悲願の成就
いきなり人死にが出ます。苦手な方はご注意ください。
「どう、して…」
呆然とした様子の彼の声。かつてその声には、不思議と耳を傾けずにはいられなくなるような威厳と、魅力があった。
そして、今。彼の背中からは紅く染まった短剣が飛び出している。彼に密着している私がもっている物だ。私が彼を、この短剣で、刺した。
彼は随分背が高く、私とは頭一つ分以上の身長差がある。体格だって私に比べるとがっしりしているし、隙を突かなければきっとこの復讐は成功しなかった。この身の内で燃え盛る憎しみと怨みが、私の背中を押してくれたのだ。
貴方のその命の色をした瞳が、大好きでした。いつも穏やかに、優しい色をたたえていたから。
その瞳は今、驚愕の為か極限まで見開かれて私の事を見つめている。奥底にまだ優しさが点っているような気がして、目が離せなくなってしまった。まるであの頃にでも戻った気分だ。
この状況を、彼はどう思っているのだろうか。私の事を憎んで、恨んで、嫌っている?傍に置かなきゃよかったと、今更後悔しているのかもしれない。今となっては、全てが手遅れだけれど。
不意に彼の短髪がさらりと揺れた。それは風に揺られたからか、はたまた彼が体勢を崩したからなのか。
「おま……あなたは、死んだはずじゃ…」
口の端から血を流しながら、彼がそんな事を言った。それは間違っていない。
「ええ、確かに死にましたよ。貴方と、なにより私自身の手でね。今はただ、生かされているのですよ」
憎しみという焔に取り憑かれて、ね。
そう告げ、方頬を歪めて笑うと、彼がくしゃりと顔を歪めた……気がした。どうしてそんな顔をするのだろうか。
「ねえ、主様。どうしてとは、中々嗤わせてくれますね。貴方が、それを言うのですか?それは此方の科白だというのに」
私の家族を殺したのは、他でもない貴方ではないですか。
あんなに優しかった。ただ純粋に信じていたし、愛してもいた。その思いを踏み躙ったのは、よりにもよって目の前の彼。
決して、赦しはしない。
「私たちが、貴方に何をしたと言うのです。何故、私の家族を殺したのですか。何故、私の国を滅ぼしたのですか…!」
冷静に、冷静にと思う理性とは裏腹に、吐き出した言葉は抑えきれなかった感情で震えていた。
愛していたからこそ、受け入れられなかった。何もかも全てを喪って、空虚なこの身に残ったものは、哀しみと、怨みと、憎しみと、怒りと、絶望と、―――後悔。
それなのに、『愛している』という思いも捨てきれないから、こんなにも辛くて、苦しい。いっそ、憎み切れれば楽だったのだろう。憎みきれなくて、でもやっぱり、憎いと言う思いも消えてはくれない。
ふっと、自嘲的な笑みが口から零れた。憎みきれない等と言いながら、自分はこんな行動に出ている。それが、全てに対する答えでは無いのか。
「……あの、こと…は…今も、こ…かい………。だが…おま…を、裏切る……つも…じゃ…」
息も絶え絶えと言った様子の彼には、かつての威厳など何処にもなく、弱々しい。いや、再会した時から、彼はずっとそうだった。
「――――…。何を、白々しい。貴方は、私の大好きだった国を滅ぼした。家族も、友人も、仕えてくれた臣下たちだって、貴方のせいで死んだんです」
そう告げながらも、本当は私が一番分かっていた。家族が死んだのも、友が死んだのも、家臣たちが犠牲になったのも、国が滅んだのも。全部全部、自分のせいなのだと。
本当はそんなことは分かっていたけれど、それでも尚、私は彼に剣を剥くのだ。やり切れないこの思いをぶつけられる場所など、もう何処にもありはしないから。
「決して、赦しはしません」
先程も考えていたことを、自分自身言い聞かせる様に呟く。彼の顔が、また歪んだ。
「そ…か…。お前が責め……憎んでいるのは…お前自身何だな…」
聞き取り辛かった彼の言葉が、この時だけはやけに鮮明に聞こえた。
「おま……は、悪く、な…。全部…俺、が…。ごめ、カイト……いや…」
勢いよく短剣を引き抜く。支えを失った彼の体は、ゆっくりと地面に崩れ落ちて行った。
私の手は、彼の傷口から溢れた血で赤く染っている。短剣を引き抜いた時に噴き出した血は、服や、顔にまでかかっていた。私の体は、きっと真っ赤になっている事だろう。罪に塗れた自分には、この姿が相応しい気がした。
仰向けに倒れた彼が、私に向かって手を伸ばしてくる。思わず掴みそうになったが、思いとどまって強く強く拳を握りしめた。
やがて、彼の手が力なく地面へと落ちていく。彼はもう、二度と動かなくなってしまった。
「貴方をこんな風にしたのは私なのに、まだ、私に手を伸ばしてくださるのですね…」
本当に白々しいのは、きっと私の方だった。だって、彼は最後に■■■■いたのに。
復讐を遂げた歓喜とも、彼を失った悲しみともつかない感情が溢れ出して、頬を一筋、二筋と涙が伝って行く。自分に泣く資格などない。分かっていても、止まらなかった。
「さようなら…」
ずっと望み続けた事を遂げた筈なのに、心は虚しさで溢れかえっている。例え復讐を遂げたとしても、あの愛しい日々は二度と帰っては来ないのだ。
風に揺れている夜色の私の髪だって、かつてはもっと長かった。
「――様。愛しておりました」
地面に膝を着き、もう動かなくなってしまった彼の髪を梳く。彼の髪も、思えばあの頃より短くなった。
「わたくしもすぐ、お傍に……」
つい先程彼の命を奪った短剣を、今度は自分の喉に突きつける。不思議な程に心は凪いでいる。
自分で命を絶とうとしているのに、怖くはなかった。
――同じ剣で命を断てば、彼の傍に行くことが出来るのでしょうか。
どうか来世こそは、貴方と共に……
そう願う資格など、きっと私にはないけれど。
ありがとうございました!
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お気に召しましたら幸いです。
ラストを少し変えました!
お話の筋に変更はありません。