『犬猿の仲?犬は魔王で猿はアザゼルさんですか?』
今朝はやけに城の中がバタバタと騒々しかった。何だろうと不思議に思って廊下を覗いてみると。魔物たちが忙しそうに右往左往している。ますます不審に思った私は、寝室の窓から外を覗いてみた。
「何よあれ。何が起こったの? 戦争でもするのかしら?」
外には武装した魔王軍がゾロゾロと集結している。私が慌てて服を着替えて、司令室の前まで行くと中から魔王の怒鳴り声が聞こえてきた。
「うるせえ!! 今回はとことんマジで奴とは決着をつけるんだ。オレ様は引き下がらねえぞ!!」
「オイオイ! だから、何も魔王軍を総出で連れて行かなくても……。100も連れていけばやれるだろ?」
奴って誰? ベルゼブブはどうも魔王軍を出すことを反対しているみたいだけど。なんなんだろう?
「今は魔王に顔を見せないほうがお身体の為ですよ!」
「えっ? あ。オースティン!」
後ろからそうっと私の腕を掴むと、オースティンはそのまま私を部屋へ連れて戻った。
「魔王とアザゼルがまたいつもの小競り合いを始めただけですよ。フフフフフ♪」
「アザゼルって? この間の? いつもって? いつもなの!?」
私の問いにオースティンはクスクスと笑いながら頷いていた。
「あの二人は特に仲が悪くて。もう、幼少期から犬猿の仲と言われていて小競り合いはちょっとしたイベントのようなものなのです」
「でも……。ベルゼブブはすごく困ってる様子だったじゃない? 大丈夫なの?」
心配だったから詰め寄って私が尋ねると、オースティンは私の頭を優しく撫でて軽くハグして私を落ち着かせていた。
「ベルゼブブが困っているのは、魔王軍を総出で魔王が連れて行こうとしていたからですよ。実際は魔王の世話をするためだけに連れて行くだけで、戦うのは魔王とアザゼルだけですからね」
「魔王の世話をするだけって……。ほんっとに魔王は子供みたいだわ!!」
私が窓から外を眺めて集められた魔王軍の兵士たちを気の毒そうに見てため息をついていると。
「確かに。そろそろ決着は付けて頂きたいのですがね。アザゼルのことになると魔王は頭に血が上って、なかなか正気に戻ってくれないので、ベルゼブブや城の者がとても気の毒ですからね」
「当たり前でしょ? 私も迷惑だわ。お腹の子の胎教にも悪いし!」
私がイライラして怒っていると、オースティンは私の手を取って優しくその手を私のお腹に当てて笑った。
「美乃里さまがイライラしているのが一番お腹の子には悪いのでは?」
「ハハハ。確かにそうだわ。ごめんなさい」
オースティンに諭されて私はお腹の子に向かってよ~く誤ってから、へへへと笑った。
「それにしても犬猿の仲って……。やっぱ魔王が犬でアザゼルが猿なの?」
「確かに。魔王は犬ですね(笑)美乃里さまは実に面白いことを仰る。ククククク♪」
私の問いにオースティンはお腹を抱えて笑ってから、少し真面目な顔に戻って二人のことを話し始めた。
「あの、お二人はいつも誰も住んでいない荒れた大地を探して、そこで戦闘をするそうなので、他の誰にも危害が及んだことは無いのです。ですが、決着が着くまでに日にちがかかることに問題があるですよ!」
「そんなに何日もやりあうの?」
オースティンの話では、前に二人が戦闘に費やした日数は3ヶ月だったらしい。
そしているうちに魔王は、ベルゼブブに許可された100だけ魔王軍の兵士を連れてアザゼルとの約束の場所へ向かって魔王城を出ていってしまった。
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「ちょっと~~! もうすぐ二週間なんだけど。魔王はどうなったのよ!!」
私はあれから、ちっとも戻って来ない魔王に苛ついてベルゼブブの所へ行って魔王がどうなっているのか問いただしていた。すると、ベルゼブブは困り顔で頭を掻きながら渋々私の問いに答えてくれた。
「まだ、当分魔王は帰って来そうにない。さっき使いの者から連絡があったんだが、アザゼルもなかなか引かないらしいしな。今回も長丁場になりそうだ」
「兵士たちは大丈夫なの? 食料とかは? どうしてるの?」
ベルゼブブに詰め寄って更に私が大声を上げて怒っていると、後ろから来たオースティンに止められてしまった。
