001 不吉な夢
時間が空いてしまいすみません!
少々私情の方が立て込んでしまいまして……
「い、いやあああああ!」
自分の叫び声で飛び起きた。まだ、息が荒い。夢で見た光景が頭から離れなくて、背中にはじっとりと嫌な汗をかいていた。
「姫様!?どうなされましたか!?」
恐らくは私の叫び声を聞いたのだろう。いつもは絶対にしないのに、わたくし付きの侍女であるオフェーリアが珍しく声を荒らげ、控えの間と寝室を繋ぐ扉をドンドンと激しく叩いている音が聞こえた。
心配させているのなんてわかり切っているけれど、今のわたくしには返事をする余裕なんてなかった。荒くなっている呼吸はしばらく落ち着きそうもない。
「…っ! 失礼します!」
一言断ってから、彼女はわたくしの寝室に押し入ってきた。真っ直ぐわたくしの所に向かって来てくれる彼女の姿を見て、安堵で肩の力が抜けた。
「オフェー…リア……」
震える声で彼女を呼ぶと、優しく背中をさすってくれる。その手つきに、段々と体の震えが収まって行った。
「何があったんですか?」
「…………夢を」
「ああ……」
納得が行った、と言うようにオフェーリアが声を漏らした。わたくしが夢を見るのは別にそう珍しくはないことではないからだろう。
予知夢の力を持つわたくしがいつも見る予知夢は、たわいもない日常だったり、飢饉だったり、近隣諸国の戦争だったりと様々だった。それを元にしてその後の国の方針を決めたことだって、1度や2度ではない。
だけど、今回の夢は……
「一体どんな夢を見たのですか?」
オフェーリアの言葉に、思い出したくないとわたくしの心が拒否をする。なんだかんだ言って結局は箱入り娘でしかないわたしには、あの刺激は強すぎた。
………夢を、見た。
花々が咲き乱れる美しい丘。わたくしの知らないその場所で座って語り合う2人の男性。遠目でしか見えなかったけれど、時折笑い声も上げている様子はただの仲のいい友人同士のようにも見えた。
それなのに……
彼らの内の一人、背の低い黒髪の男が、突然、もう1人の男性に短剣を…
「……っ」
もうこの先は、思い出したくない。
一旦は落ち着いた筈なのに、また体の震えが止まらなくなった。抱きしめるようにして自分の体に腕を回す。
女王制のこの国を次に統べる者として、いくつかの裁判を取り仕切った事ならある。処刑を命じたことだって、無いわけではない。
だけど、実際に人が死ぬのを見るのはこれが初めてだった。
……怖い。
もしもあれが女王の資質がある者だけに伝わる予知夢の力なのだとしたら、未来にあれが起こると言うことだ。助けられるなら助けたい。人死になんて、出ないのが一番いいに決まっている。なのに、手がかりと言えるものは全くないのだ。
夢に出てきた灰色の髪の男性なんて、わたくしは知らない。顔だって、あまり良くは見えなかった。でも、誰かが死ぬのを分かってて無視することなんて……!
「思い出させてしまって申し訳ございません。大丈夫、大丈夫ですから。落ち着いて下さい、姫様」
段々と思考が乱れ初めて来た時、優しく、あやすように背をとんとんと叩かれた。それに、少しずつ落ち着きを取り戻してくるのと同時に気恥ずかしくなる。どうにもオフェーリアが相手だと気が緩んでしまうのだ。
……ダメね、わたくしは。
乳姉妹であり長い時を共にすごした幼馴染みでもある彼女にはどうしても頼ってしまう。次代の女王としてゆくゆくは国を治めることになるのだから、もっと強くならなければいけないと分かっているのに。
「…姫様、落ち着かれたのでしたら他の侍女たちを呼んでもよろしいでしょうか。そろそろ朝の支度のお時間になります」
密かに自己嫌悪に陥っていると、オフェーリアにそっと声をかけられた。さっきまでは”幼馴染み”の顔をしていたのに、一瞬で”第一王女の筆頭侍女”の顔に切り替わっている。
その切り替えの速さは流石としか言えない。わたくしも見習わなければ。
「ええ、もちろんよ。今日もお願いね」
「では、呼んで参りますので少々お待ち下さい」
にこりと笑みを作って返せば、オフェーリアは一礼を残して部屋を退出していった。広い寝室にポツンと取り残されて、いつもは何とも無いのに何だか心細い気持ちになる。きっとあの夢を見たからだろう。
「はあ……」
静まり返った部屋で、ひとり溜め息を吐く。
あの夢は一体なんだったのだろうか。覚えなどないというのに、見ているだけで妙に胸が掻き乱されて苦しかった。夢から流れ込んで来た、悲しい位に激しい憎悪とそれでも尚捨てきれぬ愛情だけが鮮明に思い起こされるのだ。
なんだか、ひどく胸騒ぎがする。
……カイト、と言っていたわね。
そう呼ばれる黒髪の男性に全く心当たりが無い訳では無い。だけど、彼がそんな事をするとはとても思えないのだ。
それに、カイトという名前自体も珍しいものではない。さらに言えば、我が国は黒髪の民も多くいる。きっとたまたま同じ特徴を持っていただけだろう。
もう1人いた灰色の髪の男性に関しては、黒髪の男性以上に分からないことが多い。夢の中でも名前すら出てこなかった。もしも、彼が……
コンコンコンコン
夢で見た男性たちのことを考えていると、不意に寝室の扉がノックされる音が聞こえた。オフェーリアが戻ってきたのだろう。
どうぞ、と答えると失礼致します、とオフェーリアが断る声が聞こえて、4人の侍女達が入ってきた。
「「「おはようございます、アリーシャ姫様」」」
3人に並んだ状態で頭を下げて挨拶される。残る1人はむっつりとした表情で押し黙ったまま何も言わなかった。それぞれがドレスや靴、顔を洗うための桶などを手にしている光景はいつ見てもすごいなと思う。
「おはよう。オフェーリア、フローラ、ロッテ、……リズベット」
順々に名前を呼び、目を合わせて挨拶を返す。オフェーリアとフローラ、ロッテは笑顔を返してくれたけれど、リズベットはふんっと鼻を鳴らしただけだった。
リズベット、とオフェーリアが静かに名前を呼んで咎めるけれど全く気にした様子はない。
オフェーリアが諦めたように溜め息を吐くと、まるでそれを合図にでもしたかのようにフローラとロッテが同時に動き出す。
そうして、わたくしの朝の支度が始まった。
ありがとうございました。
予知夢は、上の方からその光景を眺めてるみたいな感じです。分かりにくくてすみません^^;
次回は来週の月曜日あたりには更新出来るようにがんばります!