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桃香理事長日誌  作者: 葉月 優奈
一話:新米の|理事長《ディレクター》
9/80

「おい、何している?」

しかし、その声は甘い声でもなかった。とがったような声、あたしは現実に連れ戻された。

体を起こして見えたものは、大きな理事長室。

立派なソファーとテーブル、あたしはいつもの理事長の椅子に座っていた。


「ゲッ、北小路」

あたしは、机を挟んでしゃがんでいた北小路の金髪の頭を撫でていた。すぐに手を離す。

北小路も、ばい菌を触れたかのような顔で頭を掻きむしった。


「なによあんた、なんでここにいるのよ?」

「一人でニヤニヤしやがって、見ていてすげえ気持ち悪いんだよ」


そして見えた理事長室の後ろには、金属バットがカキーンと音を立てていた。

理事長室から見える窓は、夜になっていた。部活動が行われていて、掛け声が聞こえてきた。

グラウンドの照明があちこちついて、運動部が練習に明け暮れていた。


あたしは、どうやら夢を見ていたらしい。夢の中で南条君の頭を撫でていたはずが北小路の頭だった。

なんて最悪なの、あたしはばい菌を触れた手をハンカチで入念に拭いた。

鼠色のスーツを着ていた、金髪の教頭はガラ悪そうにあたしを睨む。


「それより、ブス理事長代理」

「何よ、誰がブスよ!口悪金髪教頭」

「そうかい。俺はお世辞が言える口を持っていないんでね」

「あっそ、じゃああっち行って」

「資料を読んだのかよ、それ?」

すると、北小路が指さしてきたのがテーブルの上に散乱した露木さんが持ってきた資料。

一部は目を通したけど、全部はまだ見ていない。見ている途中で眠くなったらしい。


「読んだわよ、アンタに関係ないでしょ!」

「関係大有りだ、お前は理事長代理なんだからちゃんと仕事しろ。金だって出るんだ、これも仕事だ。

それから、理事長挨拶を考えておけよ。今週末の保護者会でお前がやるんだぞ!」

「理事長挨拶?保護者会?何それ」

あたしがきょとんとしていると、北小路がプリントを渡してきた。


「当り前だ、新しく就任したんだから、明後日の保護者会であいさつするんだよ!」

「誰が?」

「お前」

あっさり指さす北小路に、あたしはムッとした顔を見せていた。


「ああ、そうね。いいわよ、いいわよ!」

「いいわよじゃなくて、当然だ。仕事舐めるなよ、遊び半分でやるな!」

「分かっているわよ。それよりねえ、北小路は知っている?」

「あん?なんだよ」

「あんじゃないわ、今のあたしは理事長代理であなたより身分が上だからちゃんと敬語使いなさい。

露木さんだってちゃんとあたしには使っているわよ、分かっているの?」

あたしにやり込められてか、北小路はバツの悪そうな顔を見せていた。


「敬語?はいはい、分かりましたよ、ブス理事長代理様」

「そんな敬語はないでしょ、ちゃんと言いなさい。大体あたしはブス理事長って名前じゃないわ!」

「やだ」子供みたいなことを言ってそっぽを向いた北小路。

あたしもふてくされたが、どうしても北小路に聞きたかったことがあったので喧嘩を買わないことにした。


「ねえ、南条君ってどんな子なの?」

「南条?ああ、陸上部のヤツか。あちこちの部活を手伝っているヤツだろう。それがどうした?」

「彼、いじめられているのを知っている?」

「さあな……知らん」

あたしの言葉に、北小路の声が急に歯切れ悪くなった。

あたしはそれでも北小路の顔を逸らさない。腕を組んで北小路の顔を見ていた。


「ねえ、何か知っているみたいね。教えなさいよ、北小路!」

「理事長代理、南条君のことは忘れてください」


不意に声が聞こえた。声の方を振り向くとそこにはスーツ姿の露木さんがいた。

どうらや部屋の隅にある植え込みに、水を上げていたらしい。全然気づかなかった。

驚いたあたしに、複雑な表情で植え込みのそばからゆっくり歩いてきた。

妙な緊張感を漂わせる露木さんを、あたしはじっと見ていた。


「えっ、なんで?彼はいじめられているのよ、問題じゃないの?」

「ええ、南条君の噂はあちこちで聞いています。

彼は運動神経抜群で、足も速くてとても器用。だけど、彼の周りではいじめの話が絶えない」

「そんだけ分かっていたら、なんで何もしないんですか?」

「何もしない……違います。何もやらないんです」

露木さんは、あたしの前に仁王立ち。その顔は少し、圧倒するような顔だった。

隣の北小路は、相変わらず黙ったままであたしから顔を逸らしていた。


「なぜですか?」

「学校は学校法人に査定されます。学校の評価は、いじめがあると評価が落ちます。

評価が落ちれば当然学校運営や関わります。理事長代理、この問題は忘れてください」

「イヤ」あたしは、露木さんの言葉に真っ向否定した。


「だって、彼はいじめられて苦しんでいる。それを学校は黙って見捨てるんですか?

いじめは、とても卑劣な事なの……そう、許されないから。あたし決めました、いじめ対策をします!」

訴えるような目で、あたしが露木さんを見ると目を逸らした。まるで腫れ物に触れるかのようなそんな顔で。


「やれやれ、困りましたね。北小路教頭、説得お願いします」

「いいんじゃね、そのブスにやらせろよ」

それは、北小路が初めてあたしを肯定する言葉だ。かなり口は悪いけど。

同意を求めたはずの露木さんは、思わずおののいてしまった。


「なんと、北小路教頭。どういうことですか?」

「一応、こいつが理事長代理なんだろ。俺より立場だけは上。

どうせこいつはただの素人だ。失敗して、こいつに恥かかせればいい。そのかわりに責任とれよ」

「分かったわ、全部あたしに任せて。絶対、いじめを撲滅するから」

「……はあ、困りました……」

最後は、露木さんも観念した顔を見せていた。明らかに落ち込んだ顔を見せていた。


「それで、早速だけど……防犯カメラの映像ってどこで入手できるの?」

あたしは、それをあえて露木さんに尋ねていた。


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