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二日後の理事長室、期限の四日目。
ソファーに座ったあたしは、こわばった顔で横断幕を見ていた。
ソファーにいたのが北小路。あたしの顔も北小路の顔もさえない。
理事長室の窓は曇っていた。ここ一週間は、雨や雪が降るらしいと天気予報。
寒い理事長室の暖房をつけて、ガンガン暖かくしていた。あたしは冷え症なのよ。
「もうすぐ来るぞ、あいつ」
「そうね……来るわね」
鬼気迫る顔であたしはドアを見た。
モンスターペアレンツ、じゃなかったPTA役員の有働君のお母さんが来るのを。
「お前、結局やるのかよ」
「ええ、あのお母さんがやっていることは間違っているわ」
あたしはファイルを持って前を向いていた。
有働君の母親が、いじめの調査を要請してきた。
だけどいじめの事実はなかった。それどころか、逆に学内での被害が報告された。
「それで、説得というわけか。おまえも好きだな、説得」
「そうかもしれない。言って分かりあえないことは無いもの!」
「平和主義者なことで、さすがお嬢様」
「馬鹿にしているの?」
「もちろんだ、お前は甘ちゃんだな」
北小路はあたしを嘲笑していた。馬鹿にされて、眉をひそめたあたしは北小路に向き合っていた。
「甘いって、あんたはどうなの?この前だって、有働君のお母さんから逃げていたくせに。
卑怯者じゃない、臆病者よ、チキン北小路!」
「チキンだあ、ブス理事長!」拳を構えて、北小路が立ち上がった。彼のプライドに触れたらしい。
あたしも北小路を立ち上がって、睨み返した。
「そうよ、あんたはチキンよ、チキン南蛮よ、照り焼きチキンよ!
臆病者、女の子を置いて逃げるなんて最低」
「クソッ、俺としたことが……お前の下等な言い合いにつき合うとは」
「言い返せないとは、図星ね、北小路はチキンよ、チキン!」
「黙れよ、ブス!」
そう言いながら、北小路は拳を引っ込めてソファーに座った。
勝ち誇ったようにあたしは、満足そうな笑みで北小路を見下ろした。
「あんたもガキね」
「お前よりガキじゃない、さっさと座れ!」
「へへん、あんたって『チキン』って言葉に弱いのね。いい気味だわ」
「さっさと座れよ!このブス」北小路はあたしを避けるように横を向いた。
あたしは、しばらく負け面の北小路を満足げに覗きながらソファーに座っていた。
「あたしの方がもちろん一枚上手のようね」
「一つ言っておく。今のお前じゃあ、あのモンスターはどうにもならない」
「何よ、負け惜しみ?」
「結局大人の問題は、大人しか解決できないということだ。お前には、どうすることもできないってこと」
そう言いがら不機嫌な顔のままで北小路は立ち上がった。
ポケットに手を突っこんで、あたしに背を向けた。
「何、アンタ?また逃げるの?」
「だったら、お前があのモンスターをやっつけてみせろよ!」
「言われなくたって、あたしはこう見えても口げんかは得意だから」
「そいつは楽しみだ」右手を挙げて、北小路はドアから出て行った。
あたしは、北小路の背中に向けてあかんべーをしていた。
結局北小路は逃げたのね、やっぱりチキンだわ。
そして、一人きりの理事長室。あたしは憮然とした顔でいなくなったソファーを眺めた。
(何よ、北小路なんかいなくなって……)
ソファーの上で体育座りになったあたしは、テーブルの上にあったファイルの目を通していた。
(あたし一人で、何とかするんだから)
そう決意すると、まるでタイミングを計ったかのように理事長室のドアが開いた。




