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ほんとはずっと言いたかったこと

作者:篠崎春菜
 チカチカと光るそれを見て、確かに一瞬、考えたのだ。彼ではないか、そんなふうに。

 もう四月だというのに、この間雨が降った日から随分気温が下がってしまった。暖かくなったと喜んで咲いた桜達が不憫だな。私はそんなことを思いながら、手の中にある缶コーヒーをギュウっと握った。隣のブランコに座り込み、音を立てながらそれを揺する男を見て、指に力が入る。

「真司、寒い」
「……悪い」
「悪いと思うならせめて何か言いなよ」

 「そのために呼び出したんじゃないの?」と面倒を隠しもせず言う私に、彼は子供のように頷いた。用件なんて、言わなくたってわかっているけれど。それをわかってしまっている自分が嫌になる。
 午前一時。私の携帯電話は飾り気のない電子音を鳴らし、メールの受信を告げた。“浅野真司”の名に無意識ながらも眉間にしわが寄ったことに気付いたのは、その文面を読み、返信をつけた後だ。

【ちょっといい?】

 何度か受信した文面をまた拝むことになろうとは。前回もそんなことを思ったな、と考える私の目は、通算三回目のメールにいい加減慣れてきたようだった。慣れてきた、というよりは、諦めかけてきた、だろうか。それでも気付かないふりの返事を送る自分の律義さに、私自身呆れている。

【第三公園まで出てこれる?】

 すぐに届いたそれに、重いため息をついた。布団から這い出てハンガーにかかったコートを素早く羽織り、靴下もはかずにサンダルをつっかけて玄関の扉を開ける。鍵をかけたら、後は団地の階段を三階分下りて一番近くの公園まで歩を進めるだけだった。

「郁、こっち。……悪い。寝てたか?」

 真司は、いつもならばもっと明るい声を出す。瞬間そう思い、眉根を寄せた。私の格好を見た彼があまりの軽装に目を見張ったのを見ても、それに気遣って近くの自販機で缶コーヒーを買ってきてくれたのを受け取っても、私の眉間のしわは取れずにいる。笑おうとして、けれど上手くいっていないそれが、どうしようもなく不快に思えた。
 コーヒーを渡して以降、真司は一言も口を開かなかった。埒が明かないとその静寂を破っても、あまり効果がないことはわかっていた。けれど、耐えられなかったのだ。気付いていて知らないふりをしなければならない静寂が。

「言わないなら聞かないよ」
「……わかってる」

 三回目だ。今までの二回も、中々切り出さなかった。いつも休日前に連絡するのは彼なりの翌日への気遣いだろうか。別にどうでもいいけれど、と考えて、この男は三年経っても変わらないな、とつくづく思い知らされた。それが私には悔しく、非常に都合が悪い。

「……ふられた」

 その言葉に、私はやっと一つの山を越えたと息を吐く。ため息とは違う、張りつめていたものが抜けていく感じがした。それに気付いているのかないのか、相変わらずキーコキーコとブランコを揺すりながら口を噤む、そのどうしようもない男に目を向けて、変わらないのは私も同じかと心の底から思う。そして、心の底から呆れる。
 真司が一人目の彼女を私に紹介した、その半年後が一度目だった。その半年後、二人目の彼女を紹介されて、そしてまたその半年後に。今回も同じくだ。一度目も二度目も、今日のような――今日より暖かい春の日だった。
 別れてもう三年。何でそろいもそろって春の日に、この男はふられてくるのだろうか。これだけ続くのだから、高校受験による自然消滅だった私との関係と違い、真司がなにかしらヘマをしたのだろう。けれど私はそのヘマを未だ知らない。

「何したら三人ともに春にふられるなんてことになるの」

 そう私が聞いたとき、今まで頑なにそらされていた視線がやっとのことでこちらを向いた。そのうえで、すぐにそらされてしまうことに不満を持つ。何を考えているのだろう。元恋人に愚痴を聞いてしまいたくなるくらいショックを受けたのではないのか。だったらさっさと私に話して楽になってしまえばいいのに。そう思うのも三回目になる。

「……苦手なんだよ」
「何が」
「春が」

 「はあ?」と眉間のしわを濃くして真司を睨んだ。それを情けない顔でチラリと見て、彼は眉を下げて俯いてしまう。

「お前のこと思い出すから」

 意を決したように絞り出された声に、変わってないとまた思う。言いたい言葉を飲み込んで、何だそれはと叫ぶまで、どれだけの時間がかかるだろう。それだけは私にもわからなかった。

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