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国の終焉

作者: 枯野夢

 空は眩しい青に彩られていた。

 柔らかい風が通り過ぎていく優しい世界の中、俺

は丘の上の大木の根元に腰を下ろした。

 ここは昔、お気に入りの場所だった。

 この国が一望できる気がして、小さい頃はいつも

ここからの景色を楽しんでいた。

 本当はこの程度の高さからでは一望など無理なの

だが、幼い俺は可能だと信じていた。

 いつか俺が治める国。

 導く人々。

 毎日のように見つめては、誓った。

 きっと善い王になる、と。

 




 そう……そうだったんだ。

 確かに、そう思っていたはずなのに。






 「陛下」

 聞き慣れた声が発せられた背後へと目を遣る。

 「そういえば…ここ、お好きでしたね」

 家臣のふりをした親友は、そう言うと俺の隣に座

り込んだ。

 「……かなり昔の話だけどな」

 「まだ十年しか経ってませんよ」

 「十年?」

 「陛下と最後にここに来てから、まだ十年の時し

か流れていません。まだ、戻れます」

 「無茶を言うな。十年は長いぞ」

 俺が暗く笑うと、親友も苦笑した。






 幼少の頃は毎日、勉学や武術に励んだ。

 それが次期国王である自分の務めだと信じて疑わ

なかった。

 その頃はまだ一般常識を学ぶ程度だったが、国を

背負う者に不得手なものなどあってはならないのだ

と気持ちだけは必死だった。



 だが、親友と身分を偽って街に出かけたある日、

俺は歳相応の遊びというものを知ってしまった。

 それはとても楽しくて、それからというもの毎日

城を抜け出して、同じ年頃の少年達と遊び呆けた。

 彼等がこんなに楽しんでいるのに、何故俺だけ頑

張らなければならないのだと思った。

 彼等と長く付き合う内に、彼等の嫌な部分もたく

さん見えてきた。

 何故こんな奴等の為に俺が頑張らなければならな

いのだと思った。




 俺を裏切って、俺の前から消えていった遊び仲間

達。俺と一年以上続いた奴はいなかった。

 親友だけが、いつも俺の味方で。

 始まりも終わりも、結局俺の味方は彼だけだった。




 父が倒れ、俺の自由な時は終わりを告げた。

 不安が囁かれる中、俺は王位に就き、周囲の反対

を押し切って親友を側近に任命した。

 彼にはいつも側に居て欲しかった。

 彼しか、俺を分かってくれない。

 彼だけは、絶対に裏切らない。







 「いよいよ、今日でこの国も終わりか」

 やっと肩の荷が下りるよ、と大きく伸びをすると

親友は遠い目をした。



 先日、この国は隣国に攻め入られた。

 俺はあまり詳しくないけれど、防衛面で他国に劣っ

ているようなことはないはずだ。

 何故攻め入られたのかは理解出来なかったが、親

友がもう無理ですねと呟いた時、心は決まった。

 彼は知っている。

 俺に戦う気など、無いことを。

 民のために命懸けで頑張ることなんて出来ないこ

とを。

 そんな彼が無理だと言うのだ。

 戦う以外に道がないということなのだろう。

 軍事面に疎い俺は、豊富な知識を有する彼を妄信

していた。

 そして、それを恥じたことはない。

 足りないところを補ってくれる、信頼するに値す

る友を持てたことを誇りに思っている。




 「それにしても、よくもあんなにあっさりと降伏

を決心なされましたね」

 「でも、これでいいんだろう?」

 「……ええ」

 「寂しいか?」

 俺が悪戯っぽく笑うと、親友は悲しげに笑った。

 俺は、それがとても嬉しかった。

 「今まで、有難うな。お前が居てくれたから俺は

こんな糞つまらない所で生きてこられたんだと思う」

 「……陛下」

 「頼む」

 そう言うと俺は、隣に置きっ放しにしていた剣を

手渡した。

 明日から隣国の支配下に置かれる国の王など、生

きていても辛酸を舐める思いをするだけだ。

 だから、俺は王として生を終わらせる。

 そして、俺の生を終わらせるのは彼だと決めてい

た。

 



 「悪いな」

 見慣れた街並みを一瞥する。

 俺が見捨てた国、人々。

 だけど、俺は後悔なんかしていないんだ。

 見捨てたおかげで、親友の手にかかって死ねる。

 重荷を背負うこともなくなる。

 最高に幸せな状態になれるんだ。

 

 

 



 親友が、剣を振り上げる。

 柄に刻まれた見慣れた動物の紋章が眩しかった。

 目を閉じようかと思ったが、最後まで彼の顔を見

ていたくて開けたままにすることにした。

 近付いてくる剣は勢い良いはずなのに、緩やかな

動きに見えた。

 親友の顔は、とても緊張しているようで。

 それが……俺に刃が近付くごとに。

 きつく結ばれた唇の、両端が、吊り上って……。










 唯一の、味方だと、信じていた。





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