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いつの間にか木枯らし一号が吹き荒れ、月日は十二月の終わりを迎えようとしていた。
水沼さんが入ってから三カ月ほど。彼女はその後特に他の職員と衝突する事無く、順調に仕事を覚え、こなしていた。
あれから一回も呑みの誘いは無かった。僕はそれを心のどこかで残念に思っているのだったが、それを表に出す事無く日々の生活を送る事にしていた。もう一度あの時、飲み屋で交わした言葉のやり合いをしてみたい気持ちはあったけど、どうにも子持ち旦那持ちの奥さんを仕事終わりに誘う気にはなれなかった。何かが都合よくあればいいな、なんて適当に思っていた。そうすれば腰を据えて話しが出来るのにと。あれ以来仕事中良く喋るようになった物の、まとまった時間を得る事の出来ない日々に不満を抱いていた。そんな時だった。
たまたま同じ休憩時間だった時、水沼さんがこう切り出してきた。
「私、来年の四月から正職員になるから」
突然言われたその言葉に正直驚きを隠せなかった。が、それと同時に納得できる部分もあった。あそこまで介護とはと言う物を熱く語れる人なのだ。彼女が常勤職員にならずしてだれがなるんだ、という感覚はここ数ヶ月間あった。
水沼さんが正職員になったら一体ここはどういう風に変わるのだろう?
極自然に、マイナス的な意味では無く素直に浮き出て来たのは希望を観測するかのような疑問だった。だけどそんな疑問を口に出して言うほど僕だってプライドが無い訳じゃあない。少なくともここで四年間。正職員として働いてきたプライドだってあるのだ。
「良かったじゃないですか」
僕はまるで意地の悪い姑みたいに口を開く。
「でもお子さん大丈夫なんですか? 確かまだ小さいって」
「そんなの大丈夫よ。もう下の子は五歳になるし、旦那の帰りいつも早いから」
なんでこんなどうでもいい事を聴いているんだろう? 本当に聴きたい事は他にあるだろう?今日仕事上がったら空いてますか? 久々に呑みにでもいきませんか? 質問したい事はいくらだってある筈じゃないか。
「まあ夜勤とか早番とかあるから色々手配しなくちゃいけない事はあるんだけど、でもそんなのいくらだってなんとかなるし」
改めて僕は彼女のキラキラした瞳を見つめながら感心していた。この人はどこまでバイタリティに溢れているのだろう、と。最近の仕事ぶりを見たってそうだ。確かに、他の職員が手間を惜しんで仕事をしていることだってある。しかしそれはあくまで端折れる所は端折るといった現場の職員が日々の仕事の中で培ってきた一つの知恵みたいな物でもある。決して共有される事の無い暗黙の了解めいた物があるのだ。しかし水沼さんはそれを良しとしない。まだ仕事を始めてから三カ月程度というせいもあるのかもしれないけど、彼女は与えられたすべての仕事に対して意味を見出しているかのように、それをきちんと丁寧にこなしていく。もちろん以前僕が言った現場を回すという、大前提をクリアした上でだ。決してその先にいる利用者を待たせる事無く全てを全力で行う。それが決められた事だからとか、そういった安易な考えの元行っている訳では無く、全ての事に意味を見出して、重要性を実感しながら仕事に当たっているのだ。だからこそ水沼さんの目にはいつも曇りが見えなかった。
「凄いですね」
素直に出て来たその言葉に水沼さんは嫌味を感じ取ったようだ。あからさまに不機嫌そうな顔をして僕を睨んで来た。
「そんなとってつけたようにして言われたって嬉しくもなんともないんだけど」
「そんな事無いですよ」
僕は自分の中に存在する小さなプライドを消し去り言う。プライドをかたくなに守る事こそが恥ずかしい事だからという価値観を持っているからだ。
「水沼さんは本当に凄いですよ。俺の考えもつかないような事をいつも考えている。日々の出来事に仕方が無いって言葉をあてがったりしない。ちゃんと意味を見出して、それに取り組む。そんなの俺には、いや、普通の人にはできません」
僕は滔々と語りながら、何故かせつない気持ちになっていた。ただそれでも、水沼さんに対して送る賛辞の言葉が留まる事は無かった。
言葉は次々と溢れ、それは寄せては返すさざ波のように水沼さんへと向かっていた。休憩の一時間を目いっぱい使って出て来た様々な言葉は全てが水沼さんに対して向けられている物で、とめどがなかった。
いつの間にか水沼さんの顔が不機嫌そうな物からもう勘弁して欲しいと言った表情へと変わり、空気も微妙な者に変遷していった。何故こうまでして自分は彼女を褒めちぎったのだろう?
