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あたしは夜八時を過ぎても、理事長室でアンケートを見ていた。
当然全部を、数時間で見られるほど甘くはない。一つ一つ丁寧にアンケートに書かれたことを見ていた。
いつもいる北小路はいない。三年生のクラスでネズミが出たって知らせを聞いて、大慌てで向かっていた。
今頃『ネズミ駆除』をしているらしい。あたしの手伝いをしたくないただの口実ね。
どうしても、気になることがあった。
あの画像に出ていた人間は誰なんだろう。その一点、渡瀬君という名前の生徒はこの学校にいない。
学校のアンケートでもそんな少年を見た者はいない、謎がまだ残っていた。
あたしは、いろいろ考えたけれど分からない。パソコンの画像のアドレスを調べているが分からない。
警察を入れて捜査もできない、学校法人が牽制しているからだ。
(いじめていないのが大東君だと分かったら、誰?
加害者は、顔を隠していて被害者はなぜ顔を出しているの?)
声もバットもおかしいことだらけ。彼と会ってそれが違うものだと確信できた。
それは分かっても、犯人を代わりに見つけないといけない。
あたしは、葛西君がもってきたアンケート用紙を一枚一枚注意深く見ていた。
(にしてもアンケート多すぎよ、北小路も手伝ってくれないし)
ふてくされそうになりながらあたしは、山積みのアンケート用紙を見てうんざりした。
(それにしても誰も目撃していないわね、はあっ)
あたしがアンケート用紙を持ってため息をしたときに、理事長室からノックが聞こえた。
それは、意外な人だった。
「南条君?」
「やあ、かわいい理事長、桃香さん」
甘い声で爽やかな学ラン姿の南条君は、少し汗をかきながら笑顔を見せていた。
かわいい南条君の、少し荒い呼吸の彼にあたしはドキドキしていた。
「どうしてここに?」
「大東君から聞いたよ、大東君を助けるために最近の理事長が夜遅くまで頑張っているんだよね」
「そうだけど……」
「だったら僕も協力するよ」
そう言いながらにこやかな顔で、南条君はあたしの方に近づいてきた。
あたしは、困惑しつつもドキドキと胸が痛かった。もう、顔が赤い。
「南条君?」
「僕は、いつも桃香さんの味方だよ」
「ありがとう、やさしいのね」
素直にあたしは嬉しかった、だけどあたしは目をつぶって首を横に振った。
この仕事はあたしの仕事。南条君は宇喜高の生徒でましてや彼に頼めなかった。
彼もいじめによる傷を負っているはず、不安をこれ以上かけさせるわけにはいかない。
「ううん、いいの」
「桃香さん、僕のことを……」
「これはあたしのおせっかいだから、あたしの問題なの」
「僕はそんなに頼れないかな?」
「そんなことないわ、気持ちだけ受け取らせて」
あたしの言葉に、はにかんだ南条君。
あたしもその言葉を言うだけで少し心が痛い。
「そっか……じゃあ仕方ないね」
「ごめんね」
「いいよ、桃香さんも大変なんだね」
「あたしは宇喜高の理事長代理だから。南条君、宇喜高が好き?」
「えっ……う~ん」
あたしの質問に、意外な顔を見せた南条君。悩んでいた。
「うん、桃香さんが来てから好きになったかな」
「ええっ、それって……ごめん」あたしは顔を勝手に赤くしていた。
それを穏やかな目で南条君が見ていた。
「ほら、この学校っていじめが多いから」
「そうね、それが課題ね」
南条君の言葉に、あたしは胸がつままれる思いがした。
アンケートを見ながらあたしは、南条君の話を聞いていた。
「でもね、人が集めるところには、いじめなんてどこでもあるから」
「それは分かっているけど、逆に解決しがいがあるわね!」
「そうなんだよね。みんな、見て見ぬふりなんだよ」
机に前に立ったまま南条君の顔が、心なしか曇っていた。
あたしもその言葉や意味をよく知っていた。それがどんなものかも身をもって知っていたから。
「うん、あたしもそう思う。結局封鎖された世界で、隠してしまえれば全てが済んでしまう。
家であっても、学校であっても、それが現実なの」
「桃香さんって昔、何かあったの?」
「ちょっと昔、ね」
あたしは南条君に笑みを浮かべた。
それは、あたしの原点のような過去。
だけど誰にも喋っていない。この秘密は、櫻子にさえ話したことのない秘密。
「僕でよければ……」
「いいわよ!」
だから、あたしは叫んだ。いや叫んでしまった。
それと同時に気まずい空気が流れた。あたしはアンケートの方に目をやっていた。
逃げるように避けるように。
「ごめんなさい」
「あたしの方こそ、ごめんなさい」
「いえ、僕は……」
そんなあたしの見たアンケート結果に、興味深い一文を見つけていた。
それはあたしの知りたかった情報。
(後は……バイト王に頼むしかないわね)
そう思いながら、あたしはアンケート用紙を胸ポケットにしまった。
「桃香さんの事、好きだから」
南条君の言葉に、あたしは振り返った。それと同時に顔が赤くなっていた。
いきなりの告白にあたしは戸惑いながらも心臓の鼓動が激しくなったのを感じた。