「それくらいにしてあげて下さい。ベルゼブブも正直。あのお二人には手を焼いておられるのですよ」
「わかってるけど。どうなってるのか気になるんだもん!」
私が口を尖らせて少し下がって答えると、オースティンは何かを思いついたらしく少し考えてから私を視て笑った。
「魔王の所へ行きますか? もしかしたら美乃里さまならあの二人を止められるかもしれませんしね」
「おおお! そうだ。奥方に止めてもらえればそりゃ~俺も助かるぜ! ってオイオイ! 奥方は身重だぜ。何かあったら俺らが魔王に殺されっぞ!」
オースティンは私に魔王とアザゼルのケンカを止めさそうと思いついたみたいだったけど。ベルゼブブがお腹の子を心配して私を連れて行こうとするオースティンを静止した。
「大丈夫ですよ。お身体に触らないようにお連れします。ご安心ください」
オースティンはベルゼブブに一言だけ断りを入れて、私の手を引いていつの間にか描いていた魔法陣の中へ入った。
私が目を開けると、荒れた大地の向こう側で二つの何かがぶつかり合って凄い閃光や爆音を上げていた。
「あれってもしかして……。魔王とアザゼル?」
「そうみたいですね。フフフ♪ お二人はまだまだ力が有り余ってるご様子ですね」
オースティンは楽しそうに二人の戦闘している様子を眺めていた。
「すぐに止めに行かれますか?」
「もう少し様子を見ても良い? あと兵士たちの所へ行きたい!」
魔王たちのことは少し様子を見ることにして、私はまず魔王軍の兵士たちの所へ連れて行ってもらった。
「おおおおお! お妃さまだ! お妃さまだぞ!」
私が兵士たちの所へ行くと、疲れ果てた顔をした兵士たちが私の訪問を喜んでくれていた。
「魔王さまを止めて頂けるのですか? お妃さまになら止められるのですか?」
「お願いでございます。魔王さまを魔王さまをお止め頂けるのはお妃さまだけです!」
「子供が。子供がもうすぐ生まれるんです。早く帰ってやらないと」
「私は来月結婚する約束を恋人としているんです!」
兵士たちは口々に魔王を早く止めてくれと私に詰め寄って懇願していた。
よくよく兵士たちの話を聞くと、魔王は明るいうちはずっとアザゼルと戦闘を続けているが、暗くなると戻って来て兵士たちが必死で用意した食料を平らげて風呂に入って疲れを癒やすらしい。そして、ずっとピリピリしていて気に入らないことがあるとそこら中のものを吹き飛ばしてしまうらしい。
やっぱりオースティンの言った通り。100もいる兵士たちは戦うためではなくて魔王の世話をするためだけに連れて来られていて、兵士たちはすでに疲れ果てている様子だった。
「アホらし! みんなはもう帰る支度してていいよ! あとは私がなんとかするから~~!」
込み上げてくる怒りを抑えて、私は兵士たちにそう言うとオースティンに魔王たちの戦っている所へ連れて行ってもらった。そして、魔王とアザゼルのちょうど間に立った私は抑えていた怒りを二人に向かって放出させるように頭の中でイメージして両手を空へ向けた。私の中から放出された魔力は、真っ赤な大きな光の玉のようになってほとんど同時に魔王とアザゼルのいる所へ向かって飛んでいった。
「ウワァァァァァァァーーーーーーーーー!!」
「グワァァァァァァァーーーーーーーーー!!」
二人のすごい叫び声を聞いて私は少しやり過ぎたかな? と思いながらも急いで魔王の所へ向かった。
「オイ! いてーじゃねえか! どういうことだ? マジで今のは死ぬかと思っただろ~が!!」
「いてーじゃねえかじゃないわよ! いい加減にして欲しいのは、こっちなんだからね!!」
怒鳴っている魔王に私が怒鳴り返した瞬間だった。魔王が私の後方を指差してお腹を抱えてケラケラと笑い出した。何だろうと振り返ってみてみると、アザゼルがこちらに向かって大きな白旗を揚げて振っていた。
「どうやらこれでやっと、魔王にはお帰り頂けそうですね(笑)」
「うるせえ! 余計な真似しやがって。オイ! オースティン! 責任持ってコイツを城まで連れて帰れよ!」
魔王は少し悔しそうに頭を掻いて、オースティンに私を連れて帰るように命令していた。こうしてアザゼルが私に白旗を揚げたことで、アザゼルも魔王の配下に加わることになってこの一件は落着した。