僕自身言葉を連ね合わせた後になってから軽い後悔の念を覚え始めていた。居心地が悪いとは正にこの事なのだろう。いつの間にか僕は口を閉ざし、水沼さんは視線を休憩室の畳へと落としていた。休憩は残す所五分程度だった。別に休憩室にいなきゃいけない決まりはない。トイレに行くなり、どこか他の所にいくなり、この場にいなきゃいけない事は無いのだ。しかし僕を含めて水沼さんもそれをする事はしなかった。彼女が一体何を考えているのかは分からなかったけど、僕はなんとなく勿体ないだなんて気持ちになっていた。そしてその気持ちに気付いた時、もしかしたら芽生えてしまっているかもしれないその感情に何本もの釘を指した。
だけど、そんな僕の意に反して水沼さんは停滞している空気を振り払うように口を開いて来た。
「そういえば友澤さんから聞いた?」
「え?」
友澤さん。僕の一年後に入ってきた正職員で、年齢は二十八歳の男性職員だ。
「友澤さんって……何も聞いてないですけど」
いきなりなんであの男が出て来るんだ。
僕は正直気分を悪くした。別に嫌いな訳じゃあないけど、なんとなく嫌な気持ちになった。たまに他の職員も交えて遊びに行く仲だけに、それは余計だった。
「なんか今度、一緒に遊びに行こうって言ってたよ。一月のシフトもう出たじゃない? そこで私達の休みが偶然逢うんだって。だから四人でさ、って」
「四人って、もう一人は誰なんですか?」
「前山さん」
ああ。
僕は納得する。そう言えば友澤さんは前山さんの事を贔屓にしていたな、と。前山さんはまだ二十二の女性正職員だ。顔が結構可愛い事から、男性職員から人気がある。社内でも仲の良いグループは幾つか形成されているけど、前山さんはいつもどこのグループにも顔を出していると聞いた事がある。
「遊びに行くって、どこ行くんですか?」
「まだ決めてないみたいだけど、友澤さんが考えといてって言ってた」
なんだよそれ。
僕は一人肩を落としてため息をついた。たまにお声のかかる友澤主催のお遊び会。特別嫌な訳ではないけど毎回あの人は企画するだけ企画して内容は全てこちらに放り投げる人だった。面倒臭いったらありゃしない。
「星野君は行かないの?」
あからさまにため息をついた僕に水沼さんは質問してきた。やっとの事でこっちを見てくれたそのいつもの瞳に、僕は少しドキッとしてから逆に質問した。
「水沼さんはどうするんですか?」
その問いに彼女はこう答えた。
「多分子供連れていくと思う」
なんとなく、少し乗り気になった自分がいる事に気付かされていた。
●
一月十七日。
僕達は千葉にある河原森林公園に来ていた。大人から子供までもが楽しめるアスレチックと簡易的に作られた動物ふれあいコーナーが売りの、土地の広さばかりが目立つ穴場レジャースポットに僕を含めた四人、いや六人は来ていた。メンバーは当然この企画の主催者でもある友澤さんと、招待客の前山さんと水沼さん。そして二人の子供達だった。
今年で小学四年生になった隆君と五歳の彩ちゃん。共にお母さんの水沼さんにどこか似ていて、芯の強そうな顔をしていた。でも五歳の彩ちゃんはずっとお母さんにベッタリで、そんな彩ちゃんの様子を横目で見ていた隆君は少しつまらなそうに一人でアスレチックに挑んでいた。
この企画の主催者の友澤さんは前山さんの御機嫌を伺う事に必死で周りが見えておらず、当の前山さんは普段見慣れていない五歳児の愛らしい行動にキャーキャー言いながら喜色を貼りつけていた。
「彩ちゃん、今幼稚園では何を習ってるの?」
行きの車の中で散々した質問を今更ぶつけている前山さんは正直言ってばか丸出しだと思った。それにその隣りで自分に見向きもしない女性目がけ頬笑みばかりを浮かべている男もどうしようもないと思った。
なんで来ちゃったんだろう?
