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生命のおとは、愛のうた  作者: みたよーき
第三章 旧共和国領での邂逅

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二、新種

 砂漠の南東の街から南へ向かうにつれ、町や村が物々しさを増してくる。中には、街を囲む防壁が三重にも張り巡らされている所も。

 そんな様子を見れば、帝国の関与の有る無しはともかく、この辺りの魔物が余所よりも強力であるというのは間違いないと、否が応でも解らされる。

 そういった光景の大半を、こちらの領地で活動する自由の翼の協力者に提供された車の中から眺め通り過ぎ、帝国本領との境である西ドラベル川は間近に迫っていた。


 川を辛うじて目視できる程度の距離に、防壁だけは立派な小さな規模の集落が、これもまた隣の集落を辛うじて目視できる程度の間隔を置いて横並びになっている。ここに住んでいるのは全員が旧共和国内のレジスタンス組織『人類の牙』の構成員だという事だ。

 帝国への抵抗運動をしている割には堂々としているが、強力なモンスターを倒す活動は帝国にとっても都合が良いらしく、またその活動を黙認する事で帝国がその魔物の進化に関わりの無い事を示しているつもりらしい、と言うのがこの集落の一つでフィル達が聞いた説明だった。

 旧共和国領を守る為に魔物を駆除するだけでなく、川の向こう、帝国領側に侵入して帝国とモンスターの関連性を探る活動も行っているが、この活動に対しても帝国はノータッチを貫いており、黙認と言うよりはむしろ歯牙にも掛けられていないように思えて腹立たしい、というのがそれを語った幹部構成員のみならず、組織内の多くのメンバの意見だという。

 協力を要請すべく、主導的な立場の人間との面会を申し込んだところ、ちょうど今はその川向こうの活動中だそうで、協力を得たいならまず実力を示せ、とその幹部から言われ、フィル達は川の南側、帝国領へと向かう事になったのだった。

 

 フィル達は教えられたとおりに余計なモンスターの侵入を防ぐ為の可動橋を動かし、川を渡る。もちろん渡った後は元に戻すのも忘れない。

 元々この川の中を渡ってまで共和国側へ侵入するモンスターの多くは、縄張り争いに負けて住処を求める個体のようで、川を挟んだ帝国側にいるモンスターは数が多いだけではなく、個体の平均的な強さも上だという事だ。そう伝えられていたフィル達は、改めて気を引き締める。

 橋から川を渡った先は少し歩くと緩やかではあるが傾斜が始まる山裾で、進むほどに木は密度を増していき、深い森になっているあちらこちらにモンスター達のコロニーが点在しているそうだ。

 今回人類の牙が調査を行っているのは、山の西側。これまで帝国首都に近い東側の方が観測上モンスター達の分布が密だった為、そちらに重点を置いて調べていたが、収穫が無かった為に最近になって視点を変えてみたそうだ。

 組織員達が所在を示し合う端末を借りているので迷う事はなさそうだが、フィル達が思っていた以上にモンスターは多いようで、少し山に踏み入れた所で早速襲撃を受けた。


 それに最初に気付いたのは、イレブンだった。

 グァウ! と一声吠えたかと思うと、木の側面を蹴って木の上に飛び上がり、フィル達も同時に戦闘態勢に入る。

 ギャッ! と言う声がして落ちてきたのは、イレブンに肩を咬み付かれた、猿とゴリラの合いの子のようなモンスター。その手には人の頭ほどの大きさがある硬い表皮に覆われた木の実があった。

 その木の実をイレブンに叩きつけようとその身を捻るが、その瞬間、イレブンの爪がモンスターの目を抉る。

 ギャア! と叫び声を上げながら仰け反るところに、間髪入れずイレブンがその首筋に素早く咬み付き、肉を引き千切りながら飛び退くと、モンスターはイレブンを憎々しく睨みながらも反撃も叶わぬままその動きを止め、フィル達が参加するまでもなく決着が付いたのだった。

 それにしても、イレブンの成長が著しい。

 最初の邂逅の時、戦いが始まる寸前に逃げ出していた狼と同一人物、もとい、同一狼物とは思えない。

 今のイレブンからは、敵地に空から放り込んでも無事に自陣に帰り着くのではないか、と思えるほどの逞しさを感じる。

 ――そんな、本気とも冗談ともつかない事を考えながら、だけど決して気は抜かずに歩みを進めるフィルだったりする。


 その後も同じような魔物や熊のような魔物、巨大化した虫の魔物などを危なげなく蹴散らしながら進む一行だったが、レジスタンスから預かった端末の反応が強くなってきた所でイレブンが何かに気付いた様子を見せた。

