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あれから一日が過ぎた。
ここは警察署。あたしは、父に教わった警察の『被害者相談窓口』に来ていた。
夕方まで待たせてくれた、あたしはじっと彼の仕事ぶりを見ていた。
広い警察署のロビーで、あたしは待合室のベンチで待っていた。
「すいません、息子が本当にご迷惑をおかけしました」
窓口の前にいる四十代の主婦らしき女性が、窓口の中に頭を下げた。
「いえ、それは仕方ないです」
窓口の中にいたのが三十代後半の男。落ち着いた顔で話をして、警察の制服を着ていた。
その男に向き合っていたのが、五十代ぐらいのおばさん。紫のブラウスがよく似合っていた。
「それで、わたしはこれからどう謝ったらよろしいのでしょうか?」
「お母さん、謝りに行かない方がいいです。被害者は、加害者の顔を見たくありませんから」
「でも……」
「まずは、手紙を送るのはいかがでしょうか?そこで謝りに行けるかどうかを考えるべきです。
なんでも謝りに行くのは、よくないんですよ……お気持ちはわかりますが」
「どういうことでしょうか?」
「謝るというのは加害者側としては、罪意識から行おうものです。
謝るのは加害者発信で、被害者というのはすぐに加害者の顔を見たくないものです。
それによって事件を呼び起こしてしまいますから」
「なるほど……」
真剣に聞いていたおばさんに、話を続ける若い男性。
「ですから、まずは顔を見せないように手紙を書くことを勧めますよ。
加害者として、一番波風たたない謝り方は顔を見せない事にありますから」
「そうですか……私ったら押しつけがましかったんですね」
「ええ。加害者が被害者の立場に立つことを、気遣って謝ってくださいね」
「本当に、どうもありがとうございました」おばさんが、頭を下げていた。
おばさんに対して相談人の男性がにこやかに笑っていた。そのまま、おばさんが案内窓口から離れていった。
あたしは、カウンセラーの内容を一部始終見ていた。
彼女が窓口に来た最後の人だった。
すでに五時の勤務が終わって、一時間が過ぎていた。
窓口を閉めて立ち上がったが相談員の男は、すぐに背中を向けた。
ガラス張りなので立ち上がったのが、窓を隔ててあたしも見えた。
そのままガラス張りの奥から、さっきの相談員が出てきた。
「あの、中先生ですよね」
「なんですか?」
「あたしは、宇喜高理事長代理の宇喜永 桃香です。あなたにお話があってきました」
「私は残念ながら、宇喜高と関係を切ったんです」
『宇喜高』という名前を聞いて不快な顔になった中先生。そのまま、彼は窓口を挟んで更衣室に入った。
当然あたしは待った。待つ以外はなかった。
五分後、中先生は出てきた。
出てきた中先生は、スーツ姿ではなくて茶色いコートに着替えていた。
いかにも警察の関係者っぽい彼の出で立ちを見て、あたしは近づいていた。
周りの警察官の視線も気にならないほどに中先生につめよった。
その中先生は呆れた顔を見せていたが。
「やれやれ、まだいたんですか?」
「います、あたしは帰れないから!」
「そうですか、じゃあ帰らせてください」
だけど、あたしは帰ろうとする中先生の腕を引っ張った。上目づかいで中先生をじっと見た。
「ダメ、帰らせない」
「全く年頃の女の子がそんなことを言うものじゃないですよ。誤解しちゃいますから」
「あなたの力が必要なの。あたしだけじゃあ、どうしようもないから」
うつむきながら、弱弱しくあたしはため息をついた。
中先生もさすがに観念したらしく、首を横に振った。
「まあ、ここで話すのもなんですから。いい場所がありますよ」
そう言いながら、中先生はあたしの頭を撫でてくれた。
穏やかで落ち着いた中先生は、父親のような温かさがあった。




