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桃香理事長日誌  作者: 葉月 優奈
六話:|罪《フィーリング》の対価
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翌日の理事長室には、あたしが呼びつけた人間が全員集まっていた。

各学年の学年主任、そして北小路、さらには中先生。

これだけの面々が集まるということは、学校の一大事である。

全員男の中に女はあたし一人、まさに紅一点。でもこういう空気は慣れていた。


他に二十名ほどいる教員は、今頃いじめ対策中に精を出していた。

だからその中の代表である学年主任がいることが、自然と理事長室の空気を張りつめていた。

中先生が来る前には、増える一方だったいじめの件数も最近ようやく下降線になっていた。

だけど、まだ残っているいじめにあたしは中先生と話したことを告げないといけない。


あたしの傍らに中先生が、ちらりとあたしに目で合図した。

全員立って、前に立っていたあたしが先に口を開いた。


「さて、明日から一週間、休学にします」

いきなりの言葉に、三人の学年主任から動揺が走った。


「えっ、今なんと……」これは三年の学年主任、小太りな中年男性の内村さん。

「御冗談を……」苦笑いするのが、二年の学年主任、口髭ダンディな露木さん。

「いいえ、あたしは本気です。現在の状況が学校運営を正常にできないと判断したからです」

あたしは、真剣な顔で真っ直ぐに言った。動揺する三人の学年主任教師が黙り、中先生が続けた。


「今、いじめが大量発生しています。原因は生徒会のいじめ画像流出と部活会の報復行動。

生徒指導室でいじめのカウンセラーをしていますが、消化するにも日にちが足りません。

いじめ対策というものは、時間がかかります。

でも、普段から皆さんはいろんな勤務で忙しいでしょう。だから休学にしようと思います」

「異議あり!」そういって口を挟んだのが、一年の学年主任の林主任。

痩せていて背が高く顔色が白い青年の男性。見た目には露木さんよりもずっと若い。


「三年生は学校教育計画がほぼ終わっているからいいですが、二年と一年はまだ計画が終わっていません。

このままだと、教育の全過程が修了できないで……」

「いじめ対策も教育よ!」

あたしに言われて、林主任がひるんだ。

するといつも見せる露木さんが苦笑いで、若い青年の林主任をたしなめた。


「まあまあ、理事長代理の言うことに従いましょう。それにしても乱暴なやり方ですね」

「でも、教育課程(カリュキュラム)は見直さないといけないのも事実なのは分かっているわ。

北小路教頭、あなたは教育方針のことを父さん、いえ理事長からどう聞いているの?」

「了承はとってある、理事長代理のこの方針に俺は逆らう術がない。

時間の方は内容を職員会議で調整し、不足分は春休みに補うのがいいだろう」

「そうね、じゃあ教育課程は北小路に任せるわ」

「北小路教頭、まさか本気で?」すると、口を挟んできたのが林主任。

それを見た北小路は、けだるそうに林主任を見ていた。


「ああ、マジだよ。こいつは、マジで素人な理事長だから。何だってするさ。

それには、お前にもこれだけのことをするんだ。何か考えがあるんだろう、桃香理事長」

「もちろんよ!」

あたしは笑顔を見せていた。前にいる困惑した顔の露木さんは、あたしをじっと見ていた。


「無茶苦茶ですよ、理事長!」

「無茶苦茶なのは、承知よ!」

だけど、露木さんは納得したような顔を見せない。

それは一年主任の林主任も同じ。三年主任の内村主任は、教育がほぼ終わっていて諦めたようだ。


「ねえ、露木さん」

「なんですか?」

「露木さんは、高校生の時に一番楽しかったことって何?」

「それは、部活に文化祭ですよ」

「そうでしょ、学校は勉強だけをする場所じゃないわ。

あたしもまだ子供だけど、大人になったらそういう楽しかったことが思い出になるの。

授業や、勉強はただの結果論だから。

子供のあたしが言うのがおかしいかもしれないけれど、大人にあまり役に立たない事だから」

あたしは必死に露木さんに訴えていた。露木さんは、あたしに詰め寄られてまた難しい顔を見せていた。

そのまま数秒間の沈黙が支配した理事長室。


「……わかりました。そのかわり一週間の間、何をするか聞かせてください」