今更ながら、自分が何故ここまで来てしまったのか、後悔ばかりが先に立つ。もっと水沼さんと話しをする展開があると思っていただけにダメージは大きかったのだが、しかしそれにしてもと、自分自身の甘さにもいら立ちを募らせるばかりだった。
彩ちゃんの手を優しく握ってウサギを触らせている水沼さんは思っている以上にお母さんだった。普段仕事をバリバリこなしているから余り気にならなかったが、やっぱり子供がその横に立つと思わざるを得なかった。
親子、お母さんなんだなと。だからこそ僕は、いや、僕自身その気持ちをどう扱っていいのかわからなかったからこそ、四人の集団から眼を離し子供用のアスレチックで遊んでいる隆君の所へと足を向けた。
隆君は利発そうな顔をした子で、どことなく鍵っ子特有の冷めた目をを持った雰囲気を漂わせる小学四年生でもあった。
「なにしてるんだい?」
丸太を何本も組み合わせて出来たジャングルジムで、頂上から伸びる滑車を目指して昇っている隆君に僕は声をかけていた。きっとどこかに一人でさびしいだろう? なんて思いあがった感情があったのかもしれない。だからこそ隆君は分かりやすく反撃を仕掛けて来た。
「見て分かんないの?」
隆君は上から僕を見降ろしこう言った。
「遊んでるんだよ」
その言葉に僕はショックを受けるよりも面白味みたいな物を感じていた。なんとなく、水沼さんの子供だからという理由だけでその言動を肯定的に捉えていたのかもしれない。この時から既に僕は水沼さんの虜だったのだろう。
「俺も行っても良い?」
丸太に足をかけ身体全体を使って隆君の元へと向かわせた。隆君はどこか不服そうな顔をしながらも、「別に良いけど」というと得意気な背中を見せて僕を頂上までリードしてくれた。
子供用のアスレチックと言う事もあってか頂上から見渡せる景色はそれ程高くなかった。眼下に見える動物ふれあいコーナーには水沼さん達がいる。友澤さんの薄くなり始めた頭頂部を上から見下ろしながらずっと黙っている隆君に口を開いた。
「いつもは何して遊んでるんだい?」
何となく無難な質問でもしてみようかとおもった 。
せっかく遠くまで遊びに来たのだ。終始不貞腐れたままの顔を貼りつけるのも面白くないと思っだ。それに隆君ともっと話しをしてみたいと言う思いもあった。
「やっぱテレビゲームとかして遊んでるの? それとも外で皆とドロケイとか?」
ふと今の子供がそんな遊びを知っているのだろうかと、自分で言っておきながら疑問に思うのだったが隆君はそんな事など気にした様子もなく、自分のペースを維持し続けて口を開いていた。
「お母さんって仕事場でコワいの?」
隆君の視線は真っ直ぐ水沼さんに向かっていた。自然と両手の指先がもぞもぞし、何か考え事をしながら喋っているかのようでもあった。僕は質問の意図を測りかねて逆に疑問を投げかける。
「怖いって、どういう事?」
僕のその言葉に隆君は、そんな事も分からないの? といった感じの表情で口を動かしてきた。
「お母さん、今すごく優しい」
「…………?」
「ネコかぶってる」
ああ。
何となく納得した。動物触れ合い広場にいる、彩ちゃんの手を優しく握る水沼さんを見てどことなくほほえましい気持ちになった。
「へ~水沼さんって家では怖いんだ」
隆君は何のためらいもなく頷く。
「いつもウチでは怒ってる。彩なんてよく泣かされてるもん」
なんとなく水沼さんが子供達相手に格闘している姿が想像できた。それと同時に、本当にタフだなあと本気で思う。職場でパートとは言えあれだけ働いて、家に帰ったらお母さんをして、嫁にもならなくてはいけないのだ。一体一日でどれだけの役をこなしているのだろう?
