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僕は今、パソコンに向かっていた。
真っ暗な部屋で一人、パソコン画面はチャット。
『それで、どうなんだい?』僕がキーボードを打つと、
『今日、無事に始められる』そうすぐに返っていた。
笑みを浮かべて僕はパソコン画面を見ては、そばにある写真立てを見ていた。
そこに写っていたのが、優しそうな青年。ランニングシャツを着て微笑んでいた。
『でもいいのか?これをやったら問題が大きくなると思うけど』
『ああ、君もきっかけが欲しかったのだろう』
『まあ、私もこの状況を望んでいない。いずれ決着をつけないと』
『頼んだよ、部長』
僕が最後にキーボードを打って、パソコンを閉じた。
暗い部屋で、チャットを終えた僕はニュースサイトを見ていた。
そこにはどこかの学校で起きた『いじめ問題』のニュースの記事。
その記事を見るなり、胸を痛めていた僕がいた。
理事長室の窓から枯れ木が見える、平凡な冬の昼間。少し曇っていた。
晴れた今日も寒い、一月二十日という普通の日。だけど今日は、大きな事件が起きそうもないなぁ。
昨日は朝から雪が降って、まだ外はうっすらと白く積もっていた。
有働君の一件が片づいてあたしは、暇を持て余していた。
北小路と二人きりの理事長室は、あの件以降微妙な空気があった。
だけど会話はあまり変わっていない。北小路のことも追求しないし、あたしもそれを忘れようとしていた。
北小路はつまらなそうにソファーに座り、理事長室のテレビはワイドショーを見ていた。
もうすぐ五限目が終わる、学校では授業の真っただ中。
(ひまねぇ、まあ実際は飾りの理事長だから)
あたしは、テレビを見ながら持ち込んだ漫画を何気なく読んでいた。
そして五限目の終了の鐘が鳴った。
ソファーでくつろいだあたしは、トイレに行こうと立ち上がった時に理事長室のドアが自動ドアの様に開いた。
「はあはあ、理事長」そこには、血相を変えた露木さんの姿。
いつも通りのスーツ姿だけど、ノートパソコンを持って走ってきていた。
「どうしたんですか、露木さん?」
「こ、これを……亡霊が……」顔に酸素が回っていない露木さんが、ノートパソコンを差し出した。
「慌てすぎだ!落ち着け、露木」
北小路が憮然とした顔で、露木さんを律していた。
「露木さんこれは?」
「いいですか……これは重要な問題です。学校の根幹にかかわる部分です!」
「学校の根幹?また大げさな」
「全然大げさじゃないですよ!」
露木さんは呼吸を整えて、ノートパソコンを立ち上げていた。
開いたノートパソコンを、器用に操作した露木さんはある画像を出した。
「理事長、こいつを見て素直に感想を頼みます」
キーボードを操作しつつあたしに促してきた。
あたしも北小路のいつにない真剣な顔で息を呑んでいた。
――その画像は、携帯で取られたものだった。
場所は野球部の部室小屋の横。
時間は中庭の時計を映していて、『四時半』を示していた。
「こいつはいい、すげえ画像だ!」
声が聞こえた、興奮気味の男の声。カメラマンの物らしい。
「二千十四年一月十九日、これからすげえこと始まる」
その声と同時に、奥から一人の男がやってきた。
「大東部長様、登場~」
その男は、『大東』と書かれた名札を付けた縦縞の野球のユニホームを着ていた大柄な男。
しかし顔は見えない。胸のあたりの文字をちらりと写して、彼の持っている金属バットを見せた。
包帯でまかれた右手に、金属バットが握られていた。
「おい、渡瀬」
野太い声と同時に、カメラが切り替わって野球部小屋のそばを怯える少年を映し出していた。
そこには、坊主姿で野球のユニホームを着た『渡瀬』と呼ばれた少年。
怯えた姿で後頭部が見えて、少年が怯えて逃げているのが見えた。
「ひ……ひぃぃっ!」
「待てよ、てめえのせいだ。試合に負けたのは!」
「ご、ごめん、ごめんなさい」
渡瀬少年は、背中を向けて逃げていた。
しかし、奥から別の野球ユニホームを着た男がやってきて、逃げる渡瀬少年を蹴とばした。
蹴り飛ばされた渡瀬少年は、腰から地面にバランスを崩して倒れた。
がすぐに、立ち上がっていた。
芝にへ垂れこんだ少年の、顔は完全に青ざめていた。だけど、顔がちょっと影でよく見えない。
「逃げんじゃねえよ、渡瀬!」
「そうだ、お前をかわいがってやる。このコウモリ野郎」バットを持った大東君は、右手でバットを振り回した。
「ご、ごめんなさい、ごめんなさい!」
「ごめんで済むか!」
そう言いながら、大東君はバットを振り上げた。
彼は怯えて逃げまどう渡瀬少年をずっと追いかけていた。
「た、助けて!助けてくれ」
「黙れ、オラ!」大東君が、逃げる渡瀬少年を蹴り飛ばした。「うわっ」という声を上げる渡瀬少年。
「これは、マジおもしれ。渡瀬ボコボコだ!」
カメラを持った男の嘲笑、そのまま大東君のそばで逃げ惑う渡瀬少年を追いかけていた――