「もちろんいじめ対策よ、それは全部中先生に任せてありますから」

「ええ、僕に任せてください」

中先生が咳払いをして、話を続けた。


「みなさんは、いじめをなくす三つの条件が必要なのをご存知でしょうか?」

そう言いながら、中先生はあるものを取り出した。

それは、生徒の名前が顔写真付きで情報が書かれているファイル。

理事長席の大きな机にそれを広げて、学年主任の教師が見ていた。


「最初に教師の皆さんは少し大変かもしれませんが、まずは生徒全員の名簿作成おねがいします。

いじめた側、いじめられた側、それから住所や家族構成、学校での部活など、細かい情報全てです」

中先生の言葉に、三人の学年主任が真剣に聞き入っていた。


「名簿、なんでまた?」

「それは、僕が全部訪問するからです」

「訪問って、この学校には生徒が七百人もいるんですよ!」

「条件一、時間をかける事。だから一週間の時間が必要なんです。

大丈夫、この訪問だけで全ていじめはなくなるはずです。ただし……」

喋りながら中先生が一つ間を置いた。

じらされた北小路が、少しイライラしながら足でリズムを刻む。


「いじめ対策のために担任の先生方にも、僕と一緒に同伴してもらいますよ」

「どういうことですか?」

「条件二、いじめは三対一であるべき。

いじめを聞く人間は、一対一ではなかなか素直に話しません。だから二対一、三対一の状況を作ります。

北小路教頭も参加してくださることなので、三対一で聞くことが条件です。

そして、訪問の時にやるべきことが条件三……」

中先生が、またまた勿体つけて一つ間を開けた。中先生に対して周りの教師陣の視線が集まった。


「条件三は?」

「それはもちろん『勇者をたたえる、魔王の技に惑わされない』です」

「なんですか、それは?」

呆気にとられた顔になった三人の学年主任、あたしだってよくわかんないわよ。


「いじめられっこは、なかなか正直に告白するのをためらいます。

ましてや学校という閉塞された空間の中で、いじめられている環境全てが正しいと錯覚してしまいます。

でも、いじめられっこが勇気を出して言うことはすごく褒めるべきです」

中先生のこの言葉には、あたしは父の言葉を思いあてた。


「桃香、よくやったな」

あの帰り道にあたしに言ってくれたパパの一言。

その時の言葉をかみしめたあたしは、中先生の言葉を少し理解できた。


「さて、魔王とはいじめっ子の事です。いじめを追及された魔王は、よくやる技があります」

「よくやる技?いったい何なのよ?」

「『形式謝罪』です。人間というのは元来性善説で成り立っていますから。

罪を感じると、それを助かろうとする。それが『形式謝罪』。

ただ謝ればすむと考えがちで、無理矢理謝ろうとしますがそれがよくありません。

いじめの解決の根本は、完全に理解させ納得させることです。

分からせなければ、また同じようにいじめを繰り返しますから。そこで、桃香理事長」

「あたし?」あたしの名をいきなり呼ばれて、中先生は笑顔で頷いた。


「このいじめは、間違いなく部活会と生徒会のいがみ合いによるものです。

末端はいじめですが、本筋が別にあります。理事長、もう分かっていますね」

「ええ、その件に関しては既に手を打っているわ」

あたしは自信たっぷりの笑みを浮かべていた。

昨日の夜に、北小路とアレをみて確信したから。

後はあたしに小さな勇気と覚悟だけが必要だったから。


「早速だけど、名簿作成については……」

北小路が説明を始めた。仕事は確かにできるみたい。

だけど、あたしはまだ立ち止まっていた。


そんなあたしの顔を見て、近づいてきたのが中先生。

「理事長代理、迷っていますね」

「えっ、そんなこと……」

「分かったようですね、僕が解決できなかった黒歴史」

ひそひそあたしと中先生が話す、周りには聞こえていない小声で。


「あたしに教えてほしいの、渡瀬君の事」

「何かを知ったようですね、あの遺書から」

「ええ、後輩について。中先生は知っているんでしょ」

「まあ、込み入る話ですから生徒指導室へ参りましょうか」

中先生の誘いを、あたしは断る理由がなかった。

そう言いながら、あたしと中先生はこの理事長室を出た。理事長室では北小路が話をしているのを置いて。



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