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桃香理事長日誌  作者: 葉月 優奈
一話:新米の|理事長《ディレクター》
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あたしと露木さんは、放課後の校舎の外を歩いていた。

あちこちで、威勢のいい男子の声が聞こえてきた。ここは野球部のグラウンド。


露木さんといるときは、北小路のことを忘れられた。

ダンディな口髭の露木さんは、いつも笑顔を絶やさずに学校を案内してくれた。

彼はとても穏やかで、好感が持てた。さすがは大人の教師。

あたしが理事長になったんだ、なんとか不良教頭を改心させて学校の平和を取り戻さないとね。


「ここが、野球部です。我が宇喜高は毎年甲子園優勝を目指して日夜練習に励んでいます。

こっちには、野球部専用の寮があります」

「結構、施設が充実しているんですね」

「ええ、プロ入りした生徒も、自主トレの時には学校の施設を利用しますから」

ため息が出たのは、何度目だろうか。

あたしの通っていた学校にはスポーツジムのような設備があったけど、ここまで大がかりじゃないもの。

ダンベルに、サウナ、専用プール。運動場がいくつもあった、部活ごとにあるんじゃないかってほどに。


その一つ一つを、一緒に歩き回りながら丁寧に紹介してくれた露木さん。

あたしと露木さんは、陸上部の部室の前に来ていた。だけど、ちょっとだけおなかが痛くなってきた。


「プロですか、すごいですね」

「我が校は、地元はもちろん全国でも有数のスポーツ校です。当然ウチの学校には、特待生も多いんですよ」

「特待生、そうなんだ」

(適当に聞きながそう、早くトイレ行きたいなぁ)

などと思いながら話半分で愛想笑いのあたしは、露木さんについて行くしかなかった。


「ええ、特待生です。宇喜高は特待生が全体生徒の三割ほどいます。

運動部はもちろん、文化部も力を入れています。男子合唱部は、全国大会に出場していますから」

「はあ、それはすごいですね」

「そう言えば、理事長代理。この学校、もう一つ多いものがあるのですが、分かりますか?ヒントは上です」

露木さんが言うと、あたしは上を見上げた。そこには防犯カメラのレンズが光っていた。

「そういえば、カメラが沢山ですね。ウチの学校より多いです」

「よくぞ気づきました。実は我が校は特待生も多いのですが防犯カメラも多いです。

子供たちを守るためには必要ですから。不審者も今は多いんですよ。ええ、世知辛い世の中です」


露木さんは、校舎内にある防犯カメラを見せていた。あたしは、左手でスカートの裾をつかんでいた。

(でも、女子トイレは少ない。そもそもあるの?……)などと思ってもなかなか口に出せない。


「では、最近力を入れている部活があるんで、そちらを案内しますよ」

そう言って一分ほど指さしながら歩いたのが、大きなグラウンド。陸上競技場のトラックね。

これで何個目のグラウンドだろうか。一体いくつあるのよ、グラウンド。もう見飽きたわよ。


「ここが陸上部です。今宇喜高では……」

「あの、それで……」さすがに我慢できずに、あたしは言った。

「はい、どうしました?理事長代理」

「それは理解できたんですけど、女子トイレってどこにあるんですか?」

「えっ?」驚いた顔を見せて、露木さんはキョロキョロと見回していた。

歩いてきた道に、男子トイレはあっても女子トイレの表記はどこにもなかった。


「そうですねぇ、女性用トイレは……えーと」

「ううっ、もれそうごめん、早く教えて!」

「案内板ですね。あれを……」

「ありがと……」と言い残して猛然とダッシュで案内板へと走っていったあたし。

そして、掲示板を見るなりあたしは愕然とした。


(何これ、女子トイレ二箇所しかないじゃない。校舎の中と、外に一か所ずつ……)

呆然としている暇もないあたしは、とにかく走るしかなかった。


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