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二日後のあたしは、理事長室に座っていた。
いつも通りのブラウスに、紺のベストと黒いスカートのあたしは、赤く染まった空を背に椅子に座っていた。
仕事が一段落して中先生が渡した遺書を読んでいた。静かな理事長室はあたしだけの空間。
遺書の文字を一文字ずつ読みするめながら、あたしは目頭を押さえていた。
――前略、中先生相談に乗って頂いてありがとうございます。
僕は、ようやく決めることができました。
だから、迷うことはもうやめることができました。
きっとそれが、僕のやってきたことに対する答えだと思ったからです。
もっと生きたかったし、生きることをやめたくない。
だけど、僕はもう会うことはないんだね、さようなら。
中先生、もし僕の後輩が宇喜高に来た時はよろしくお願いします。
僕より優れた彼には、僕のような道を歩んでほしくないから。
今からあの更衣室に行きます、僕は僕の居場所を見に行くために――
そう書かれていた、あたしは泣きそうになりながら読んでいた。
この遺書を書いたときの渡瀬君の後悔と無念が、そこには綴られていた。
そう思ったら、あたしはいじめていた彼らが許せなかったし、消そうとした学校も許せなかった。
渡瀬君は遺書を中先生に託した理由が理解できた。
(きっと中先生がしっかり対応していたのね)
真摯にいじめに向き合った最強のカウンセラー、中先生。渡瀬君に彼がやろうとしていたことだから。
そんなあたしが呼んでいると、理事長室のドアが開いた。
「北小路?」
いつもの金髪教頭が、あたしを見るなり血相を変えて早歩きに変わった。
そして、北小路は無言のままあたしが見ていた封筒にいきなり手を伸ばした。
咄嗟にあたしは身を抱えて遺書を守ろうと体をそむけた。
「おい、それをどこで手に入れた!」
「ちょっと、何するのよ!」
同時に声が交差した。北小路がすぐにあたしの前に来る。
「お前、それを渡せ」
「急に来てなんなのよ、北小路?」
「俺は、理事長に言われた最後の約束を放さないといけない。
そのためには、どうしても必要なんだ!それは渡瀬の遺書だろ!」
「なんでこれをあんたが知っているのよ!」
「俺はそのために、この学校の教頭になった」
そう言いながら、理事長室を立ってあたしは離れた。北小路は、苦そうな顔であたしを見ていた。
そこに見せた北小路は、今まで見せたことがない威圧感を放っていたから。