 足を速めてさらに進むと、フィル達もその異変に気付く。

 ――人の声と、血の臭い。

 認識と同時に、一同はそちらへ向かって駆け出す。

 そこに居たのは、二足で立つ、見た事も無い姿のモンスター。その姿を敢えて言葉で表すなら、空想上のモンスターであるはずの『トロル』と言ったところか。

 物語で語られるトロルの姿は作品などよって千差万別だが、目の前のモンスターは、二メートルを軽く超える巨体のほぼ全身を熊のような体毛に覆われているが、手や足の先の形状が人に近く、体毛の密度も薄い。その頭部は、耳の形はやはり熊のようなのだが、人のように側面に付いている。鼻も熊のようだが本来の熊のそれよりも低く、目はやや大きく人のものに近い形になっていて、その周辺は毛に覆われていない。

 そして他のモンスターと際だって違う点は――、その右手に武器を装備している事だった。

 その武器は原始的な棍棒だが、持ち手の部分が持ちやすいように削られており、大雑把な仕事とはいえ、知性ある者による加工だとしか思えない。

 それに対峙するのは、剣を構える一人の女性。そして周辺には二十人近い倒れた人々。その半数以上は既に事切れているようで、ピクリとも動かない。

 トロルも体のそこかしこに傷が付いているが、痛みなど感じていないかのように棍棒を振り回している。

 リサはその現実感の無い光景に一瞬呆けるも、駆けだしたフィル達を慌てて追いかける。

 

「加勢する!」

 そう言って横に並ぶフィルを、その女剣士はトロルを見据えたまま目の端で捉えると、ただ一言「頼む」とだけ答える。寡黙な性格というよりは、厳しい戦いの中で余裕が無いだけのようだ。

 その剣士に向かって棍棒を振り上げ飛びかかろうとするトロルに対し、脇からネクスが連弩で攻撃を仕掛けるが、トロルは鋭く伏せて躱してみせる。反射神経が人間よりも鋭いだけでなく、その巨体にも拘わらず、動作自体もかなり素早い。

 そのまま地面すれすれからなぎ払われた棍棒を剣士が飛び退いて避けたところに、フィルが切り込む。

 フィルの刀は左肩を切り裂いたが、やはりトロルは痛みに怯むような事はなく、直ぐさまフィルに対し全身を捻るようにして棍棒を振り戻す。

 腕力だけに頼らずに振られた棍棒はフィルの想像以上に速く、飛び退こうとした側面をとらえる。

「がッ!」

 勢いよく吹き飛ばされたフィルは、木に背中から激突して思わず呻き声を上げる。

「フィル!」

「……くっ、大丈夫だ……!」

 リサの呼びかけに答えるフィル。

 ギリギリで水のクッションを発動し、棍棒からは身を守る事が出来たフィルだが、十メートル近く吹き飛ばされた。まともに食らっていたら左腕は使い物にならなくなっていただろう。或いは一発で生命さえ刈り取られたかも知れない。背中の衝撃は防げなかったが、一瞬息が詰まった程度で骨などには異常なさそうだ。吹き飛ばされてから木までの距離が長かった事が幸いしたか。

 だが、トロルはリサがフィルに気をとられた隙を見逃さず、すぐさまそちらへの攻撃へと転じている。

 ネクスがそのトロルを牽制すべく目を狙ってボルトを連続して放つが、素早く反応して首を傾げるようにして難なく躱し、そのまま流れるような動きで棍棒を振りかぶり、叩きつける。

 リサは全力で横に飛んで棍棒を躱し、すぐに立ち上がろうとする。だがその前に、地面に叩きつけた反動を利用して再び高く棍棒を振り上げた体勢を完了させているトロルが、リサの目に映る。

 ネクスが改めて放ったボルトが何本か刺さるが、トロルの動きは止まらない。

 リサは、ただ無我夢中で頭上に水のシールドを力の限りを尽くして展開した。

 

「リサッ!!」

 トロルがターゲットをリサに変えたと認識した瞬間に、フィルは弾かれたように立ち上がり、駆け出していた。

 一撃目を躱したリサだが、体勢が悪い。トロルは既に次の一撃を叩きつけようとしている。

 あれはリサでは受け止めきれない。

 自分の攻撃は届かない。

 魔術でも間に合わない。

 リサが、潰されてしまう!

