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生命のおとは、愛のうた  作者: みたよーき
第一章 旧王国領での闘い
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一、残酷のフィル

 その男は身の丈二メートルに迫ろうかという体躯に、膨れ上がる筋肉の鎧をまとう。眉まできれいに剃られた顔に貼り付く残忍そうな笑みは、ここまでの相手をいたぶるような戦い方に説得力を持たせている。

 それに対峙する者は、それよりも頭一つ分以上小柄で、目の前の男と比べると華奢とさえ言える。髪は肩に届かぬ程度の短さだが、光の加減によってはプラチナに輝く金髪の美しさは際立っている。顔立ちもまた美しささえ感じさせ、その中性的な容姿は、彼がまだ少年と言っていい年齢だろうと思わせる。

 この二人は、方や下馬評通りに、方や下馬評を覆し、この予選決勝へ駒を進めた。


 この大陸北東部の旧王国領で年に二度行われる、優勝者が帝国市民権を得る闘技大会。

 普段ここで行われているものが“試合”であるなら、この大会は“死合”と言ってもいいだろう。それだけに、わざわざこの時に集まった観客の熱気は普段とは段違いだ。

 参加者も、命を失う危険があるにも拘わらず毎回二百人から三百人を超える参加希望者が大陸中から集まる。ここから簡単なテストをパスして出場を許された者達が予選トーナメントを戦い、八人の決勝トーナメント進出者が決まる。

 その大会予選もいよいよ大詰めを迎え、この一戦で決勝トーナメントへの出場者が出そろう。

 街の中央を横断するようにそびえ立つ、帝国市民とその他を隔てる壁。それをまたぐ形で建てられたこの円形競技場では今、中央にしつらえられた舞台の上空、四方へ向けて吊されたモニタに最終オッズが表示され、いよいよ試合が始まろうとしている。

 表示されたのは、予選準々決勝から始まる賭けの配当倍率としては過去最大級の数字。少年の命も、風前の灯火かと思われた――。


 そして、鳴り響く開始の合図。

 大男は大ぶりの斧を片手に、悠然と待ち受ける。

 対して少年は、両手に短剣を構え、慎重に攻め入る機会を窺うように、左右への動きを交え僅かずつ前へ。

「かわいそうになぁ、坊主! 泣いて謝れば命だけは助けてやってもいいぜぇ! あぁん?」

 男は客にも聞こえるように大声でそう挑発する。だが少年は全く動じず無言を貫く。

「ちっ! ならあの世で後悔しな!」

 男は不愉快そうにそう吐き捨てるが、待ちの姿勢は崩さない。

 そして間合いはじりじりと詰まっていく。

 そろそろリーチでは圧倒的に有利な大男の間合いかと思われた次の刹那、斧がすさまじい勢いで振り下ろされる。

 少年はギリギリの動きで大男の外側へ躱すと同時に右腕を下から一閃。

 大男は斧の側面を強引に打ち付けようとその身をひねる。

 だが、少年がその間合いから大きく飛び退く方が速い。

 一瞬の、息を吐く間もない交戦。

 そして再び間合いが開き、互いが動きを止めると、息を詰めて見守っていた客席は、熱狂を爆発させた。

 無傷の少年に対し、大男は肘の下に切り傷が見える。

 さほど深い傷ではないようだが、あるいはその痛みが二度目の攻撃を鈍らせたか。

 大男は斧を両手に持ち直し、その顔を怒りに赤く染めながらも、今度は警戒感をあらわに構えをとる。

 少年は先ほどと同様、僅かずつ間合いを詰めていく。

 そして攻撃の間合いに入る瞬間、大男がすばやく斧を体の外側に水平に倒すやいなや、そのまま自分の前方に刃を走らせる。

 側面に回避できない少年は、その刃に体を分かたれるかと思われた途端、その姿はかき消えた。

 と、思うやいなや、すぐさま男の股の下から錐揉み回転をするようにして飛び出してくる。

 同時に、手応えの無さから、斧を振り抜く勢いを殺さずに振り返ろうとする大男。

 その、次の瞬間。


 競技場内に、生理的嫌悪感を催す“音”が鳴り響いた。


 そのおぞましさに静まりかえる会場。

 ほぼ同時に、金属が床を打つ音。

 それは、形容しがたい形相で己の股間を押さえて膝立ちになる大男の取り落とした、斧の音。

 そしてその姿から、先ほどの“音”が、その口から発せられる“声”であると観客にも認識された。

 途端、男の頭部と喉に飛んできた短剣が突き刺さる。男はそのまま、うつ伏せに倒れた。


 あっけない決着。

 その静けさを保ったままの会場には、僅かの後にぽつぽつと嘔吐の声が聞こえ出す。

 上空のモニタには、倒れた男の姿。太股からザックリと裂かれた傷から血だまりが広がる。

 そしてその赤の中で、白を混ぜ落としたような模様が流れる血の上で揺らめいていた――。


 決勝進出を決める注目度の高い試合で強烈な印象を観客に与えた少年。

 これまで無名だった彼はこの日から、旧王国領の人々の間で

 『残酷』のフィル

 と呼ばれることになるのであった。


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