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桃香理事長日誌  作者: 葉月 優奈
六話:|罪《フィーリング》の対価
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あたしと南条君の二人しかいない更衣室。初めて会ったときに、二人きりになりたいといつも思っていた。

だけど、こんな感じで二人きりになることを望んではいなかった。

辛そうなあたしの瞳に、南条君の顔を映していた。


更衣室にある小さな窓から、誰もいない陸上競技場が見えた。

静かな学校に二人の男女、だけどそこはとても悲しいことが行われた場所。


手に持った盗聴器を、あたしは更衣室のテーブルに丁寧に置いた。

一瞬ものすごく強張った顔を見せた南条君が、すぐに南条君がいつもの笑顔を見せた。


「かわいい理事長さん、どこで僕だって気づいたの?」

「決定的なのは防犯カメラ。南条君が受信機をしている姿がはっきり写っていたわ。

野球部の小屋の裏には、カメラが設置されていたの。そこに南条君が映りこんでいた。

南条君、あなたはトランシーバー型の受信機を持って隠れていたもの」

「それはうかつだったなぁ」

「もうやめてよ、南条君!渡瀬君は、あなたの先輩はそんなことを望んでいない!」

そばに駆け寄ってあたしは、泣きそうな顔で南条君の手を握った。

南条君はあたしを見るなり、目に涙をにじませていた。


「すべてお見通しなんだね」

「中先生から聞いた」

「渡瀬先輩は五つ上なんだ……同じ地元のスポーツクラブで。

でもね、僕は小さなころから足が速かったんだ。僕は……天才だった。

すぐに陸上クラブの年長組に混じって、一緒に練習をすることになった。

だけど、僕のありすぎる才能を妬んで年長組でいじめられたよ。

チビだの、おこちゃまだのって悪口は言われたり、スパイクの紐が切れていたり、いじめがひどかったのさ」


はにかみながら言う南条君の表情はどこか暗かった。

あたしは握っていた手を離して、南条君をじっと見ていた。


「でも、僕を助けてくれたのが渡瀬先輩なんだ。渡瀬先輩がいつも僕の話し相手になってくれた。

僕は立ち直ることができた、そうでなければ僕は今頃走っていなかっただろう。

そんな渡瀬先輩を、僕は憧れるようになっていた。人間的に素晴らしかったから。

あんなすばらしい人になりたい、弱いものに手を差し伸べて、才能もあって、頭もよくて……」

「だったら、そんなことしたら駄目!」

南条君にはっきりとあたしが叫んだ。

強く訴えるように、顔を強張らせて彼の前に立ちふさがった。

南条君はあたしを見て大きく息を吐いて観念したような顔を見せていた。


「そうだね……僕が今やっていることは渡瀬先輩の正反対だよ。情けないよ」

「渡瀬君……」

「そう、その盗聴器は僕のだよ」

南条君は、テーブルに置いたキーホルダーと電卓の盗聴器をしっかりと手に取った。


「盗聴器だけじゃない、いじめ画像も僕が流した。

学校に復讐がしたかったんだ、どうしても渡瀬先輩の無念を……晴らしたかった」

「そう……そうなのね」

あたしも南条君の切なさが分からないでもない。

いじめによって、人生を強引に捻じ曲げられてこの世を去る決断をしたこと。

それが、どんな思いを受けるかを知っていたこと。だから彼の無念を聞くことでしかなかった。


「本当にごめんなさい、僕がすべて悪かったんです」

南条君は、そして頭を下げた。心を込めて深々と頭を下げた。


「南条君、悪いけどあなたには処分が下るわ」

「覚悟しています」

「それはね……」あたしが口にしようとしたとき、

「もちろん退学だ」と男の声。太い声で聞き覚えのある声。


振り返ると更衣室に入って来たのが、北小路だった。

革ジャンにズボンという私服姿の北小路が、厳しい顔であたしたちを見ていた。

北小路の威圧的な行動に、南条君は観念した様子で再びうつむいた。

あいも変わらず目つきの悪さが印象的。


「俺が初めに言った通りだ。南条、お前はやはり怪しかった。

ずっと俺は睨んでいたんだ、お前がいろいろ怪しいとな」

「そうですか、だからあんなに僕のことを調べたんですね」

「まあ、最近はこいつが勝手に調べてくれるからな」

北小路に指さされて、あたしはむすっとした顔を見せた。

なんだか利用されたような気がして不愉快な気分を味わっていた。


「そして、あのいじめ画像だ。始めは俺も気づかなかったが、渡瀬という名前はすっと気になっていた。

俺が入ったころは前任の教頭の黒歴史の後で、すべてが消されていた。

おまけに、それを知っている人間も失踪したと聞かされた。

証拠も何もなくなったが、こいつを利用して真実にたどり着ければいい。そう思ったんだ。

そしてやっとたどり着いた。俺はお前の正体を突き止めたんだ。さあ処分をくだそ……」

「待って、勝手に決めないでよ!」

あたしは南条君を睨む北小路の前に阻んだ。虚ろいだ南条君は何も言い返せない。

だけど北小路はあたしに睨んでいた。何度もいがみ合うのね、北小路とは。


「邪魔をするな、俺は理事長からの指示を受けて……」

「父さんでしょ!」

あたしはずっと知っていた。だからあたしは北小路の手をつかんだ。

北小路も理事長のために動いていた、ただやり方が悪い。必ず退学をさせようとしている。


「だとしたら、お前はどうするんだ?」

「今の理事長はこのあたしよ。あたしがこの問題に関しては全部あたしが手を下します。

あなたならきっと、何も考えずに退学させようとするんでしょ」

「もちろんだ、当然だろ」

「絶対にさせないから!南条君には……もっとあたしらしいやり方で罪を償ってもらいます」

あたしは最後まで北小路に対して言い放った。

後ろにいた南条君は顔を上げた。あたしは振り返って南条君を見ていた。

笑顔も、恥じらいもない、ただ凛とした理事長代理の顔で南条君を見ていた。


「だけどいじめの一番の解決法は、追放だ、隔離だ。おまえだってそれが分かっているだろう」

「ええ、そうよ。でもあたしはそれだけが正しいとは思わない」

背中で北小路の声を受けながら、あたしは南条君を指さした。

怯えるような小動物のような顔の南条君は、あたしの方を見上げた。


「南条君、今からあなたに処分を下します」

そう言いながらあたしはあることを考えていた。次の一言で南条君は満足してくれた。

それはあたしにとっても彼にとってもベストな選択だったから。



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