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真田竜  作者: 近藤最上
8/8

八、大阪夏の陣

「家康が見えた」

「ウン」

 幸村の竜語にリュウが答える。

 幸村とリュウの目には家康の馬印、金扇が見えていた。

 あの金扇の下に家康がいる。

「リュウ」

「ウン?」

「もう一度言うが」

「ウン」

「おまえはここで帰れ」

 リュウは返事をしない。

「おまえ、何歳になる?」

 リュウは何かを考えるように上を見ると、答える。

「ヒャクサイグライ」

「おまえの親父は?」

「ヨンヒャクサイグライ」

「おまえらの寿命は五百歳ぐらいなんだろ」

「ウン」

「おまえはまだ五分の一しか生きてねえんだよ」

「ウン」

「うんじゃねえんだよ。俺はもう五十年生きた。寿命だ」

「ウン」

「でもおまえはまだまだ生きれんだよ」

「ウン」

「だから、俺は」

「ウン」

「おまえにはもっと生きてほしいんだよ」

 幸村は額をリュウの背中にくっつける。

「もっと生きてほしいんだ、おまえには。もっと生きて、もっと父親と、家族と、仲間と過ごしてほしいんだ。おまえはここで死ぬべきじゃない。こんなところで死ぬべきじゃないんだ。俺にはもう家族も帰るところもない。だからいいんだ。ここで死んで。でもおまえは帰るところがある。待ってる人がいる」

 家康の本陣はもう目と鼻の先だ。

 家康本陣の周りに位置する内藤忠興軍、仙石忠政軍、松平康長軍、松平忠良軍、酒井家次軍、その全ての軍が照準をリュウに合わせている。

「だから、リュウ、おまえはここで帰ってくれねえか」

 リュウはうなずかない。

「頼む、これは俺からのお願いだ」

 幸村はリュウの背中で頭を下げ続ける。

「オレモ」

 リュウはぼそっとつぶやく。

「オレモ」

 リュウの声はこころなしか震えているように聞こえる。

「オレモ」

 三度、オレモを聞き、幸村は何かを決意したようにリュウの背中を強く叩く。

「くそっ。やっぱだめか」

 そうして上半身を起こし、村正を構える。

「わかった。じゃあ、死ぬ時は一緒だからな」

 リュウは大きくうなずくと、上空へ舞い上がった。

 そして勢いをつけて家康本陣へと突撃する。

 幸村とリュウは赤い彗星のように家康へと向かっていった。

 家康の周りの各軍が一斉に鉄砲をリュウに発砲する。

 撃たれる度にリュウの身体には穴が開き、血が噴出する。

 いくつかの弾は幸村の赤い甲冑にも穴を開ける。しかし幸村は体勢を崩さない。

 何発撃たれてもリュウの勢いは衰えなかった。

 しかし、家康も逃げない。

 金扇の下に堂々と座り、迫り来る幸村をじっと見ている。

 さすが家康。

 しかし奴までたどりつけるか。

 リュウも幸村も血まみれだった。

 血しぶきを家康軍に雨のように浴びせながら飛んでいた。

 家康まであと一里。

 幸村とリュウは血を流しすぎていた。

 幸村の視界がかすむ。

 ガクンとリュウが一瞬落下した。

 直後にすぐ浮上したが、落下は何回か続き、やがて徳川軍の兵士の頭上すれすれの低空飛行となった。

「リュウ」

 幸村はリュウに話しかける。

「あと少しだ」

「ウン」

 兵士達の刀がリュウに届き、次々とリュウを切りつけていく。

 それでもリュウは速度を緩めない。

 リュウはありったけの炎を口から吐く。

 リュウの前にいた何人かの兵士が火ダルマになる。

 幸村はその兵士らの首を容赦なくはねていく。

 家康まであと十町。

 リュウの飛行高度は徐々に下がっていく。

 このままでは家康にたどりつく前に兵士の波に飲み込まれてしまう。

「リュウ、持つか?」

 幸村の問いにリュウはうなずくと、飛行高度をさらに下げ、兵士と兵士の間をくぐるように飛び始めた。

 木々の間を走り抜ける狼のように。

 幸村は叫びながらひたすら村正をふるった。

 何十人、何百人切ったか覚えていない。

 自分の血なのか、敵の血なのか、目の前が真っ赤になった。

 高度が下がったせいで幸村の身体をいくつもの鉄砲の弾が貫いた。

 身体は既に死んでいる。

 あとは気力のみだ。

 薄れゆく意識の中で幸村はリュウの背中から落ちた。

 落ちる幸村を察知し、リュウは咄嗟に翼で幸村をくるんだ。

 そしてそのまま弾丸のように回転しながら地面に不時着した。

 土しぶきをあげながら地面を滑り、止まった場所は徳川家康の足元だった。

 家康は一切動くことなく金扇の下、椅子に座ったままリュウを見ていた。

 家康の目前でリュウは身体を起こした。

 幸村をくるんだまま。

 そして翼を広げた。

 翼から出た幸村は家康と一対一で対峙した。

 かろうじて意識は残っている。

 周りから鉄砲が放たれるがその全てをリュウが翼を広げて防いでいた。

 幸村は残っている全ての力を注ぎ村正を振り上げる。

「家康!」

 家康は座ったまま動かない。

「あの日と変わらぬ目だな」

 幸村は村正を振り下ろす。

 しかし、村正は家康の目と鼻の先を空振った。

 豆ひとつ分、届かなかった。

 幸村の目は既に見えていなかった。

 幸村はそのまま崩れ落ちる。

 その上にリュウも崩れ落ちた。

 幸村を翼で覆うような形で。

「撃ち方やめい!」

 家康は全軍に伝える。

 上空にはリュウの何倍もの大きさの赤竜と、それに跨る政宗がいた。


 幸村はリュウの翼の下から気力を振り絞って声を出した。

「リュウ、聞こえるか」

「ウン」

 リュウは答える。

「リュウ、ありがとう」

 幸村は人間の言葉でリュウに言った。

「アリガトウ」

 リュウは人間の言葉で答えた。

 幸村は初めてリュウの人間の言葉を聞いた。

 そして二人は同時に息を引き取った。

 真田幸村、享年四十九歳。

 リュウ、享年百歳。

 家康は椅子から立ち上がると、足元で力尽きた幸村とリュウの姿を見て一言、口を開いた。

「真田竜、日の本一の兵よ」



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