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放課後になって、雨は曇りに変わっていた。
あたしは、本人を探すべく構内を歩いていた。
いじめられた有働君は一年生だ。校内放送で呼べばいいんだけど、それは止められた。
露木さんいわく、有働君の親が校内にいる可能性があるから。
それ故にあたしは、足で探すことになった。
しばらく歩いて、あたしの前にはジャンパーを着た男がいた。
その男はいつも通り骨折した右腕を抱えていた。
「あっ、理事長」
「だ、だ、大東君」坊主姿の男の子を見ると、あたしは彼を意識してして頬を赤くした。
「おう、理事長」彼もまた、あたしを見るなりやっぱり意識をして顔を真っ赤にした。
出会うなり微妙な空気があたしと彼の間に流れた。視線が流れて、左腕つけている腕章を偶然見つけた。
「監督……代行なんだ」
「ええ、栗林監督は解雇されたから」
飲酒疑惑で北小路が監督を解雇した。
彼の飲酒歴は、一度だけじゃなかったのが原因。生徒の示しもつかないので当然の処置と言えた。
前回の野球部の寮で帰宅部の缶ビールが見つかった騒動も、彼のところから持ち出されたものだと分かったし。
そのおかげで、監督室には今は鍵がかかっていない。その主は、あたしの目の前にいる大東君だから。
「監督代行ってどう?」
「ちょうどいいよ。右腕使えないし、野球をじっくり勉強するいい機会だ」
「そうね、頑張って」
「理事長である桃香と……同じですよ」
「えっ、そんなことないわ」
名前で言われてあたしが手をバタバタさせていた。
坊主の大東君は、それでもあたしの顔を真剣に見ていた。やめて。そんな目で見ないで、照れるから。
「なんですか?」
「そうだ、ちょうど、これから理事長に相談をしようと思って向かうところだった」
「あたしに?」
「ええ……まあ。これは、野球部の寮の話だ」
「なんなの?」
「実は、困ったことがあって寮長が頼りなくて……」
歯切れの悪い大東君は、あたしを見て照れているように見えた。告白されて、微妙な関係になっていたから。
あたしは、真っ直ぐな彼の目をまともに見ていられない。
「ごめんなさい、あたし有働君を探しに行かないといけないから」
「有働?ああ、その件なんだ……」
野球部の大東君から、有働君の名前が出てきたのが意外だった。
「何?」
「実は寮の食材が盗まれるっていうことだけど」
「寮の食材?」
そう言いながら、大東君は学校の反対側にある寮を指さしていた。首を傾げるあたし。
「それと有働君が?」
「正しくは有働の親の方です。あの親が、いつも寮の食材を持って行っちゃうんです」
「それは、泥棒じゃないの?」
「いや学校の物は、私たちの物だって。寮長も再三注意しているんですけど、勝手に持っていくんですよ」
大東君は気難しい顔を見せていた。
彼は真剣だ。仲間のことになると、強い責任感とリーダーシップを見せる。それが大東君だと知っていた。
「う~ん、でもなんで食材を?」
「夜遅く練習している有働に、食べさせるからでしょ。有働は寮暮らしじゃないから」
「そうなの。有働君は地元の人なの?」
「ああ、いつも有働には迎えが来ている。もちろん、あの母親だ。アイツも気の毒だよな、同情するよ」
困惑した顔で大東君はため息をついた。
「そうね、ちょっと寮へ案内させてもらっていい?」
「おう、今からじゃあ案内するから」
大東君がなぜかあたしの方に手を伸ばしてきた。ゆでだこの様に真っ赤にした顔で。
「なに?」
「手をつなごう、この学校広いから」
「ええっ……うん」あたしは、どうしても真っ直ぐな大東君には断れなかった。
少し遠くに、野球部の寮があってそこまでの道がとても長く見えた。




