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気がつくと、公園には雪が降ってきた。倉先ではあまり雪を見ないから珍しい。
北小路とあたしは、こうして落ち着いて話をしたことがなかった。
近くで北小路の顔を改めてみると、結構いい男。だけど、疲れているようにも見えた。
そんな北小路は、ラブホテルの前みたいにポケットから煙草を取り出して火をつけた。
「俺は、不良だった」
「今でも十分不良じゃない」
「もっとひどかった、一言でいえばクズだな。
若気の至りなんてもんじゃない、喧嘩や警察沙汰なんて当たり前だからな」
ふかした煙草、遠くのカップルをぼんやりとみていた。
「不良になった理由は、全てつまんなかったってこと。大人も、学校も、勉強も、全部つまらなかった。
東京にいて問題を起こし続けた俺は、田舎の祖父に預けられてこの宇喜高に入った。
当時って言っても十年ぐらい前になるけど、この学校は二極化していた。
進学校と落ちこぼれ。特に俺は、落ちこぼれの中でもリーダー格だったから。
よその学校に喧嘩ふっかけて、煙草酒当り前の悪い奴らが集まる俺のクラスに、あの人が担任になった」
「あの人?」
「竹富理事長、お前の父だ」
北小路は煙草をふかしたまま夜空を見上げた。あたしは、黙ってそれを聞いていた。
「あたしの父が……」
「そうだ。俺はいつも喧嘩に明け暮れていた。ほかの先生は、みんな俺に対してさじを投げていた。
だけど竹富さんは俺に付き合ってきた。
いやその時は、俺にしつこくつきまとってきたんだ。一言でいえば、すごくおせっかいだったんだよな。
竹富さんは俺のことを、更生させたかったんだろうよ。それでも俺はある日……」
北小路は、苦そうな顔を見せていた。
前のベンチではいちゃつくカップルが、席を立った。北小路の空気に押されたのかもしれない。
「ある日、俺は夜のコンビニ前でたむろっていた。三人組の仲間で、カツアゲをする相手を探していた。
サラリーマン風の男に対して遊び金欲しさにカツアゲをした。
だけどその男は、めちゃくちゃ強かった。後で知ったんだが空手の有段者だったらしい。
逆に俺たちはボコられて、仲間が逃げて俺だけが捕まった。その時、通りかかった竹富さんが近づいた。
竹富さんは、俺のために何度も謝ってくれた。そして、俺は停学処分になった」
「相変わらず、悪かったのね。北小路」
「前よりはましだ。それで俺は停学処分中に家に竹富さんが来た。
いつも通りのおせっかいで、俺に絡んできた。
そして、持ってきたのがボクシンググローブだ。何の洒落か聞いた。
『お前は、殴るのが好きそうだからボクシングをやれ。殴るだけで金になる仕事だ、悪くないだろ』と」
「ボクシングって、父さんが北小路に勧めたの?」
「ああ」といいながらシャドーボクシングのまねなのか、煙草を持つ右拳を突き出した。
「あたしを助けてくれたあのボクシング?」
「そう、金にならない殴り合いだよ。
だけど竹富さんは教えてくれたんだ。世の中には、面白いことはいっぱいあるんだってこと。
俺がやっていたことは、きっとつまんない事だってこと」
そういいながら、煙草をふかしていた。
「世の中には、面白いことがいっぱいある……か」
「ああ。だから俺はそれを気づかせてくれた竹富さんのために、この学校で生きることにした。
俺は竹富さんに義理があるから。これでも、今もジムでボクシングしているんだぜ」
「あたしの知らない……父だ」
行儀よくベンチに腰かけたあたしは、うつむいていた。うつむきながら、北小路の言葉を考えていた。
広い屋敷、周りにいる人は、あたしと血のつながりもない人ばかり。
関わりのない人、父とだけの関係であたしを世話している人。
だって、あたしの家には父も母も家族もいないから。
「北小路、ありがとう。あたしのパパの話」
「理事長代理、だから俺はな……おい」
「だって……いろいろ聞いたら……」
あたしは、なぜか泣いていた。よくわからない、でも涙が止まらなかった。
知らないことが悔しいのか、父の偉業が誇らしいのか。
だけど泣いていた。泣くしか自分の心を平静に保てなかったから。
「少しだけ、泣かせて」
いつの間にか、あたしは北小路の胸で泣いていた。あたしの目には涙がしばらくあふれていた。




