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桃香理事長日誌  作者: 葉月 優奈
一話:新米の|理事長《ディレクター》
7/80

女子トイレはあまりにも遠かった。

男子校の洗礼を十分すぎるほど受けたあたしは、必死に走った。

走る女を、周りの男たちの視線が容赦なく襲う。

あたしはそれでも恥かしいとは思わなかった。


(なんでこんなに遠いのよ!)

何度もこの言葉を頭の中で叫んでは、あたしは走っていた。

少し男汗臭いグラウンドをいくつもぬけて、そしてようやく見えた小さいトイレ。


「やっと見えた、遠いわよ」

悪態をついたあたしは、トイレに入ろうとした。上を見上げると、防犯カメラがここにもあった。

(本当に多いのね、防犯カメラ。まさかトイレの中は写していないでしょうね)

三つ並んでいたトイレは、一つだけ閉まっていた。あたしは、真ん中に入った。


(ふー、やっと落ち着く~)

穏やかな顔に変わったあたしは、洋式の便器に腰かけた。

ドアを閉めて、一息をついたあたしは用をたしていた。

落ち着いたあたしに、急に隣の壁越しに声が聞こえてきた。


「いい加減にしろよ、南条!」

便器の上でくつろぐあたしに、男の声が聞こえた。そのあとグラグラとトイレの壁が揺れる音がした。

「お前は、生意気なんだよ!」

それと同意に、隣の壁からバチっと何かがぶつかる音がした。


「な、何よ?何が起きているの」

一瞬にしてあたしに緊張感が走り、思わず声を発した。

「誰だ、ここにいるのか?」

「マジかよ、おい行こうぜ!」

複数の男の声が聞こえた。そのあと隣のトイレのドアが開く音がした。

あたしは、立ち上がって思わず自分のトイレを出た。すると、女子トイレを出ていく二人の男が見えた。

かなり体の大きな男、緑色の横縞の長そでのシャツを着ていた。


トイレを出て隣のトイレを覗くと、そこには腹を抑えてかがみこんでいた男がいた。

壁には血だ。その血は彼の額から出ていた。緑の横縞の長そでシャツに短パン姿で、顔を歪めた黒い短髪の男。

童顔で、下を向いたまま苦しそうに荒い呼吸。彼の足元には、少し曲がったヘッドギアが転がっていた。


「ちょっと、アンタ大丈夫?」

「あ、はい……大丈夫です」

しかし呼吸を乱しながらも、笑顔を見せていた。

その男の上目遣いのかわいらしい顔に、あたしは胸が急に熱くなった。


「そう、でもなんで女子トイレに?」言いながらあたしの胸の鼓動が不意に早くなった。

「えと……あの……あなたは?」かわいい男の子の顔は、大きな瞳をあたしに向けてきた。

ちょっと恥ずかしく、あたしも顔を赤くした。


「あたしは、この学校の理事長代理『宇喜永 桃香』よ。あなたは?」

「はい、僕は『南条 涼』です。本業は陸上部ですが、ラグビー部のお手伝いをしています」

その少年は、はにかみながらあたしに言ってきた。なんかすごくかわいい男の子って感じ。


「南条君って、陸上で高校記録を持っているあの南条君?」

「ええ、恥ずかしいですね」照れている南条君、かわいい系の男の子だ。だけど、彼は頭から出血していた。

泥らだけのシャツには、靴の跡がはっきりついていた。

まちがいなくいじめだ。あたしは直感で分かった。


「ねえ、いじめられていたの?」

「えと……」南条君は、言葉を濁していた。

「あたしに相談して、あたしは理事長だから。解決できると思うの」


そんな時だった、奥から走ってくる音が聞こえた。

「おーい、南条。どこに行った~?全体練習の時間だぞ~」南条君を呼ぶ声だ。

「それじゃあ、かわいい理事長さん。練習に戻らないと。またね」

変形したヘッドギアをつけて南条君は軽くあたしに手を降って、女子トイレを出て行った。

ほんわかした気持ちのあたしもまた、南条君に手を降っていた。


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