二、戦闘準備
競技場と隣接して壁の内側、帝国市民区側に建てられた宿泊施設。
そのロビーには今、大会予選を突破した八人が集められている。
己の身の丈に迫るほどの長さを誇る大剣を軽々と自由自在に操る『豪腕』のゴリアス。
槍と魔術を巧みに使い、誰も近づけること無く勝利を手にする『不可侵』のバルハ。
その名の通りの巨体から巨大な鈍器を振り回し、すべてを叩き潰す『圧壊』のビッグマン。
使い手の希少な武器である鎖鎌を使い、予測不能の攻撃で主導権を握る『首刈り』アグノー。
刺突剣と小盾のスタイルで軽快に飛び回り、華麗に対戦相手を翻弄する『殺人蜂』ファランド。
その身にハンディを負いながら、様々なハプニングを味方につけて勝ち残った『幸運』のヘイコブ。
攻守を兼ねた手足甲と、鍛えた肉体、磨き抜いた体術を武器とする『求道者』デイン。
そして、両手の短剣で相手の身体に無数の傷を刻みつけ、相手の戦闘力を奪う『残酷』のフィル。
いずれも激戦を勝ち抜くだけの強みを持った手練れ達だ。
そんな彼らであるが、驚くべきことに、この八人のうち実にその半分の四人は――、
見せ場も無く、ここで出番終了なのだった。
この先に待つ己の栄光を疑うことの無い彼らは、そんな非情な現実が待っているとは露も知らず、今、運営から説明を受けている。
「本戦からは、規約通りこちらが用意した武器を使用していただきます。使われている材質はどれもすべて同じものであるので、その点はご安心を。皆様が申請した各種の武器を多数用意した部屋が各人ごとに競技場内にありますので、後ほど本人に鍵をお渡しします。本戦開始までの間に使う物を決め、慣れておいてください」
予選は参加者が多いために各自の装備に任せるが、本戦では真に実力を測るため、ということで、このような決まりとなっているようだ。
「本戦は三日後午前九時より開始。皆様にはそれまで、そして本戦を勝ち抜いている間は、できるだけこの施設に宿泊をしていただきたい。これは、強制するものではありませんが、過去に予選突破者が本戦を前に殺害された事例を再発させたくない為であります。もちろん、宿泊費の他、希望者へは食事も提供いたしますし、それら諸々の費用はこちらが持ちます。また、試合前日午後九時には禁止薬物の検査を行いますので、必ずご参加を。こちらは違反者には失格処分が下されます。……異議や質問のある方は?」
沈黙を確認してから、運営役員は再び口を開く。
「これより部屋割りを抽選します。これは本戦初戦の対戦カードの決定も兼ねています。それが終了後は自由に行動してもらって構いません。ですが、夜には皆様の部屋へ我々からささやかなプレゼントをお届けいたしますことを、ここで先にお知らせしておきます」
プレゼントとやらの中身に不信を持つ者もいたが、拒否もできるとのことで納得し、速やかに抽選が行われる。
そして決まった対戦カードはトーナメント表左から、
ゴリアス VS ビッグマン
アグノー VS デイン
バルハ VS フィル
ファランド VS ヘイコブ
と決定した。
四方に武器が用意された部屋の中。ここへやってきたのは、残酷のフィル。
武器を実際に振り回すことができるようにだろう、そこそこの広さのある部屋。だがその壁際には隙間が僅かしか無いほど武器が収められた箱が置かれている。武器は一種類当たりの数が少なくとも十は用意されている上、それが多種類なのでこの密度になっている。
フィルは短剣を使って勝ち進んできたが、実はそれが最も得意な武器というわけではない。彼は父親代わりであり武術の師でもあるゼノンから、いかなる状況にも対応するため、相手の武器を奪うことなども想定し、体術から始まりあらゆる武器の扱いを叩き込まれている。なので、フィルは申請の際に使用武器を深く考えずに「なんでも」と書いてしまったが為に、部屋の中がこのような状況になってしまったのだった。
しかしフィルは特にそれを後悔するでもなく、淡々と武器を検分していく。それらは確かにすべて同じ材質による物だが、その質には結構なバラツキが見られた。だがそれも武器の目利き能力も試すために敢えてこのようにしてあるのだろう、とフィルは予想する。
決勝トーナメントではもっと得意な武器を使うことも考えたが、彼は今後の目的に主眼を置き、少しでも手の内を隠すために引き続き短剣を使用することに決める。
質の良いものから、両手に二本、腰の後ろに二本、大腿側部に二本の計六本。鞘やベルトの強度も確認し、身につける。
そのまま実戦を想定して動きに支障が無いことを確認。
一通りの動作を確認し終えたら、抜き身であった手の内の物は胸当て脇部にセットした鞘に納める。
持ち出しは禁止されていないので、一応妨害工作を警戒することにして装備はそのまま。フィルは上からマントを羽織って武器庫を後にし、割り当てられた部屋へと向かった。
――そこに、運命の出逢いが待ち受けているとも知らずに。