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あたしたちは、理事長室に戻っていた。
無事に学校法人の学園長や理事長たちを玄関まで見送った。
スーツを着ていたあたしは、首元のスカーフを緩めてソファーにくたびれた顔で座った。
黒髪に染めた北小路は、あたしの前のソファーに座っていた。
もちろん着慣れないスーツのネクタイを緩めて、だらしなさそうにしていた。
「全く、あの男しつけーよ!」
「ね~、あれはないわよね。言いがかりにもほどがあるじゃない」
あたしと北小路が、噂する男はもちろん髪の立った男。あー、顔が浮かんだだけでもなんかイヤ。
「『こんな学校は廃校にすべきです!』だって、お前に言われる筋合いないっつうの」
「そうよ、珍しくあたしと意見があうじゃない。北小路」
「大体あの学校だって、いじめがかなり多いみたいだぜ。北九州宇喜中。
元は中高一貫校だったけど、負債抱えて付属の高校だけが消滅したんだ。それの逆恨みもあるんじゃねえのか」
「あら、随分詳しいのね北小路」
「ああ、二年前には俺は北九州宇喜高の教師をしていたからな。
あの学園長は、俺に対しても個人的に恨みもあるわけだろ。まあ、俺もあいつは願い下げだけどな」
苦い顔で愚痴る北小路にあたしも相槌を打っていた。そこにお茶を運んできた露木さん。
「お二人とも、お疲れ様でした」
いつもながらに落ち着いた顔、露木さんは今日もダンディだ。
ただ綺麗に七三分けにされた髪は最近白髪が増えているみたい。きっと気のせいね。
「お疲れ。露木さんも、ねっ」
「私は大したことはやっていません。理事長代理が来てくださったから、うまくいったんです」
「あたしは……そうよ、あたしのおかげ」
「何言っているんだよ、ブス理事長」
誇っているあたしに、容赦なく浴びせる北小路の野次。
「あら、久しぶりに言ったわね、あたしのけなし言葉」
北小路に久しぶりに言われると……やっぱりムカツクわ。
そのまま、前の北小路の頬を引っ張った。北小路も悪態ついてあたしを睨んでいた。
「便乗して言うんじゃないわよ、口悪教頭」
「へいへい、そりゃ悪ふござひまひた」
「もう、絶対に反省しないでしょ」
「俺は嘘やおべっかが大嫌いだ、ブス理事長」
「あー、また言った!」
北小路の頬から手を離して、不機嫌な顔になったあたし。
黒髪の北小路の目つきの悪さは、見た目以上に迫力に欠けていた。それを微笑ましく見る露木さん。
「それでも、学園法人の方も満足されたようですよ」
「それはよかったわ」
「ええ、これでいじめ問題も解決しましたし……」
「まだよ、この学校のいじめは解決していないわ。いじめは絶対になくならないから」
「ああ、そうだな」
あたしの言葉に真剣な顔で北小路が同意した。
そんな時、露木さんがカレンダーを見ていた。棚のそばにあるカレンダーは二月が開いてあった。
「それより、理事長代理」
「なんですか?」
「そろそろ、日程が迫ってきましたね」
「あら、もうそんな日なのね」
露木さんの言葉にあたしは、急に暗い表情になった。
棚のそばにかけてあったカレンダーを見ていた。今日は二月二十五日。
もうすぐ、三月であるこの日。カレンダーの二月末日には赤くまるが書いてあった。
「何の日程だ?」
「うん。北小路あのね、あたしの理事長の任期が二月いっぱいまでなの」
あたしの言葉に、立ち上がってあたしのそばに来た北小路。
一瞬うつむいた彼は、すぐにあたしの肩をつかんできた。
「な、なんだよ。なんで俺に報告しない?」
「北小路?」
「てめーがやめるがやめないが、知ったことはない!だけどよ、だけど、お前は俺には報告しろ!」
「何を急に怒っているのよ、北小路!」
「お前が勝手すぎるからだろ!」
「そんなことないわ!元々決まっていたことだから」
眉間にしわを寄せてあたしは、ちょっとだけ背の高い北小路に言い返した。
互いに目を逸らさないで睨み合う。一気に空気が変わった。
「あの……北小路」
沈黙を破ろうと露木さんが声をかけようとしたけれど、それを北小路が阻んだ。
「勝手にしろ、ブス理事長!」
そう言いながら、北小路が先に目を逸らしてあたしの体を両手で押してきた。
後ろに押されて、のけぞったあたしはすぐに北小路を睨み返す。
あたしを押した北小路は背を向けてドアのほうに歩く。
そのまま、不機嫌そうに部屋を出て行った。
(分かっているわよ、でもしょうがないじゃない)
北小路が露木さんに、何を言ったのかわからない。
だけど、あたしはこの学校を離れる事がなんだか切なく思えた。