僕はその尋常ならざるバイタリティにただただ感嘆を示す事しか出来なかった。
本当に凄い人だ。
彼女とちゃんと腰を据えて、真正面から語りあっただけに分かるからこそ、僕はこれだけあの人に対して素直な尊敬心を抱く事が出来ているのかもしれない。それにだからこそ隆君に対してもこれだけ話しをしようという気持ちになっているのかもしれない。
「じゃああれだ、隆君もお母さんとは毎日言い合ってる訳だ」
「別に」
だけどそんな僕の素直な気持ちとは対照的に、隆君はお母さんを見降ろしながら冷めた、冷水みたいな言葉を僕に叩きつけるのだった。
「お母さん最近仕事ばっかり言ってるからあんまり話してないし」
それが本当だったのか定かではない。だけど隆君の口からではなく、腹から出て来た言葉と言うのは何となくわかった。
隆君がお母さん目がけて送っている視線は、それだけ多くの物を語っていた。
帰りの道中は静かな物だった。遊び疲れてしまったのか彩ちゃんと隆君は車の中で寝行ってしまった。彩ちゃんはお母さんの膝の上で、隆君は僕と水沼さんの間に挟まれたシートに埋もれて。二人共ぐっすりと眠っていた。運転席の友澤さんと助手席の前山さんが二人で何やら喋っているのを尻目に、水沼さんは彩ちゃんを抱きながら僕に挨拶をしてきた。
「今日はホントありがとね」
彩ちゃんは大口を開けて眠っている。既に三十分以上水沼さんの膝の上で眠っているが、重くは無いのだろうか?
「もう慣れっこになっちゃった」
僕の視線を感じ取ったのだろう。水沼さんは職場では見せないような表情をしながら言った。
「抱っこってね、結構コツがあるんだよ」
水沼さんは彩ちゃんを据わり直しさせてから言う。
「まずね、小さい子って重心が頭にあるから、どこに頭を置くかで持つ側の負担が決まる訳。それにこう言う時、子供が眠りに入る時絶対に頭を置くべきスポットがあるの」
「それってどこなんですか?」
僕の問いに水沼さんは自然に答えてくれた。
「ここ」
空いた方の左手で指差したのは自分の胸だった。彩ちゃんが今正に、頭を預けているその位置だ。
「こうやってね、頭を胸に近づけてあげると子供は安心するの。お母さんの心臓の鼓動が聞こえて、傍にいるんだって、ホッとするの。だから心地よく眠れるんだよね。胎内音ッて知ってる? 自分が赤ちゃんの時、まだお母さんのおなかの中にいた時聞こえてくる音の事なんだけど、それにすっごく似てるんだって。だから直ぐに眠っちゃうの」
胎内音。どこかで聞いた事のある言葉だったが、そんな事より僕はそう言った知識や言葉を表に出す度に見えて来る水沼さんの一面に引きこまれていた。
「やっぱ水沼さんって凄いですね」
「いきなりなにさ」
正直な所、僕は思った事を素直に口にする傾向があった。それは昔を振り返ってみたら備わっていなかった能力だったけど、今では僕の特徴ともなっていた。それに、確かに対人関係を考慮して言わない方が良いであろう事は口を噤む事は有るが、それが相手を賛辞する事だったりすると何のためらいもなく口にする事が出来るようになっていた。というよりそれが一番だと思っていた。これは僕が社会人になって得た一つの力でもあった。
だけど、素直な賛辞をそのまま直にぶつけられる側が一体どのような気持ちになるのかも考えていなかった、そんな時代の事でもある。
しかしだからこそ、水沼さんもそれに対して僕の凄さ、魅力めいた物を見いだしていたのだと思う。
「ていうかそれは逆にこっちのセリフなんだけど」
水沼さんはハッキリと言った。
「星野君ってさ、その何でも素直に相手をほめられる所っていうのかな、そこの所が凄いよね」
人によっては欠点としか取る事の出来ない部分を、彼女は僕の長所だと認めてくれる数少ない人だった。
「いや普通あれじゃない? 人の事手放しに褒めるなんてこの年じゃできないじゃん。それはあれだよ、ある意味失礼にも当たる事だからっていう意味もあるんだけどさ、それ以上に自分のプライド的な問題でさ」
