『とりあえずプロローグです』
私が魔界へ来て、魔王と結婚の儀式を済ませてからもうすでに半年が経っていた。
私が人間じゃないって魔王に言われてショックだったけど、よく考えて見れば魔界で暮らすなら人間じゃないほうが好都合じゃない?
だからクヨクヨ悩むのをやめて今では、毎日を私なりに楽しく暮らしている。
初夜はどうなったかって? あ~……。それがね。色々あってまだ私は魔王と結ばれてないんだわ……。これが、あの魔猫にバレたら魔猫は激怒して私をまた水風呂に放り込むだろうな。
そして、私の中に眠っている大きな魔力については魔王も先生もそのうち自分で自覚する時が来るからって、詳しくは教えてもらっていない。
二人の話によると、私自身が本当にその魔力を必要と感じた時にその魔力は目覚めるらしいけど、そんなのめちゃめちゃピンチの時ってことでしょ?
だから、魔王にとっても私は魔王の秘密兵器のようなもので私の魂を喰らうつもりなんて最初から全く無かったらしい。
人間界に留まって私をダイエットさせたのは、魔力を使ってさっさとスリムにしたくても、私には魔王の魔力は無効化されるから、魔力が使えなかったんだって怖い顔して白状していた。
それと、私の魔力については使い魔の魔猫は知らないらしくって、用心深い魔王はベルゼブブにもまだ話していないと言っていた。
「先生? 私って何なんでしょう? 魔女ですか? それとも……。魔導師? 魔物かな? まぁ~どれにしても魔がつく生き物ってことですよね?」
「美乃里さまの場合は、人間という器の中に魔力が眠っていると表現するのが一番正しいでしょう。ですから、魔女とも魔導師とも魔物とも断定出来ないという訳で、それをどうしてか? と問われると……。私にもわからないとしか答えようが無いのです」
魔物の先生は困り顔で、私の問いに答えてから続けて資料を広げて魔界のことを色々教えてくれていた。
しばらく授業を続けていると部屋のドアが勢い良く開いて、少し機嫌の悪そうな顔をした魔王が立っていた。
「面白くねえから抜け出して来てやった! 今から城下へ連れてってやるから用意しろ!」
「あっ? え!? 私も行っていいの?」
私の質問には一切答えずに、魔王は私の腕を掴んで衣装部屋へ連れて行くと、小さい魔物たちを呼んで私の支度をするように命じていた。
「さっさとしろよ! 今日は少し遠出してドラゴンの谷の近くの街へ連れて行ってやる!」
「魔王さま! ドラゴンの谷の近くは、今は危険です。ついこの間もハグレ者のドラゴンが街に降りて大変だったじゃありませんか!」
小さい魔物が魔王にドラゴンの谷の近くへ行くのを止めようとすると、魔王は小さい魔物を足蹴にしてコロコロと転がしてしまった。
「だから行くんだ! この目で見ないとわかんねえこともあんだろうが! このバカ!」
「ちょ、ちょっと! 心配して止めてくれてるんだから、怒らなくってもいいじゃない!」
私が慌てて小さい魔物を抱き上げて、魔王を責めても魔王はちっとも気にしていない様子で、支度を済ませた私をさっさと抱き上げて待たせていた大きな魔獣に乗って空高く舞い上がった。
「だ、だから、こういうのは苦手なんですけど……」
「オレ様にしがみついて目を閉じてろ! クククク」
魔王に言われて私が渋々しがみつくと、魔王はギュッと私を抱きしめて熱いキスをして満足そうに微笑んでいた。
どの位、空を飛んでいたんだろうか? 魔獣が急降下して街の広場へ降りて行くと、沢山の街に住む魔物たちが驚いて集まってきていた。
「魔王さま! 突然のお越しのようですが? 何か問題でも?」
「問題はあるような無いようなだな! ま! コイツの退屈しのぎだということにしておいてくれ! 何かあったら呼ぶから、お前らはしばらくは付いてくんな!」
兵士たちの隊長っぽい大きな魔物に、魔王は自分勝手な命令をしてから私の手を引いて街の中を歩き出した。
魔王に城下へ連れて出て貰ったのは初めてだったから、私は何もかもが珍しくて目を輝かせていると魔王が私の肩を抱き寄せて言った。
「欲しいもんがあったら言えよ! 滅多にここは連れて来てやれねえからな!」
「うんうん! ありがとう! あったら絶対にお願いする。久しぶりにすっごく楽しい~!」
魔界へ来てから、あのお城から出ることなんて想像も出来なかったから、すごく開放された気持ちで私はかなり浮き足立っていた。
市場のような所で、年老いた魔女のようなお婆さんが売っている天然石のような綺麗な石のブレスレットが凄く気になって、私が座り込んで眺めているとそのお婆さんがそぉっと私の手を取って顔を見て笑った。
「奥さまには凄い魔力が眠っているんだね。とても大きい。そして不思議なことに奥さまは人間のようだ。魔王さまも大変なものを手に入れられましたね。ククク」
「てめえも相当な魔力の持ち主だな? 魔女か? こんな外れの街で何やってんだ? クソババァ!」
魔王は険しい顔ですぐに私を自分の後ろへやると、少しお婆さんと距離を取って警戒していた。
「何もしやしませんよ! 私はただの老いぼれ魔女でございます。魔王さまに歯向かうつもりなんてございません。ご安心下さい。ただ、奥さまのその魔力がとても大きいものなので……。つい口を滑らせてしまいました。お許しください」
「いけ好かないババァだぜ! 本当に敵じゃないとは信じられねえくらい、バリバリ現役の魔力をお前からビシビシ感じるぜ!」
魔王はお婆さんに悪態ついてから、しゃがみ込んで私が見ていた赤い綺麗な石のブレスレットを一つ手に取って硬貨の入った小さい布袋をお婆さんの前に放り投げて渡した。
「コイツを頂いとくぜ! お代はそんだけあったら十分だろ? それからオレ様の城で働かねえか? こんな所にいるような輩じゃねえだろ?」
「お代など頂けませんね。これはお返しいたします。魔王さまのご命令ならどこへなりとお連れくだされ。こんな老いぼれでよろしければね」
驚いたわー。気に入らないのかと思っていたら、魔王はどうもこのお婆さんが気に入った様子でお城で働くように命令しているんだもん。
「これでお前の話し相手が一人増えたぜ! 明日から魔法のことをこのババァから教えてもらえ! 退屈されてまたホームシックなんて言われたらたまんねえからな!」
「あああ、ありがとう! お婆さん。明日からよろしくお願いします!」
私が魔王に抱きついて喜んでいると、魔王は黙って私の腕にブレスレットをはめてくれていた。
その後、少しの時間だったけど。魔王は単独でドラゴンの谷の方へ出かけて何か調べ事をしていたようだった。私は市場の盛り場に護衛付きで置いて行かれたので魔王が何をしていたのかは全然聞かされていない。
でも、帰って来た魔王の表情があまり明るい表情ではなかったので、私はなんだか心配だった。