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傭兵、クマゴローの立身出世

作者: 昼行燈

「クマーを~狩るなら~クマーゴ~ロ~っと」


 傭兵のゴロー・クマ(通称クマゴロー)は今日もギルドから依頼された狩り(ハント)をするために、この森、『デルタヴァルト』の山中を歩いていた。

この地は、山が綺麗な三角形をしているということと2大国の境にあり、非常に政治的にデリーケートな部分があるため、こう呼ばれている。


「可愛い~娘の~ためなら~グリもやる~よ~」


 斧を片手に歌いながら山道を進む。

ギルドの依頼は春になって増えたベアー種のグリズリーの駆除だった。

ギルドとはいえ、小さな集落の職業組合の一つであり、傭兵稼業はほとんどなく、いつもこうした狩りや何でも屋のような仕事ばかりだ。

彼は妻に先立たれ、それでも2歳になる娘のために日々、ギルドで稼いだ金で細々と暮らすのであった。


「お、前方にグリ2匹発見…。うーむ、2体か、厳しいねぇ」


 クマゴローは木陰から体長2mくらいのグリズリーを見て、斧をなでた。

冬眠明けのグリズリーだからか大きくはない。

大きいものは4m近くあり、腕の立つ傭兵でもなかなか狩ることは難しい。


「魔術でも使えりゃあ楽勝何だがなぁ…」


 クマゴローは魔法が使えなかった。

魔術は高等教育を受けた者にしか使うことができない。

彼は読み書きだけで精一杯だったが、実務的な計算は得意だ。

村では学問を教える人物はいない。農耕と狩り。

これが村経済を支えていた。そしてたまに都市と交換して暮らしていく。


「しかし大きさに構わず3万○(サークル)はおいしい話だし…」


 2体で6万○(サークル)。だいだい1ヶ月分の生活費になる。

もちろん都市圏の商人とこの貨幣を交換しなければならないが。


「よし、狩るぞッ…ってあれ?」


 グリズリー2体はさきほどから何をつついているのかと思い、クマゴローは190はある山のような巨体をゆっくり動かした。

そこには狩人ハンターの男が一人、血を流して倒れているではないか。

つまり襲われていた。


「げっえ…人が倒れてりゃー…」


 どんなモンスターも食事中に邪魔されると途端に獰猛な獣となり、痛い目を見るということは。クマゴローも経験として知っていた。

合理的に自分の命と娘、そして道端に倒れている名も知らぬ男の命を天秤にかければ答えは明白だ。


「でもよおー…」


とクマゴローは思う。

この男にも家族がいるのかもしれない、いなくても彼の帰りを待つペット(猫とか)がいるかもしれない…もしかしたら病気の娘が……etc。

クマゴローは極端に情が深かった。

いつも肝心な場面で二の足を踏んでしまう。


「うううう…仕方ねえ、助けンベ。どおりゃー!そこのクマどもお!そん人から離れんしゃい!」


 グリズリー2匹は食事を邪魔されたせいか、グルルルルr…と殺気だっている。

クマゴローは唯一の武器である大斧を構える。

切れ味は長年の錆で悪くなっていたが、打撃武器としてはまだまだ現役だった。


「コイヤッ!トゥッツ!トゥッ!」


ぶんぶんと斧を振り回す。


「グッルルルルr、グウアーーーー!!」


 2匹同時に勢いよく飛び出す。


「せいっばーい!!」


 クマゴローが渾身のスイングで右の1匹の頭骨を砕く。

2匹目のグリズリーに斧の柄部分が当たり、斧は根本から折れてしまう。


「あれんまー…こうなったら男の武器、素手だ!カマーン!」


「ガッアアアーー!!」


「ふぬん!」


 クマゴローの会心の一撃。

左フックがグリズリーの顎に一閃し、顎を砕いた。

ほどなくして2匹はクマゴローにとどめを刺され、駆除された。

彼は帰って毛皮を見せればそれで終わりなのだが…。


「おい、兄ちゃん、起きなせえ…にいちゃ…こいつ女か…」


 狩人だと思っていた男のフードを取ると白い綺麗な顔をした妙齢の女だった。

狩人風のコートからはすらりと白い足が、脚線美を飾る。

男やもめのクマゴローはたまらずゴクリ、と息をのんだ。


「どえりゃー美人べっぴんさんだや…」


 しかし見ない顔である。

この山に女は基本的に入ってこない。

入ってくるとしても、男顔負けの戦士や魔女などごっつい金玉を持ったような女ばかりである。

この少女からはどちらもうかがえない。


「おい、起きねえか…あんたー…」


「う、ううう…」


 グリズリーに噛まれた場所から血が出ている。