ある意味失礼にあたる。それは僕自身何となくわかる所もあった。実際褒めると言うのはその性質上、上から対象者を見下ろしている訳だから失礼なのは当たり前である。しかしその後のプライド云々の話しは良く分からなかった。
「なんかさ、これは私が性格歪んでるからなのかもしれないけど、人を素直に認めるのって悔しくない。いい年こいてお前は何言ってんだって思うかもしれないけど、でもやっぱりここ最近施設で仕事始めてみて思うんだよね。介護ってあんまり他の人と能力の差がでないっていうか、あからさまに見えて来なそうな物だと思ってたんだけどやっぱりそうじゃないんだよね。やってる人とやって無い人の差が本当にすごく出るし、それによって利用者の生活が左右される訳なんだからそれは当たり前なんだよね。でね、私やっぱり思うんだけど私は出来る側の人間でいたいんだなって思う訳。ちゃんとやるべき事をやって、出来る側の人達のグループに属していた言って思うの。でもその時出てきちゃうんだよね」
「出てきちゃうって、何がですか?」
「嫉妬」
水沼さんはそれを笑顔で行った。
「なんだろう、認めたくないのに認めなくちゃいけないジレンマって言うか、自分がここまで出来るだろうかとか、自分にこれが出来ただろうか、って考えると素直に相手の事褒められないんだよね。だから素直にそう言う事が言える星野君が凄いと思ってさ」
「そんな事無いですよ」
僕は水沼さんの意見をあっさりと否定した。そして自然と言葉が口を突く。
「俺の相手に対する賛辞だってある意味では計算なんですから。というか俺の中でもさっき水沼さんが言った考えめいた物はあって、何となくその気持ちも分かるんですけど、それを考慮した上で相手を褒める事が出来たなら器が大きいだなんて思われるんじゃないかな、なんて思ったりしてるんです。要するに見栄っ張りなだけなんです。実は他人が俺の事をどう見ているのかを凄く気にしているから出来る技でもあるんです。第一人の事を褒める人間に嫌われ者はいないと思いますし」
「でもまたそこも魅力なんだよね」
「何がですか?」
今度は一体何なんだ?
互いに褒め合う妙な会話のキャッチボールに僕自身少し酔っ払っているような感覚に陥った。どことなく気恥ずかしくも、それでも辞められない感じだった。
「星野君の性質」
だがこれっばかりは僕自身分からなかった。彼女が一体何を言おうとしているのか、その表情から内心を読み解く事は出来なかった。しかしそれも無理は無かったのかもしれない。
「いやだってさ、普通そこまで考えて人を褒めるなんて事をしてる人がそこを打ち明けないでしょ? そこって人として結構腹黒い部分だったりするのにさ、星野君普通にそう言う事言っちゃうんだよね。自分は腹黒い人間ですって。本気でさ。だからそれって一つの魅力だなって」
「それ……確実に魅力じゃないですよね」
「そんな事無いよ」
水沼さんは明るく言った。
「まあどこまで星野君が計算して言ってるのか分からないけど、自分で自分の事を腹黒いって言ってる人間は腹黒くないって思わせてる訳だし、事実私は星野君の事腹黒いだなんて思ってないもん。それに逆の考え方だと自分の腹黒さを敢えて出す事によって潔白さを出しているようにも見えるから、それはまた本当に腹黒いんだろうなって思うし」
「それじゃどっちがどっちだか分かんないじゃないですか」
「だからそれが良いんだって」
水沼さんは僕の目を見て楽しそうに言ってくれた。
「それが星野君の性質なんでしょ? 見てるこっちが何だかよく分からなくなって、楽しくなっちゃうような性質。まあキャラかな。だから見てて飽きないんだろうね」
「飽きないって……」
何となくショックを受けかけたが、それでも水沼さんが楽しそうに笑っている姿を見るとそれでもいいかと、自然と小さすぎて仕方のない自分の器が大きくなるのだった。




