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桃香理事長日誌  作者: 葉月 優奈
五話:小さな|勇気《ブレイブリー》
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あたしは、学校を出ようと職員玄関に来ていた。

職員玄関で、靴に履き替えてそのままあたしは駐輪場に向かっていた。

このあたりには、生徒の姿もなくていつも広く感じる駐輪場までの道。

綺麗に舗装されていて手入れの行き届きが見て取れた。きっといい職員さんがいるのね。


だけど、あたしは見つけてしまった。それはあたしが嫌いな出来事。

歩道の片隅で、生徒たちが集まって小さな輪を作っていた。

カンの鋭いあたしは、そこに近づいてものの二秒で判明した。


「何しているのよ、あなたたち!」

そう言いながら、あたしは手を上げて詰め寄った。すかさずあたしの声に反応して三人の男の生徒。

見た目はスポーツマン風の体がしっかりした男たちが、あたしの方を一斉に振り向く。それはいじめ。


「ゲッ、理事長代理!」

「マジかよ、あのラグビー部末松をやっつけたってあの怪力女かよ」

「誰が怪力女よ!いじめはやめなさい」

あたしが、手を上げて怒った顔で向かっていくと男たちはなぜか逃げていく。

不機嫌な顔になったあたしは、胸を張って仁王立ち。

集団の中にいたいじめられた生徒は、学ランをボロボロにされた葛西君だった。眼鏡をかけていないけど。


「葛西君!」

「な、なんですか?」

ボロボロの葛西君は、すまし顔で地面に落ちていた眼鏡を拾っていた。でも眼鏡はヒビ割れていた。

髪型を整え、服の埃をはたいて立ち上がろうとするが、右のわき腹を抑えて顔を歪めた。


「大丈夫?」

「平気……です。それ以上に私は、あなたにこんな無様な姿を見せるのが恥ずかしい……です」

「かっこつけているんじゃないわよ!しっかりしなさい」

立ち上がろうとして体勢を崩した葛西君は、苦笑した。


「本当ですよ」

そんな葛西君は顔を歪めて情けない顔になっていた。

体を支えるために手を差し出すあたしは、葛西君をゆっくり起こした。

呼吸乱れて頬に擦りむいた後、あたしはハンカチを当てて止血した。

普段はクールな葛西君も、この時ばかりは呼吸を乱して苦しそにみえた。


「保健室は?」

「大丈夫です、ちょっと休んだら戻らないといけませんから」

呼吸を整えて立ち上がろうとして、その場でしりもちをついた葛西君。

だけどそれでも歯を食いしばってなんとか立ち上がった。

無理矢理立ち上がった葛西君は、それでも校舎の方に歩み寄っていた。

脇腹を抑えて、ゆっくりすり足で歩く葛西君。なんで男はこうも頑張りすぎるのよ。


「無理しちゃダメ、いじめられたんだから言う勇気も必要よ」

「そうですね、いい言葉です」葛西君は、心なしか笑顔を見せた。

あたしも、葛西君に視線を合わせるべくそばを彼に肩を貸していた。少しむっとした顔の葛西君。

「でも、これは自業自得ですから」

「どういうこと?」

「あの画像のことがバレました」

葛西君は、前のコンクリートの道路を見つめたままそう告げた。


「画像……いじめ画像?」

「昨日、私たちが話していた盗聴器の音声が全て学内ネットに流れたんです。

そしたら、あっという間に拡散して部活会の連中が一般生徒をいじめ始めた。

寮でも、登校中でも、はたまた授業中でも、休み時間でも……」

「それが原因なのね」

「いえ、原因の一つと言っていいでしょう」

「どういうこと?」

「もう一つ、こんなメールがあったんです」

『特待生諸君、生徒会に今こそ復讐の時。我ら特待生を虐げた凡人どもに、正義の鉄槌を食らわせよ』

そして、その発信元が部活会の会長である大東君になっていた。


「大東君?」

「怒りを買うのは当然だよ、私は彼にひどいことをしたんだから」

「……そうね」

「彼には謝りました、土下座もしました。

こんなひどいことをした私を、許してくれました。だけど私の罪は消えません」

「そう言えば昼休みに生徒を集めていたわね」

「ええ、臨時生徒集会をしました。全生徒前で謝罪したんですけど。

一度ついてしまった火を始末するのは当然です。私がつけてしまった火は私が消さないといけない」

「葛西君?それはそうだけどあなたひとりじゃ……」

「宇喜高のできた当時から、特待生と一般生徒と喧嘩が絶えなかったそうです」

辛そうな顔で話す葛西君。ため息をして、ひびの入った眼鏡をかけた葛西君は疲れた顔を見せていた。

静かな職員歩道は誰もいない、校舎の影からかすかに太陽が光を放っていた。


「昔からも続いていた?」

「ええ、ですが渡瀬先輩の死を持って冷戦状態になったんです」

「渡瀬君の自殺で、収まったと?そんなのおかしいわ!」

「今度は私が……」

「させないわ!」

葛西君の手をあたしは握った。

少し頬を赤く染めた葛西君は、あたしの顔を見返してきた。


「あなたは誰にも殺させない。自分にさえも殺されない」

「理事長……」

「逃げたい気持ちは分かるわ、辛いのも分かる。

だけど、それを抱え込むのはよくないから。

あたしがいるじゃない、あたしに相談してよ。力になれるから」


あたしは笑顔で言った。

あたしの手に葛西君は自信に満ちた真顔に戻っていた。


「私は大丈夫です」

「うん、それでこそ葛西君だよ」

強がる彼もかわいかった。眼鏡をかっこつけてかけた彼はいつも通りの落ち着いた顔。


「助けが必要なときは言ってね、力になるから」

「大丈夫です、不要です」

「ううん、一人では解決できないから」

「大丈夫ですよ」

それでも葛西君の顔が明るくなっていた。

あたしも、そしてこれから知らなくてはいけないだろう彼も。それは一人では解決できない個人の問題。


「それじゃあ、あたし今日は早く帰るから」

「早いですね、理事長」

「うん、だってようやくパパと会えるから」

最後にあたしの笑顔がはじけた。

そう、あたしはこれから久しぶりに面会謝絶のパパに会えることになったから。


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