『大魔法使いと魔王さま』
魔王に繋がれたまま一週間が過ぎようとしていた。私は浴場へ行く時くらいはこの腕輪を外してもらえるだろうと甘い考えでいた。ところが、私は繋がれたままで全裸にされて魔王の前で魔物たちに身体を綺麗にされて、岩盤へ寝かされてオイルマッサージを念入りにされていた。
余りにもプライベートが無さ過ぎる。さすがの私もこれには耐えかねて何度も魔王に外してくれと頼んでみた。けれど、この状況が気に入ったのか? 魔王は全く私の願いを聞き届けてはくれなかった。
「もう一週間だよ! そろそろ外してくれても良いでしょ? ねえ~?」
「外さねえ! お前はオレ様のモンだからな。ずっと側においておくって決めたんだ」
長椅子に私を座らせて膝を枕にして横になると、魔王は私の腰に手を回して気持ち良さそうに顔を埋めて昼寝を始めた。
正直。こんな魔王のちょっとカワイイ姿が見れるのは嫌じゃなかったし、前よりも少しは大切にされているような気はするんだけど。でも、やっぱり繋がれてることに私は不満を感じていた。
「これじゃ~! ほんとに。ご主人さまと奴隷の図でしょ?」
「いいんじゃね? だってオレ様はお前のご主人さまだろ? クククク」
魔王は少し顔を上げて憎たらしい顔でニヤッと笑ってからまた目を閉じて眠ってしまった。ベルゼブブも慣れて来たのか? 昨日なんて、何なら首輪もしてやったらどうだ? なんて悪い冗談まで言い出すし。魔王は魔王でそれを真に受けて首輪を本気でしようとしたから、必死に抵抗して本気で泣きわめいたら諦めてくれたけど。正直……。本当に諦めたかどうかは聞いていない。
「ねえ~? そろそろ足が痺れてきたんですけど。 魔王さま? ちょっと~~!」
「うるへ~ぞ! もう少し我慢しろ。あと少しだから……」
なかなか起きてくれない魔王を眺めて私が困り果てていると。部屋の外で兵士の魔王を呼ぶ声がしたので、私は無理やりその場に立ち上がって魔王を膝からおろしてやった。
「イッテーーー! 何しやがる! このバカ。 痛いじゃねえか!」
「だって……。部屋の外に誰か来てるよ。ねえ~? 急ぎの用じゃない?」
魔王は顔を真っ赤にして怒っていた。そして、すぐに私を後ろから羽交い締めにして片方の頬をギュッと掴んだままで、部屋の外で待っている兵士に扉を開けさせた。
「急な用ってなんだ? 早くしろよ! オレ様は今、マジで機嫌が悪いんだからな!」
「は、はい。申し上げます。手配中の大魔法使いオースティンさまなのですが。先程、お一人で魔王城へやって来られて魔王さまにお会いしたいと申しておられます。如何なさいますか?」
兵士の言葉を聞いて魔王の眉がピクリと動いたのを私は見逃さなかった。
「わかった。会ってやるから、さっさとヤツを司令室まで連れて来い!」
「はい。承知致しました。失礼致します」
魔王は兵士が部屋を出るとマントを羽織ってから、私の腕を掴んで司令室に向かった。
「ねえ~? 会ってどうするの? オースティンはどうなるの?」
「わからねえ。まだ決めてねえよ! お前には関係ねえだろ? 黙ってろ!」
いつもにも増して苛ついてる様子の魔王は少し怖かった。司令室に入るとベルゼブブもいて、魔王は私を横に座らせて自分の席に着いてオースティンを待った。
すぐに拘束されたオースティンを兵士たちが連れて来ると、魔王は勢い良く立ち上がって叫んだ。
「どういうつもりでコイツを連れ出したのか聞かせてもらおうか、オースティン? コイツが何者かわかってやったんだろ?」
「フフフフフ。わざわざ私が答えなくても既に何もかも承知している癖に。何故問うのですか? やはり私のことは信用出来ませんか? 昔はあんなに慕ってくれていたのに」
意味深なことを口にして、魔王の問いに真面目に答えないオースティンに苛ついたのか? 魔王は卓上にあった花瓶を魔力で粉々にしてしまった。
「脅しのおつもりですか? 今のままでも誰もが畏怖する力をお持ちの魔王には美乃里さまの中で眠らせている魔力は不要と思い。お察しの通りエルザに私の元へ連れてくるように命じたのです」
「必要か不要かはオレ様の決めることだ。お前が決めることじゃねえだろ?」
更にオースティンの態度に苛ついた魔王は私を抱き抱えるとオースティンに見せつけるように濃厚なキスをしていた。
「コイツはオレ様のモンだから誰にも渡すわけにはいかねえんだ。それにコイツの中のオレ様の魔力はコイツが望んだ時しか使えねえ。だから、お前が心配するようなことにはならねえよ!」
「美乃里さまの中の魔力が魔王の自由にならないですって? 何故なのです? もともとその魔力は魔王の魔力なのでしょう?」
魔王の予想外のカミングアウトにオースティンは凄く驚いた様子で魔王に詰め寄って叫んでいた。
「嘘なんてついても。お前にはわかるんだろう? オレ様はさっきから本当のことしか言ってないぜ。何度か試してみたけど、美乃里の中にあるオレ様の魔力はオレ様にもどうすることも出来なかった。それが、何故かは今もわからねえんだけどな!」
「確かに。確かに。魔王の仰ることは本当のことのようですね。私の早合点だったようです。……数々のご無礼をお許し下さい」
オースティンは魔王の言葉に納得した様子で、その場に跪いて魔王に深く頭を下げて謝罪していた。
「わかってくれたらオレ様は別にどうでもいいや。お前にはちょっとした借りがあるからこれでチャラだぜ? ああ~。それから美乃里は絶対やらねえからな! 絶対諦めろよ!」
「フフフフフ♪ お互い隠し事も出来ないようですね。わかりました。仕方ありませんね。魔王の仰る通りに致しましょう」
オースティンが魔王に素直に応じると、魔王は兵士にオースティンの拘束を解くように命じていた。
「ねえ~? やっぱり魔王とオースティンは知り合いなのね?」
「ああ~そうだ。コイツには色々世話になったことがあるからちょっとな!」
魔王は頷いて認めていたけど。どんな関係なのかは私には教えてはくれなかった。
「色々って何? それだけじゃよくわかんないでしょ?」
「色々は色々ということです。それ以上は勘弁して差し上げて下さい」
魔王を必死に問い詰める私を静止して、オースティンはクスクスと笑って私の手を取って鍵の掛かった腕輪を魔法で簡単に外してしまった。
「これはもう不要ということで外しておきましょう。良いですね? 魔王?」
「ああ~良いぜ。お前がそう言うならもう要らねえかもな。オレ様は結構気に入ってたんだけどな。クククク」
自分の腕輪も外して魔王は私をやっと拘束の生活から開放してくれた。そしてオースティンは魔王に忠誠を誓って、時々魔法の授業をしてくれる魔法使いを魔王城へ寄越してくれると約束してくれていた。司令室を出る前にオースティンは一度だけ軽く私をハグしてから。「魔王と幸せになりなさい」と耳元で囁いて魔法使いたちが待つ樹海の屋敷へ帰って行った。




