17 私達見直します!
明るいダンジョンマスターが真っ白な世界へと精神を潜らせている間、イム助と彼が選んだ主の親衛隊たちが動き始めた。
ダンジョンマスターの眠っているダンジョンの床は岩である。
スライム達が食事によって平らに整地しているとはいえ、冷たく硬い岩である。
ダンジョンマスターは怪我をしてもすぐに魔素を使って治すことができるため、彼女は気にしていないが、硬い岩の上で眠るのは痛いであろう。
スライム達はそんな主の現状を嘆いていた。我等のような雑魚モンスターにも優しい主は、ご自分に対しては優しくして下さらない。
しかし彼らは最弱のスライムである。人が使っているような寝床を用意する力などない。
そうあきらめていた彼らだが、主である彼女がスライムを撫でまわしているときに言った一言によってどうにかできる可能性が出てきたのだ。
「スライムってーぷにぷにでー気持ちいいよねー。ウォーターベッドみたいー。」
ウォーターベッドがどんなものかはスライムである彼らにはわからなかったが、ベッドとは人間などが使っている寝床の名称であることはわかった。
寝床がなければ自分たちがなればいいのだと気づいたのである。
眠っている彼女を起こさないように静かに、柔軟な体を活用し、地面と主の体の間へとスライム達は潜り込んでいく。
彼らは体温を持たない生き物であるため少しひんやりしてしまうが、岩の上よりは寝心地がいいであろう。
そう信じて彼らは体を寄せ合い、一枚のマットレスのような状態で彼女を支えていた。
主のために働けたと満足げなスライム達を静かに見つめていたダンジョンコアが話し始めた。
【現在の状況では時間は金よりも貴重なものになります。ワリー様が対策を考えてくださっているこの時間も無駄にしてはいけません。我々だけでもできることは進めていきましょう。】
「プルッ」
「チュッ」
ダンジョンコアの話に小さく返事をしたのはイム助とシャドーラットのリーダーの2匹だった。
今もこの間にこのダンジョンの情報は敵にわたり、解析されているのだ。
主の命令がなければ動けないようでは、このダンジョンは敵にいいようにされてしまうだろう。
そうコアやモンスター達は考えているのだ。
これは通常のダンジョンではありえないものだ。
ダンジョンコアとはダンジョンを動かすためだけに存在しているシステムのようなものだ。
通常はダンジョンマスターの指示でしか動かず、己で何か考えるなどということは行わないし、望まれない。
ダンジョンコアはマスターとモンスターの魔素の管理と魔王軍とのデーター共有システムのために存在している。
マスターの補佐という機能も確かにあるが、おまけに近いものでほとんどのダンジョンマスターは利用しない。
モンスターがダンジョンマスターになる場合は、魔王から力を認められダンジョンコアを授かる。
そのためか自分の力に自信があり、コアからの助言などいらぬというものが大半だ。
ワリーのような異世界から拉致された人間がマスターの場合は、もっと使用しないであろう。
異世界から拉致されたマスターたちは、魔王の手先により洗脳されている。
コアの言葉など聞かずとも、洗脳相手である彼らの言葉だけがマスターたちを導くのだ。
しかしこのダンジョンマスターは別である。彼女には洗脳するはずの魔王の手先がいなかった。
そして彼女はバカであった。しかし素直なバカであった。
素直なバカだから、自分が知らないことを知ってそうなダンジョンコアに、たくさんのことを聞いたのだ。
コアもマスターの命令だから答えていた。マスターは喜んでもっとたくさん聞いた。その繰り返しだ。
これが今まで使われていなかった補佐機能を活性化させてのかもしれない。
いつしかこのダンジョンコアには想いにも似たシステムが構築され始めていた。
【このマスターと生きていたい。】
生存本能とも言えないような淡いものだが、そのシステムは他のコアにはないものであった。
この制作者である魔王から見たらバグにも見えるシステムが、このダンジョンにとっては欠かせないものになっていた。
【では、まず現在のこのダンジョンを見ていきましょう。】
「プルッ」
【入り口は羽虫の話によるとエトランジェ山と呼ばれる岩山の中腹にあるようです。周りには大きな町がないので、すぐに人間どもが侵入するということは低いですが、油断はできません。野生のモンスターなどは数は少ないですが、周りにいるようなのでそちらにも注意が必要です。】
「ちゅっ!」
【そうですね。入り口から入ってすぐの通路はシャドーラットが引き続き警戒を。前回の羽虫の様に魔法で姿など隠している場合もあるので注意してください。】
このダンジョンは少女が選んだ暗黒神殿の呪われし門の入り口を入ると、そこは100メートルほどの一本の通路が続いている。
三人並んで通れるかどうかの狭い通路には、いたるところに様々なデザインの石像が立っている。
祈りをささげる女性の像や剣を構える騎士の像などオーソドックスなものから、怪物に丸かじりされている人間の像や泣き叫ぶ子供たちの像のような不安をあおるものまで様々なデザインのものがある。
動き出しそうなほどリアルな銅像のデザインはマスターである少女が行ったらしい。
バカだが芸術に関する才能はあったようだ。
この銅像の影や隙間にシャドーラット達は普段から潜んで侵入者に対して警戒している。
そして隙があれば噛みつき、侵入者たちにデバフをばらまくのだ。
【その先の大部屋はシャドーラットからの侵入者の報告があったらすぐに、クレイスライムの一団は指定の場所に行ってください。】
「プルル」
【それまではダンジョンの拡張作業を続けてください。】
通路を抜けた先には先ほどの通路とは打って変わって、シンプルな部屋がある。
何もないがらんとした部屋でクレイスライム達が何をするのかは、ダンジョンマスターが言うにはサプライズだよ!らしい。
【次の通路のトラップビーンズには、種を飛ばすときはなるべく関節など弱い部分を狙うように伝えてください。】
「プルゥ」
最初の部屋から次の部屋に向かう通路はトラップビーンズに覆われている。
彼らの攻撃力は弱いが、人間も全身が強いわけではない。
弱い部分を狙えば、敵の動きを鈍らせるようなことはできる。
このダンジョンにはまだ人間を一体ですぐに殺せるようなものは少ない。
しかし一撃で殺さなくてもいいのだ。コアさえ壊される前に殺せばいい。
じわじわと弱らせて、引くことも進むこともできなくなったところを確実に殺せばいい。
ダンジョンマスターの少女はそう、楽しそうに笑いながら言っていた。
【では次の部屋では……】
ダンジョンコアの指示は続く。
モンスター達は素直にその指示に従っていく。
敬愛なるマスターが最も頼りにしているのは、このダンジョンコアだと知っているからだ。
マスターが信じるならば、彼らもそれを信じるだけである。
通常のダンジョンから見たらバグに侵された狂ったダンジョンコアは今も輝きながら、ダンジョン制作を補佐していく。
愛しいダンジョンマスターとともにいるために。
更新遅くなりました……