 そう感覚として一瞬で認識して、フィルの中で言いようのない感情が荒れ狂う。

 次の瞬間、知らず奥歯を血が滲むほど食いしばって走るフィルの視界の端に、トロルに飛び込む影が捉えられた。

 

 そして――、

「グゥォォォォオ!!」

 トロルの咆吼。

 その脇腹に突き刺さる剣と、それをさらに押し込もうとする女剣士。だがトロルが振るった左腕をまともに受けて、彼女は吹き飛ばされる。

 リサはその隙にトロルから距離をとる事が出来た。

 口から血を流し、立ち上がれずにいる剣士に、トロルは怒りをむき出しにして向かっていく。

 ――だが。

「グゥゥォォーン!!」

 離れた位置にいたイレブンがその咆吼と同時に前足を振るうと、鋭い風の刃が疾走し、トロルの背中に四本の深い裂き傷が刻みつけられる。

 たまらず仰け反ったトロルに、追いついたフィルが刀を振るう。

 棍棒を持った手首をフィルに切り落とされたトロルは血を噴出させながら闇雲に暴れ回るが、その動きは徐々に弱くなる。

 そして、膝をついたトロルの目からは光が失われていき、遂に地面に倒れ伏したのだった。


「リサ!」

 トロルが動かなくなった事を確認したフィルはリサに駆け寄ると、そう言ってリサを抱きしめた。

「ふぇ?! フィル?!」

「大丈夫…………、みたいだね。ハァーー……」

 密着させた身体を離した後、リサの身体のあちこちを検分したフィルは、無事な様子に深い深い溜息をついた。

「……もう。心配しすぎ。でも、ありがと」

 リサは、こうしてフィルが心配してくれる事が、とても嬉しいと感じる。フィルがどんな気持ちでこうした行動をとっているのか、リサにはわからない。知りたい気持ちは、ちょっとある。でも、この嬉しさがあれば、今はそれだけでも十分だと心から思うのだった。


「助かった。礼を言う」

 女剣士が肩を押さえながらフィル達の元へ歩いてきた。

「いえ、こちらこそ、仲間が危ないところを助けて貰って感謝しています」

 フィルは彼女に向き直り、そう答えた。

「私はアーリカだ。一応、人類の牙の代表ということになっている」

「私は、フィルといいます。我々は、貴方に用があって来たので、助けられて良かった。……この状況は、貴方にとっては良くはないのだろうけど……」

「そんな事はない。全滅する事に比べればずっと良い。……それにしても、あの子は凄いな……。本当に驚いた。あれは、魔術だろう? あんなの、聞いた事もない」

 そう言ってアーリカが笑顔を見せて視線を向けたのは、いつの間にかフィルの足元にすり寄っているイレブンだ。首筋をフィルの足になすりつけており、フィルが頭を撫でてあげると気持ちよさそうに目を細め、尻尾をフリフリと可愛らし過ぎる。凜々しかった先ほどとは別狼のようだ。

「ああ……、ボクもあれはさっき初めて見たんだけど……。隠してたのか? イレブン?」

「……それが君の素か。ああ、話しやすいように話してくれて構わないよ。気安い方が私もありがたい」

「……うん、それじゃあ遠慮無くそうさせて貰います。アーリカもそうしてください」

「ああ、分かった」

 口調は男のようなアーリカだが、腰まで伸びた滑らかな漆黒の髪は彼女の女性的な美貌を引き立てている。そんな絵になる二人が会話する様子を見て、リサは先ほどとは打って変わってモヤモヤした気持ちになっていたりする。

「とにかく、まだ助けられる人に応急処置を施したら、出来るだけ急いで戻ろう。ボク達も手伝うよ」

「申し訳ないが、頼む。君たちの話は向こうで聞かせて貰うよ」

 

 そうして見た事もないモンスターを倒したフィル達は、生き残った者達と持てるだけの遺品を持って、帰途を急いだのだった。


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