございますので、女王陛下より、道中でお二方にアシュリナについて教えるよう仰せつかっております。わたくしが教えてあげられたらいいのだけれど、と苦笑いされておられました」
「まあ、お母様が?」
「そうか、母上が……」
お母様が直々に教えるような時間が取れなかったことは仕方がない。お母様はとても忙しいのだ。
女王の仕事だけでも目の回るような忙しさだと言うのに、お父様がなくなってからは王婿の執務も行っている。
その一部はギルバート宰相が担ってくれているとはいえ、国内でもトップクラスに仕事が多い女王と王婿の仕事を同時にこなしているのだから、時間が無くて当たり前なのだ。忙しさの合間を縫って見送りに来てくれただけでも充分ありがたかった。
「ありがとうございます、ギルバート宰相」
「ありがとうございます」
2人してお礼を言うと、ギルバート宰相は軽く目を見張った。
「いえいえ、これも仕事の内ですから、お礼を言われる必要はございません」
「いいえ。お母様のご指示だとしても、わたくし達は教えて頂く身なのですから、そこはしっかりお礼を言うべき所だと思うのです」
「教えて下さる方に感謝を示すのは当然の事です」
そう。指示されたからではあるのかも知れないけれど、わたくし達は教えてもらう身なのだ。指示されての事だからお礼を言わない、というのは傲慢だし、教えてくれる相手に対して礼を尽くすのは当然だ。
わたくしは、やってもらえて当然とふんぞり返るような為政者にはなりたくない。
カイトと目を見合わせて小さく笑う。
ギルバート宰相は、驚いたように少し目を見張っていた。
「これはこれは、お2人とも私めの知らぬ間に随分成長されていた様です。いやはや、これはエリンシア様もお喜びになるでしょうなあ…」
「ギルバート宰相は、お母様と同じ事を仰るのですね」
「おや、既にエリンシア様に言われておいででしたか」
ギルバート宰相も笑う。少し目尻に皺が入ったその笑顔は、オフェーリアやリオンととてもよく似ていた。親子なのだなあ、とこんな時に実感する。
それに、ギルバート宰相と接するのは基本仕事をしている時だけだから、彼がお母様の事を名前で呼んでいる事を初めて知った。やはり幼馴染だからなのだろうか。
「さて、そろそろ王都も出る頃ですし、教える事も山程ありますから、ここらで初めましょうか。さて、何から話すべきか――…」
ギルバート宰相の話に耳を傾け、時おり疑問を持ったことを尋ねたり、新たに知る事実に驚いたりしている内に、馬車はあっという間に今日宿泊する街まで辿り着いていた。
今回もお読み下さってありがとうございました!
ヒーローはそろそろ登場する筈です、多分。
良い新年をお迎え下さい。