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桃香理事長日誌  作者: 葉月 優奈
五話:小さな|勇気《ブレイブリー》
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あれから一日が過ぎた。

ここは警察署。あたしは、父に教わった警察の『被害者相談窓口』に来ていた。

夕方まで待たせてくれた、あたしはじっと彼の仕事ぶりを見ていた。

広い警察署のロビーで、あたしは待合室のベンチで待っていた。


「すいません、息子が本当にご迷惑をおかけしました」

窓口の前にいる四十代の主婦らしき女性が、窓口の中に頭を下げた。

「いえ、それは仕方ないです」


窓口の中にいたのが三十代後半の男。落ち着いた顔で話をして、警察の制服を着ていた。

その男に向き合っていたのが、五十代ぐらいのおばさん。紫のブラウスがよく似合っていた。


「それで、わたしはこれからどう謝ったらよろしいのでしょうか?」

「お母さん、謝りに行かない方がいいです。被害者は、加害者の顔を見たくありませんから」

「でも……」

「まずは、手紙を送るのはいかがでしょうか?そこで謝りに行けるかどうかを考えるべきです。

なんでも謝りに行くのは、よくないんですよ……お気持ちはわかりますが」

「どういうことでしょうか?」

「謝るというのは加害者側としては、罪意識から行おうものです。

謝るのは加害者発信で、被害者というのはすぐに加害者の顔を見たくないものです。

それによって事件を呼び起こしてしまいますから」

「なるほど……」

真剣に聞いていたおばさんに、話を続ける若い男性。


「ですから、まずは顔を見せないように手紙を書くことを勧めますよ。

加害者として、一番波風たたない謝り方は顔を見せない事にありますから」

「そうですか……私ったら押しつけがましかったんですね」

「ええ。加害者が被害者の立場に立つことを、気遣って謝ってくださいね」

「本当に、どうもありがとうございました」おばさんが、頭を下げていた。

おばさんに対して相談人の男性がにこやかに笑っていた。そのまま、おばさんが案内窓口から離れていった。


あたしは、カウンセラーの内容を一部始終見ていた。

彼女が窓口に来た最後の人だった。


すでに五時の勤務が終わって、一時間が過ぎていた。

窓口を閉めて立ち上がったが相談員の男は、すぐに背中を向けた。

ガラス張りなので立ち上がったのが、窓を隔ててあたしも見えた。

そのままガラス張りの奥から、さっきの相談員が出てきた。


「あの、中先生ですよね」

「なんですか?」

「あたしは、宇喜高理事長代理の宇喜永 桃香です。あなたにお話があってきました」

「私は残念ながら、宇喜高と関係を切ったんです」

『宇喜高』という名前を聞いて不快な顔になった中先生。そのまま、彼は窓口を挟んで更衣室に入った。


当然あたしは待った。待つ以外はなかった。


五分後、中先生は出てきた。

出てきた中先生は、スーツ姿ではなくて茶色いコートに着替えていた。

いかにも警察の関係者っぽい彼の出で立ちを見て、あたしは近づいていた。

周りの警察官の視線も気にならないほどに中先生につめよった。

その中先生は呆れた顔を見せていたが。


「やれやれ、まだいたんですか?」

「います、あたしは帰れないから!」

「そうですか、じゃあ帰らせてください」

だけど、あたしは帰ろうとする中先生の腕を引っ張った。上目づかいで中先生をじっと見た。


「ダメ、帰らせない」

「全く年頃の女の子がそんなことを言うものじゃないですよ。誤解しちゃいますから」

「あなたの力が必要なの。あたしだけじゃあ、どうしようもないから」

うつむきながら、弱弱しくあたしはため息をついた。

中先生もさすがに観念したらしく、首を横に振った。


「まあ、ここで話すのもなんですから。いい場所がありますよ」

そう言いながら、中先生はあたしの頭を撫でてくれた。

穏やかで落ち着いた中先生は、父親のような温かさがあった。


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