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翌日、夜の予備校に来ていた。駅前にある予備校は、ネオンが輝いていた。
久しぶりに自分の学校のブレザーを着たあたしは、スーツの北小路と予備校の入口で待っていた。
授業が終わった予備校の入口には生徒が出てきていた。あたしたちはその一人一人を探す。
そして、奥から出てきたのが明るい顔の櫻子。長い髪の同級生は珍しく眼鏡をかけて、ブレザーを着ていた。
マフラーとコートで防寒していた櫻子も、あたしにすぐに気づいた。
「櫻子っ!」
あたしが笑顔で手を振っていると、櫻子がそれを見て慌てて髪を整えだした。
「あっ、北小路様!」
櫻子はあたしの隣の北小路に詰め寄っていた。あたし、思いっきり無視されているんだけど。
近づく櫻子に、北小路はポケットを突っ込んでいた。一応北小路はスーツ姿、それに緊張した顔。
北小路が普段あたしには絶対見せない顔を櫻子に見せていた。
「えと……金久保さん」
「はい、北小路様。お待ちしていました、私に何のようですか?」
「櫻子はね、AV機器の知識がすごいのよ」
「ほう、そうなのか」
あたしの言葉に、北小路はフムフムと頷いていた。
櫻子はじーっとあたしの方を見ていた。目つきがちょっとこわいんだけど。
「櫻子、あなたに見てほしいことがあるのよ」
「なに?引き受けるのはお金次第ね」
「では、俺の頼みを聞いてくれないか?」
「はい、もちろん。北小路様のためなら何でも!」
あたしの代わりに北小路が言うと、かわいらしい声で言ってきた櫻子。
それにしても北小路も櫻子の前だと、牙がとれたライオンの様におとなしくなったのも印象的だ。
後ろでは、予備校生が静かに帰路に向かおうとしていたそんな光景の中。
「これって、どういうものなんだ?」
ポケットから取り出したのが黒猫のキーホルダー。生徒会室に仕掛けられたキーホルダーは、もちろん盗聴器だ。
それを櫻子が見るとすぐに反応していた。
「あっ、これはキーホルダー型盗聴器ね」
「よくわかるわね、盗聴器って一言も言っていないのに」
「当然よ、女子高生の常識だもの」
どんな女子高生なのよ、などと突っ込みを入れるのはやめておこう。
櫻子の機嫌を損ねると、大金をせびられそうだし。
北小路が差し出したキーホルダーを手に取った櫻子が分析を始めた。
じっくり舐めるように見まわす櫻子。
はたから見ると、子猫のキーホルダーをもらってうれしそうな女子高生にしか見えない。
「これは、高性能だけど電波の距離は短い発信器タイプ。
ハンドパスフィルターも搭載されていてラジオとかの電波の影響を受けずに、クリアに音が聞こえるのが特徴ね。
UHF-Aタイプの周波数でやや高額なの。ノイズもないから、音の編集も楽よ」
「何言っているかわからないんだけど……」あたしと北小路も同じように難しい顔を見せていた。
「つまり、これはどういうものなんだ?」
「ん~、盗聴器の発信器。音を送るの、そして受信機で受け取るわ」
「どれぐらいの距離を?」
「大体、七十メートル飛ばせるわね。それ以上だと、音の受信が難しくなるから。
後、このタイプは割と高低差に弱いと思うわ。同様タイプって言って、集音にも制限があるしね」
櫻子の説明に、どうやら北小路は納得した様子だ。
あたしは何が何だかいまだによくわからないけど。北小路がもう一つの電卓を取り出した。
「こっちの電卓タイプは?」
「それも同じメーカーのようね。VXO機能搭載で、同化タイプの見つかりにくいのが特徴ね。
音は少しノイズが入るけど、UHF-Cだから音波が入りやすいわ」
「距離は、どれぐらいなんだ?」
「そうね、こっちの方が距離は少し短いかも。
音波の方が、あまり飛ばないようにしてあるから五十メートルもいかないんじゃないかな」
「そうか、ならば外からの可能性もあるな」
「外……あっ」
あたしは、あること思い出した。
その傍らにもじもじする櫻子、北小路に何かを求めている様子だ。
「ねえ、北小路今から学校に戻らない?あたし、あることを思いついたの」
「ほう、なんだ?」
「これなら証拠があるかもしれないわ、すぐに学校に行きましょ」
「おい、手を引っ張るなよ!」
思いついたあたしは、北小路の手をいつの間にか引っ張っていた。
「ありがとね、櫻子」
「ちょ、ちょっと……」
櫻子は、とても不機嫌な顔で予備校前に一人たたずんでいた。
まるで駆け落ちをしたかのようなあたしと北小路は、街中へと消えて行った。




