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宇喜高の映画部は、巨大な視聴覚室を拠点にしていた。
そして、そこには多くのパソコンと大きなスクリーン。
まるで映画館のようなスクリーンの前に、三人の生徒がいた。
学ランを着た三人は、いずれも暗い表情を見せて座っていた。
「ようこそ、映画部へ」
あたしの前に小太った男がやってきた。彼が部長のようね。
ぼさぼさの髪で学ランを着た男は、なぜかあたしに向けて両手を広げていた。
「宇喜高映画部、ずいぶん立派な部室を使っているのね」
「これは理事長」丁寧に一礼をした部長の太った男。
「早速だけど、あなたたちの映画を解説しに来たわ」
「どういうことですか?いきなり校内放送を流してくるとは、よく分かりませんよ」
「そうね。だって、あたしも分からないことがあるから」
あたしはそう言いながらDVDを取り出して、そばに座っている男に手渡した。
「これは?」
「あなたたちは、いじめ動画のことを知っているでしょ」
「何を言っているのか……」
「あなたたちは、いじめ動画を作ったのは分かっているわ。このDVDを見れば全部分かるはずよ」
そのままあたしは、勝手に映画部のDVDを起動させた。小太り部長は、困った顔を見せていた。
大きな画像で、あのいじめ画像が再生されていた。
凄惨ないじめ動画を何度も見ているけど、あまりいいものではない。
映画部の三人は、眉をひそめながらじっと見ていた。
やがて、画像が終わって小太りの部長があたしに聞いてきた。
「これが、一体なんなのか?」
「この映画には不審な点が三つあるの。
一つは、カメラワーク。興奮した生徒があれだけ安定したカメラの動き。
どう考えても、画面の粗い携帯電話であのカメラの動きはありえないわ。
一つは、不審な時間。この画像は時間を言っていたけどとても不自然すぎる。
始めに時間を言っている理由は、本当の時間を知らせないようにするため。
そして最後の一つ、それが演者よ!」
「待てよ、それだと……」
「そう、これは作られた映像。とんでもなくできの悪い映画よ!」
言い放ったあたしは、映画部の部長を指さしていた。
それをみて映画部の生徒たちは、戸惑っていた。でも映画部小太りの部長が、睨むような目であたしを見てきた。
「僕達は、そのような映画を作っていません。言いがかりです!」
「これを見てもそんなことが言えるかしら?」
そしてあたしはある生徒が書いたアンケート結果を、目の前に突き出した。
そこには、いじめ以外に学校で気になる点を書かせていたあるアンケート結果を見せた。
『一月十七日、映画部が携帯電話で映像を撮っていた。野球部の小屋の裏でコソコソしていた。
始めはいじめだと思っていたけれど、撮影だと言っていた』そう書かれていた。
「不審な点の一つ目、カメラワーク。顔が出ていない野球部員の大東君。それから、渡瀬という生徒。
何故いじめた側の大東君ともう一人の顔が、この画像に出ていないのか?」
「ふーむ、言われてみればそうですが、撮影方法にはおかしなところはないでしょう。
プライバシーを考えれば、顔を出さないのは当然ですし……」
「見解としては正しいわ。だけどこれは全くの別物なのよ。
大東君は野球部のキャプテン、彼の声はいつもガラガラよ。明らかにこの声がきれいすぎるわ」
あたしは、画像を再生させて声を聞かせた。
確かに声はきれいだ。迫力ある声で顔の見えない男のしゃべり声が聞こえていた。
「練習前とか、そういうものじゃないんですか?」
「では、逆に質問です。彼と断定できるものは?」
「名前でしょう、呼んでいますし」
「ユニホームを着れば誰でも、彼になれるわ。ならばこれならどう?」
あたしは画像を止めて少し巻き戻した。戻った画像は、冒頭の部分。
時計を写して、時刻を言っているシーンに巻き戻した。
「不審な点の一つ、日付よ。ここで日付を言うことで一月十九日を、見ている人にすり込ませている。
だけどこれを実際に撮ったのが十七日だとしたら、撮ることができるんじゃないかしら」
「そんなもの、ただの言いがかりだ!証拠あるのか?」ちょっと顔色が荒くなった。
「証拠はこれよ!」
そういいながら、あたしは野球部からもらったスケジュール表を取り出した。
それは、十九日と十七日のスケジュール表があった。
十九日は練習が入っていて、十七日の日曜日は練習が休み。
「撮影場所のそばは、歩道があるからほかの生徒がよく目立つでしょだから、隠れていじめることができない。
あんなに目立つ場所で、わざわざいじめる事っておかしいわ。
だとしたら、人目に付きにくい十七日の日曜日で撮影するのが正しいわね」
「なるほどそうですか。だけどそれはあくまで、推理でしかないんですか?」
「だけど、もっと決定的な証拠があるわ。
それはね……演者よ」
あたしは不敵に笑った。部長の前に胸ポケットから写真を取り出した。
机に置かれた写真を見た部長は、あたしの方に視線を送っていた。
「残念だけど、あなたたちはこの映像を作ったようね。
最後の演者さんも、あたしが会って来たから。『木場 政義』、あなたはこの名前をご存知かしら?」
「その名前、何故……」部長の顔が途端に曇った。さっきまでの余裕はもうない。
「そう、木場君。彼の正体が一番難しかったわ。だって彼は、この学校にいないんですもの」
「なぜ、分かった?」
「知りたい?」もったいぶったあたしは、焦る部長の顔を優雅に見ていた。
「あたしの知り合いで、彼と一緒に自主製作映画のエキストラとして出ていたの。
彼がそこに写りこんでいて、その彼が渡瀬君と同じ顔だったの。そこからあぶりだしたの」
「あの学校は、別の学校で……」
「あたしだってこの学校の生徒ではないわ、あたしはこうみえても現役女子高生よ」
胸を張って、あたしが言うと部長は肩を落として目をつぶって首を横に振った。
「……参りました」
「ふふん、あたしの勝ちのようね」
胸を張ったあたしは、勝利宣言をした。部長のそばに、部員が心配そうに駆け寄った。。
うなだれた映画部の部長、心配する部員がそれを物語っていた。
だけど、あたしの問題はまだ解決していない。
「それで負けたんだから、ちゃんと説明してもらうわ。あなたたちがなぜ、この動画を作ったのか。
これだけ手が込んでいて、調査していて、大東君たち野球部に迷惑をかける動画を作った理由」
「……それは俺たちの興味本位だよ」
「それは嘘ね」あたしは、きっぱりと否定した。
嘘だとすぐにわかって、腕を組んで映画部部長を睨んだ。
「では、どうして渡瀬君が出てくるの?いえ、あなたたちはどうして渡瀬君のことを知ったの?」
「えと……これは言えません」
「ふう、どうやら口止めされているわけね」
腕組みしながら、前でうつむく映画部の部長を見ていた。
あたしの視線を逸らすように、バツの悪い顔で顔をみせていたから。
事情聴取する刑事のごとく、あたしは部長を追及していた。どう考えても怪しい、何か知っているようね。
「じゃあ、しょうがないわね。理事長権限であなたたちの映画部を廃部にします!
映画部に出ている部活運営費をカットするわ」
「な、何を!それは、それだけは……」
「あたしは本気よ、当然あなたもこの画像を作った責任を取って退学処分にしたほうがいいかしら?」
「それは……困る」
「だったら教えなさい!あたしは単なる知りたがりのおせっかいよ!」
睨みながらあたしは、北小路ばりの脅しをかけた。
もじもじした部長は、「すいませんでした」と一言言って語り始めた。




