『夫婦ゲンカは狼も食わない?』
そして私が魔王城を出てから、もうすでに10日以上は経っていた。なんとか上手く結界が張れていたのか? 魔王が私を連れ戻しに来ることは無く。私はこの街で働きながら、とても平穏に暮らしていた。
ただ、城下では魔王のお妃が魔王城から突然姿を消したことで大騒ぎになっていて、魔王軍の兵士たちは魔王に命じられて躍起になって私のことを探しているらしい。
それでも、今は戻りたくなかった。だから、私は宿屋のおばさんにボロの服を貰って髪の色も緑に染めた。そして、四六時中マスクをして私は魔物のふりをして仕事をしていたので、誰も私がお妃だなんて気付く魔物はいなかった。
「最近。また狼の野郎たちが夜になるとウロウロしてやがるぜ。昨夜も娘っ子が喰われちまったそうだ。かわいそうに」
「ほんと恐ろしいね~。ここは魔王城からも遠いから魔王軍もなかなか来てくれないしね。それを分かってて狼の野郎たちもデカイ顔してるんだろうけど」
近所の金物屋の主人と宿屋のおばさんがまたあの狼たちの事で頭を悩ませているようだった。狼の野郎とは、この辺で徒党を組んで悪さをしている狼の姿の魔物のことで、そいつらはとても惨忍で質が悪い魔物だとおばさんから教えてもらった。
坂の上にあった大きなお屋敷には、この街の領主で魔王の配下のサタナキアという悪魔が住んでいるらしいんだけど。街の魔物たちにはすごく評判が悪いし狼の野郎とグルかも知れないと噂されていた。
「我慢できなくなった若い野郎たちが、何人か魔王城へ向かったらしいぜ。魔王軍に直談判して狼の野郎を退治してもらうしかないってな!」
「マジで? 魔王軍を呼びに行ったの? いつ? ねえ! いつ?」
金物屋の主人の話に驚いて私が詰め寄るとおばさんも主人も何事だという顔をして驚いていた。
「お、一昨日出かけたらしいから、早ければ一週間後には魔王城に着く予定だぜ。どうかしたか? 顔が真っ青じゃねえか? 具合でも悪いのか?」
「魔王が……。魔王が直々に来ることはありませんよね?」
私が青い顔をしていると。二人とも魔王がこんな所まで来るわけ無いだろうとケラケラと笑っていた。
ところが一週間後……。魔王が魔王軍を引き連れてやって来た。
どうも魔王は、私をなかなか見つけられないことで苛ついているようで狼退治でもしてスッキリしようって魂胆らしい。私は出来るだけ魔王に見つからないようにと思い。外へは出ずに風邪を引いたふりをして部屋で引きこもっていた。
魔王軍はほんの一瞬で狼たちを全て取り押さえて檻の中へ放り込んで、その夜は街の魔物たちが総出で魔王軍に美味しいお酒や料理を振舞っていた。宿屋のおばさんに手が足りないからどうしても手伝って欲しい。と頼まれて、渋々私はマスクをして手伝うことになってしまった。
私が忙しく料理を運んだり、食器を片付けたりして走り回っているといきなり誰かに腕を掴まれたので、驚いて振り返ると……。腕を掴んでいたのは酒に酔った魔王だった。
「オイ! 酒が足りねえぞ。さっさと持って来い!」
「あ、は、はい。申し訳ございません。少々お待ち下さい!」
心臓が飛び出しそうなくらいドキドキしながら、私は走ってその場から立ち去った。物陰からそうっと魔王をのぞいて見てみると、兵士たちと浴びるようにお酒を飲んで騒いでいる。
「魔王さまはやはり荒れてるようですね。あんなに浴びるように呑まれることは滅多に無いのに。お気の毒です。お妃は何者に連れ去られたんでしょうね」
「大魔法使いオースティンさまも協力してお妃を探しているそうなんだけど。なかなか見つからないらしいよ。もうすでに殺されちまったのかもね。お可哀想に」
物陰で隠れていると兵士と街の住人たちの話し声が聞こえて来て、その内容は少し私にとって胸が痛い内容だった。私が立ち上がって宿屋へ戻ろうと盛り場から忍び足で離れると、すぐに後ろから何者かに私は口を塞がれて羽交い締めにされていた。
「静かにしろ。大人しくしやがれ。大人しくしないと今すぐ殺すぞ」
毛むくじゃらの手に短剣を握っているそいつは狼たちの仲間のようだった。私は顔に短剣を突き付けられたままで、その狼に引きづられるように盛り場の真ん中へ連れて行かれた。
「キャーーーーーーーーーーーーーーー!!」
狼に羽交い締めにされて、短剣を突き付けられている私の姿を見た街の女たちは驚いて悲鳴を上げていた。
「静かにしやがれ! オイ! コイツを殺されたく無かったら、すぐに仲間を自由にしろ!」
狼は兵士たちに向かって仲間を開放しろと叫ぶと、私の喉元に短剣を突き付けていた。
(ヤダヤダヤダ! 殺されるのは嫌だ。こんな所で死にたくない!!)
短剣を突き付けられて私が死にたくないと強く心に願った瞬間だった。私を羽交い締めにしていた狼が、すごい勢いで吹き飛んで後ろにあった酒樽の山に突っ込んでいた。
驚いた私はハッとして、自分の両手を見てみると微かに赤く光っていた。魔王の魔力を使って狼を吹き飛ばしてしまったんだ。
「オイ! お前……。ちょっと待て。 どういうことだ?」
「…………」
逃げられるはずが無いのはわかっていても、出来れば逃げ出したいと思った。ゆっくりとその場から私が立ち去ろうとしたら、すぐに魔王に腕を掴まれて捕まってしまった。
「探しても全然見つかんねえと思ったら……。いつの間にかオレ様の魔力を使えるようになっていやがったなんて恐れいったぜ! このバカ! どんだけ心配したと思ってんだ?」
「ご、ごめんなさい。ごめんなさい」
魔王は怒鳴りながらも、掴んだ腕を引き寄せてギュぅっと強く私を抱きしめて離さなかった。
翌朝。街の住人たちは私がお妃だったことに凄く驚いていたけど。宿屋のおばさんだけは、またいつでもお城が嫌になったら逃げ出しておいでと言って抱きしめてくれていた。
魔王城へ帰ると。ただの夫婦ゲンカだったことが私から暴露されてオースティンとベルゼブブに魔王は大笑いされて魔王はとても悔しそうだった。
私はすぐに髪を元の髪の色に戻されると、隅から隅までゴシゴシ綺麗に洗われてから、念入りにオイルマッサージをされた。そして、魔王にキツ~くお灸を据えられていた。
「あううううううう。熱い~~! これってほんとにお灸なの? あううう~」
「そうだ。魔王さま特製のお灸だぜ。利くだろ? クククク♪」
帰って早々に魔王に拷問されまくりでその夜はベットで私はヘロヘロだった。
グッタリしている私を魔王は抱き寄せて耳元で凄く恥ずかしいことを何度も囁いていた。恥ずかしくて真っ赤になって身を縮めてしまった私を魔王は優しく後ろから抱きしめてまた耳元で甘い言葉を囁いている。その魔王の甘い囁きに観念した私はその夜、そのまま魔王に身を任せて魔王との本当の初夜を迎えてしまった。