重傷というわけではなさそうだが、早く手当てする必要があった。


「うーん、仕方ねえな…」


 クマゴローは泣く泣く、毛皮を諦めて女を肩に担いで村へ戻ることにした。



「う、ううン…ここは?」


 女が目が覚めるとそこはどこかの小屋だった。


「おう、起きなすったか…ほれほれ高い高い―」


「きゃっきゃっきゃ」


目の前には野獣のような男と無垢な赤ん坊がいる。


「あなたは獣人さん…?」


「失礼な…この村のもんだ。で、これは娘。で、あんたは?見ねえ顔だが…」


「私は…えっと…ごめんなさい、わからないわ。でも、なんだか違うところから来た気がするの…」


「ふーん、違うとこねぇ。ここはデルタ村ってんだ。ちょうどでっけえ二つの国の真ん中にあるんでえよ」


「デルタ、村…?聞いたこと無いです…」


「まっ、そうかもなあ。真ん中っちゅうても少し離れちゃあいるし、さびれた村さね。で、あんた名前は?」


赤ん坊をあやしながら何気なく聞いたが、女は返答に困ってしまった。


「ふーん…まあ女が森に倒れてたらそりゃあ何かあるわな…。おーよしよし」


「きゃっきゃっきゃ」


 女は考えた。

自分が何者なのか、わからない。

そして外の世界のことも知らない。

だから下手に女一人で出て行けば危険かもしれない…と。

女は利口だった。


「あの…どなたか存じませんが…」


「おう!クマゴローだ。クマーでもいいし、適当に呼んでくれ」


「えっと…じゃあクマさん。私をここに置いてもらえませんか?お願いします…行くところもないし、どうやって生活するかもわからないんです…ご恩は必ず返しますから!」


「置いてって言われても……」


クマゴローは上目づかいの女を見た。

綺麗な髪、整った顔立ち、引き締まった体に、大きく膨らんだ二つの胸が、男に嫌でも女を感じさせる。

改めてみれば息を飲む、美しさだ。

死んだ妻よりも美しいかもしれないとさえ思った。


「ま、まあ、しばらくなら置いてやっても…」


案外使えるかも知れない。

クマゴローはなんとなくそう思った。

留守の間、娘を見ていてくれる者もあまりいなかったし、家事や畑仕事をさせるにはいいかも知れないと。

それに彼女は美しかった。



 それから女はクマゴローの下で働き始めた。

クマゴローは彼女にルーナと名付けた。

なんとなく月のようなはかなさを持った美人だと感じたからだ。

そしてルーナは瞬く間に村では器量の良い娘とし評判になり、求婚者も出たほどだった。

クマゴローは村人から「新しい嫁か?」と幾度となく聞かれた。

そのたびに違うと言う次第である。



 やがて月日が経ち、たまたま通っていた商人の目に彼女がとまった。

そして商人は彼女の人物がを描き、村から南東にある『サルラ王国』へと絵を送った。

その絵の人物、彼女を王子がいたく気に入り、彼女ルーナは見染められ嫁ぐこととなった。


 彼女には拒む理由がなかったが、これまでの恩を返したいとの想いがある。

そこで彼女は条件として、クマゴローに『ソルラ王国』との商売独占権を提案した。

いち村民に、そのような許可など異例であり、ましてや独占権など既存の商人ギルドが黙っていなかった。


 だが、底なしにほれ込んだ王子はそれを認めさせ、クマゴローはギルドの統括長として就任し、南西の『ソレーネ帝国』との係争地であったこの『デルタ村』は『ソルラ王国』の領地となる。


 クマゴローははじめは驚き仰天したが、次第に40歳と遅咲きながら、類稀なる統率力と力でギルドをまとめる。

 

 政治にも才覚があったのか、『ソルラ王国』のみならず、『ソレーネ帝国』とも貿易協定を結び、『デルタ村』は、過去類を見ない史上空前のギルドの村となり、交易地として栄えるのであった。


 

 そして月日は流れ、ギルド統括長のクマゴローのもとに一通の手紙が届いた。

差出人は王女ルーナからであった。

ここ数十年、一度も連絡を取ったことはなかったので不審に思いつつも手紙を読んだ。

その手紙はたった1文のみ。



『私の正体は異世界から来た女でした』



 そう書き記してあった。


これが何を意味するのか、クマゴローには見当もつかなかったが、数日後交易地となったデルタ村に一報が入る。


『ソルラ王国王女ルーナ、崩御ス』



 クマゴロー戦慄。

これが2国間を巻き込む大きな戦いとなるとは、この時誰も知る由はなかった…。

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