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あたしをおぶった北小路は、人気のない公園に連れて行った。
夜の公園はとても静かな公園だった。歓楽街の夜景が見えて、輝いて見えた。
だけど、あたしは必死に北小路にしがみついていて夜景を見る余裕がない。
黙々と歩く北小路と言葉を交わすことなく、あたしは公園に来ていた。
「そこに座れ」ようやくかわした言葉は、ベンチの前。あたしを、思った以上に丁寧に下ろした。
「重かった、ただそれだけ」
「何よ、それ」悪態をついて、あたしはそっぽを向く。
「もっと軽くなれ、ブス理事長」
「いつもながらに口悪教頭ね」
あたしは北小路の顔をちらりと見た。ベンチの隣に座る北小路は、難しい顔でうつむいていた。
そんな夜の公園は、ベンチではほかのカップルが座っていた。
子供のころから知っているこの公園も、夜の顔は随分違うなぁ。
「見たのか?」不意にあたしを見てきた、北小路。
「……見た」
「そか……お前には見られたくなかった」思った以上に淡々としていた。
「しょうがないじゃない」
「有働から聞いたってことか?」
「ねえ、北小路は有働君のお母さんが好きなの?」
あたしの質問に、北小路はなぜか爆笑していた。いつも通りの北小路の顔に戻った。
「まさか。俺が、なんであんなババアが好きなんだよ?」
「でも、有働君の母親は求めていたし、いい感じ……だった」
「社交辞令だよ。まあ、向こうは離婚していてバツイチ、俺は独身だからな。何か問題でもあるのか?」
「離婚?」あたしは、その言葉に引っかかっていた。
「そう、離婚。あのばあさん、すごいクレーマーだろ。夫婦喧嘩がすごかったらしいな。
親戚の家にって、みんなでメシ食っているときに激しく喧嘩して、殴り合いしたらしい。そこで離婚。
それに、有働からそういう相談も受けていた。だけど、有働自身は解決できなかった」
「でも、北小路が一緒に寝るのと何か関係があるの?」
その一言を言って、北小路は嫌そうな顔を見せていた。
「俺は竹富さんから二つの指令を受けている」
「二つの……指令?」
「そう、『モンスター退治』と『ネズミ駆除』だ」
「何よそれ、清掃員みたい」
「それが上に立つ者の仕事なんだよ、結局は雑用。でもかつて腐っていた俺にはそんな仕事がいい」
遠い目で北小路がカップルを見ていた。あたしも体を起こして北小路の方を見ていた。
横顔が影で暗く見えてかっこいいかも。
「でも、それが寝るのと何の関係が?」
「あのババアがやっていたことを思いだしてみろ。
言っているクレームはただのいじめの妄想だ。お前いろいろ調べたんだろ、ババアの行動。
あのババアは、誰のためにやっていた?誰に向いた行動だ?」
「それは、息子の正孝君」
「そう、息子の『有働 正孝』だ。ババアは、離婚してからというもの正孝に執拗以上の愛情を注いできた。
その結果が、あの行き過ぎた行動を生んだ。モンスターの誕生ってわけ」
北小路が苦虫をかみしめるような顔に変わった。前のベンチでは、それとは違っていちゃいちゃしたカップル。
「だから北小路は寝たのね」
「ああ。史上最低の仕事だ。でも大人のことは大人でしか治せない」
「そんなのはダメよ!」
あたしは立ち上がった。だけどくじいた右足が痛く、すぐに横に倒れた。
あたしの体を受け止めたのが北小路だ。
両手で、あたしをお姫様抱っこした。思った以上に温かった北小路の手が、あたしの顔が頬を紅に染めた。
筋肉質の北小路が、すぐにあたしをベンチの上で寝かせた。
「なんで急に立つんだよ、足をひねったんだろ!」
「ごめん……でもおかしいわ」
「もう帰るぞ、お前を送ってやるから」
「待って!」あたしは北小路の手を掴んだ。
あたしを下ろそうとした北小路に、あたしは顔を覗きこんだ。
視線に耐えられないのか、北小路は顔を逸らしてため息をついた。
「なんだよ!」
「なんでそこまでして、あなたは好きでもない人と一緒にあんなことができるの?」
あたしの疑問を素直にぶつけた。北小路は少し乱暴にあたしの頭を撫でた。
「俺が受けた二つの指令の一つだ、モンスター対策」
「何よ、それ……好きでもない女と一緒に寝ることがそうなの?」
「そうだ、モンスターは強い欲求がある。モンスターとしてのクレームは、本来のクレームにはないことが多い。
彼らの言葉には本質がないからな。だから、普通にやっていては解決ができない。
お前がいくらやる気を見せてあがいても、大人の問題は大人にしか解決できない。お前は素人だからな」
「それもあたしのパパの指令なの?」
あたしは北小路の顔を下から見上げた。逆に北小路がまた頭を撫でてきた。
何なの、なんか心が落ち着くんだけど。
「ああ、理事長は俺にやりたいこと、やるべきことを教えてくれたことだ。お前にはあるのか?」
「えっ、何よいきなり?」
「お前の夢とか、将来の目的はないのか?」
あたしの顔を、真剣な目で見てきた北小路。元々目力ある北小路に見られるとあたしは戸惑ってしまう。
「どうせ、無いだろう」
「なんなのよ、その決めつけ……無いけど」
「だろうな、だから大学に行くんだな」
「いいじゃない!」
あたしが口を尖らせて、北小路は首を横に振っていた。
「でも、それは俺みたいに自ら決めることではなく、他人から示されるものだとしたら」
「北小路?」
「俺はお前の親父、竹富理事長に示された。そのおかげで今の俺がいる。理事長のためなら何でもできる」
「パパのため?」
「そう、俺は理事長の言葉ですくわれた。
そうでなければ、今頃は刑務所かヤクザをしているだろう」
「あたしのパパが何をしたの?」
「しゃあねえな、少し話してやるよ」
北小路は頭を掻きながら語り始めた。
それは初めて聞く北小路の過去。




