12 私達捕虜にしました!
初めての侵入者に目を輝かせたダンジョンマスターは、歩きながら上機嫌でモンスター達に話しかけていた。
毒で気絶し、動かなくなった妖精も羽をつかんだ状態のまま、移動中だ。
「妖精さんってーやっぱりこの羽で飛ぶのかなー?」
「チューッチュ!」
「プルル!」
「へー飛んでたところを柱の上から奇襲したんだー。すごいねー。」
「チュッ!チューチュッ!」
「プルプル!」
「えっ?姿を消す魔法を使って侵入してきたけどー羽の音でわかったんだー。鼠さん達はー耳もいいんだねー。」
少女はニコニコと笑いながら、シャドーラット達を褒めていた。
本人はこんな面白そうなもの捕獲してきて凄いなーとぐらいにしか思ってはいない。
しかしシャドーラット達にとっては、種族としてもほぼ貰ったことがないお褒めの言葉をいただき、感動してしまっているようだった。
細いしっぽが主人の上機嫌がうつったように、ゆらゆらと揺れていた。
少女はいつも通りにそんなことには微塵も気づかないまま、ダンジョンの奥へ奥へと進んでいく。
そう。彼女たちはダンジョンコアのいる部屋へと向かっているのだ。
侵入者を自らダンジョン最奥へと連れていく自殺行為ともいえる行為だが、誰もそれを咎めようとも、止めようともしない。
「そういえばートンボって羽を持つとなんだかんだあって、飛べなくなるらしいけどー。この妖精さんもー飛べなくなるのかなー?」
「プルプルッ?」
「そっかー逃げ出さないように飛べない方がいっかー。イム助頭いいー!」
「プルゥ。」
長閑な雰囲気のまま彼女たちはダンジョンコアの部屋へとたどり着いてしまった。
笑顔のまま少女はダンジョンコアに声をかける。
「ただいまー。コアさんーお土産あるよー!」
【おかえりなさいませ。ワリー様。お土産とはその虫でしょうか?】
ダンジョンコアはいつも通り平坦な声で返事をしたが、どこかに怒りをモンスター達は感じた。
スライムは体を震わせないようにピタッと動きを止め、シャドーラット達は上機嫌に振っていた尻尾を体の下に隠した。
しかし返事を返された当の本人はまったく気づかずに、笑顔のまま会話を続けた。
「嫌だなーコアさんー。これは虫じゃなくて妖精さんだよー。」
【ではその妖精さんをどうするのでしょうか?】
「うーん?尋問ってやつー?コアさんもお外のことはーよく知らないみたいだからーこの妖精に聞こうと思ってー。」
【情報収集用の捕虜ということでよろしいでしょうか?】
「うんー。情報は力だーってめーちゃん言ってたしー。」
やっとダンジョンマスターが意味もなく侵入者をこの部屋に連れてきたわけじゃないとわかり、ダンジョンコアの雰囲気が元に戻って行く。
【確かにこの侵入者には聞きたいことが山のようにあります。】
「でしょー。」
【しかし少々不用心すぎませんか?妖精ですので目を離したら魔法を使ってくるかもしれません。】
「うーん。そういえばトラップにさーなんか魔法使えなくするのなかったっけ?」
少女はぼんやりと思い出すように宙を見つめながら、トラップカタログを展開させた。
【いくつかありますが、範囲型のものが多いので我々も使えないです。特にイム助さんは魔法特化型なので、こちらの攻撃方法がほぼなくなります。】
「うーん……確か鼠さんに武器になるようなものないかなーと見てた時にーいいものが……あったー!!これこれー!」
彼女がニコニコ顔で見せてきた画面には、1cm程のバラの棘のような形状をしたものが映っていた。
それは魔封じの棘と呼ばれているもので、落とし穴の下に置いたり、宝箱から噴出させるのに使われる。
この棘が刺さっている間は、対象の魔力が封じられてしまい、魔法が使えなくなるものだ。
魔法を弱点としている種類のモンスターにとってはありがたいものかと思われるが、実際はそうでもない。
解除方法が棘を抜くだけなのである。簡単すぎるのだ。
それならば魔素をケチってこれを選ぶより範囲型で解除方法が難しいものを選ぶものが多い。
「これってー手が届かない背中の方に刺しとけばいいんじゃなーいー?」
【我々が見張ってる状況で背中の棘を抜くのは確かに困難かもしれませんね。】
「それでも不安ならーイム助に手足を石にしてもらおうよー。確かイム助できたよねー?」
「プルッ!」
マスターの問いに、スライムはもちろんとばかりに胸を張るような動作をした。
そこが胸なのか、腹なのかは誰にもわからないが。
【わかりました。それならばここで尋問しましょう。】
「おっけー。じゃあまず魔封じの棘をしょーかんー!」
いつも通りの適当な詠唱だが、トラップカタログはきちんと反応したようだ。
彼女の手のひらには魔封じの棘がちょこんと乗っていた。
「おー思ってたより小さいー。」
【しかし刺さればわかる大きさです。そのため多用されないのです。】
「そうだねー。じゃあ背中にちくっとー。」
羽を広げるように引っ張りながら、魔封じの棘を指した少女。
この時、昔トンボでシーチキンって流行ったなーと彼女が思い出したのを、この妖精が知るすべがないのは幸運というべきだろうか。
「うぅ……。」
魔封じの棘を刺した直後、少女の手の中からくぐもった声が聞こえてきた。
棘を刺した刺激によるものだろうか、それとも恐ろしい少女のイメージが伝わってしまったせいか。
誰が聞いても、妖精が起きようとしている前兆だった。
「起きちゃうのー!?まっまだ石にしてなかったー!イム助魔法ー!!」
「プルルッ!」
思っていたよりも早い目覚めに、慌てる少女を見てスライムも慌てて石化の魔法をかける。
スライムが体を思いっきり震わせると、妖精の体が淡く光る。
その光が消えた後には、妖精の体は変わってしまっていた。
手は肩から指先まで、足は付け根から全て、つまり頭と胴体以外は石に変わってしまったのだ。
「ぷるぅ……。」
「ちょっと加減間違えちゃったのかー。でもお口が動けばいいから大丈夫だよー。ありがとー。」
慌てたせいで思っていたより広範囲を石化させてしまったらしいスライムを、優しく慰める少女。
そんなドタバタ劇が妖精の意識の覚醒を促してしまったのだろうか。
ぼんやりと小さな瞼が上がっていく。
それに気づいた少女は覗き込むように、妖精の顔を眺めた。
「やぁーおはよー。妖精さんーお目覚めいかがー?」
妖精の深緑色の瞳に映ったのは、ダンジョンマスターの楽し気で狂気的な笑みだった。
狂ったダンジョンマスターと外部の生物の初めての接触は、こうして始まった。