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桃香理事長日誌  作者: 葉月 優奈
五話:小さな|勇気《ブレイブリー》
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倉先市内では大きな総合病院、それは宇喜学園付属医療大学の大学病院。

そこには父が今入院していた。


あたしは看護婦さんに一般病棟に案内されていた。

父が倒れたときは、特別病棟で会うことさえできなかった。

今年初となる対面はただの対面ではない。

今のあたしには、理事長代理として大きな役目も担っていた。

通されて個室にあたしは目を覆った。


「父さん、大丈夫?」

あたしが案内された部屋は、大きな個室だった。

そして、個室の中にはベッドが置かれていて父が弱弱しく横になっていた。

父があたしを見るなり、リクライニングで上半身体を持ち上げていた。


「桃香か、本当にすまない」

「なによ、元気そうじゃない」

だけど言葉とは裏腹に、顔色は優れなかった父の顔がそこにあった。


「桃香、いろいろ押しつけてしまって本当にすまない」

「そんなことないわよ、それより父さんは体が大丈夫なの?」

「ああ、二月中にはうまくいけば退院できそうだ。

本当は、もう少し早く面会ができたのだけど……照れくさくてな」

父は、感動するわけでもないがはにかんでいた。あの時と同じ顔、それを見てあたしも安心できた。

父の顔には、またしわが目立つようになったなぁ。苦労しているのね。

やっぱり父には叶わない、そう思えるほどに温かみがあった。


「そう、順調に回復しているのね」

「桃香。そんなことより、屋敷でメイドはいじめてこないか?」

「もう、あたしも高校生よ。誰もあたしをいじめてこないわ。

あたしは強くなったから、あのころと違うわ」

「そうだな」

父は右手をゆっくりとあげていた。ゆっくりだけど確実に上がった右手であたしの頬に触れた。

あたしはちょっとだけ泣きそうになっていた、やばいなぁ。


「それまでは学校を頼む。お金の方は心配ないか?」

「いいわよ、あたしだってもうすぐ大人なんだから」

「もう二十歳になるのか?」

「違うわ、十七よ。娘の年ぐらい覚えなさいよ、かわいい一人娘なんだから」

ふてくされたあたしに、愛想笑いの父。個室の病室の窓から冷たい風が部屋を冷たくしていた。


「そうだな桃香、本当にすまなかった。私は教育者として失格だな。娘一人ちゃんと覚えていない」

「何言っているの、あたしはそう思っていないわよ」

あたしは震える父の手を取ってしっかりと顔を見た。

穏やかな顔で父はあたしを見ていた。なんだか父の手がとてもしわだらけでいつの間にか、小さく感じた。


「あたしは、ほかの人よりも父といた時間は短いけど、それでもあたしはここまで育ったから」

「……嬉しいことを言うねぇ。理事長代理にしてよかったよ」

「あっ、思い出した。ねえ、宇喜高のことだけど……」

「どうした?」

「宇喜高の黒歴史って、父さんは知っているの?失踪した生徒指導とか。あたし知りたいの!」

「そうか……桃香。やはりお前には苦労をかけるな」

不意に暗い表情に変わった父。それでもあたしは真剣な顔で父を見ていた。

病に伏せた父は、あたしの頬から手を下ろした。


「何が知りたい?何でも聞くがいい」

「失踪した生徒指導の話、中先生のこと……」


それは露木さんに言われた話。

露木さんは『(あたり)先生を連れてきてほしい』そう頼んだ。

宇喜高の混乱を解決するためには敏腕の彼の力が必要だから。

あたしが経緯を話した後に、父は難しい顔を見せていた。


「そうだな、中は今も我が宇喜高の生徒指導として就任している。

元は心療内科の医師で、カウンセラーとして企業で働いていた。

我が宇喜高が彼の能力を高く買っていて、教育現場として力を発揮できそうだと彼を企業から引き抜いた。

そこまで知っていることなら、宇喜高の問題を知っているな。特待生と生徒会の関係について」

「ええ、いがみ合っているんでしょ」

「そう、生徒会と特待生は昔からいがみ合っていた解消するためには彼が今も必要だと思っている。

今でも我が校の生徒指導として、中先生を解雇はしていない。

あくまで長期休暇を取っている扱いになっている」

「それは分かっているわ。あたしが知りたいのは、中先生の居場所」

「桃香、居場所を聞いてどうするつもりだ?」

「あたしは彼にどうしても会いたいの。会って彼に聞きたい!」

「そうか……」一つ相槌をうった父。

父はそう言いながら、ベッドの上にある灰色の携帯電話に手を伸ばした。

あたしが手渡すと、父がゆっくりと携帯電話を操作していた。


「実は中先生は今、警察にいる。どうやら今は、彼の携帯はつながらないみたいだ」

「なぜ警察?」

「残念ながら、会いに行っていないから分からない。

正直、怖いんだ。真実を知ってしまうと、どうなるかわからない。

知らなくてもいい真実が世の中にたくさんあることを、大人で知ってしまった。臆病と罵っても構わない」

「そうね、それが大人でしょ」

あたしの言葉に、暗く沈んだ父の顔が反応した。


「守るべきものがあるから、それは仕方ないんだって北小路が言っていた」

あたしが言うと、父は嬉しそうな顔を見せていた。


「そうだな、桃香。お前を理事長代理にして本当によかったよ」

「えっ?そういえばなんであたしを?」


初めて理事長代理になった時から、あたしはずっと持っていた疑問。

父が倒れたときから、既にあたしの就任が決まっていた。

露木さんに就任を頼まれて、あたしは今まで続けてきた。


それでも、ずっと続けていながら気にはなっていた。

何故未経験で、父と接点の薄いあたしが選ばれたのか。それが分からない中、ずっと続けていた。


「そうだな、その件は北小路に頼んである。桃香に関しても、この学校に関しても」

「えっ、あの北小路に?」

「そう……」

「彼はあまり詳しくないからな、その方がいいんだよ」

「えっ?どういうこと?」

「そういうことだ」

最後に父は、意味深なことをあたしに言ってきた。

あたしはやっぱりわからなかった。

それでも父は、あたしに微笑んでいた。



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