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翌日、昼休み終わった授業中の時間にあたしは理事長室の椅子に座っていた。
残念ながら、追い上げ及ばず宇喜高サッカー部は決勝進出ならなかった。
理事長室の窓は、それを象徴するかのように冷たい雨が降っていた。
あたしは昨日の試合で疲れたのか気持ちも沈んでいた。
さすがに、もうフェイスペイントはしていないけど。
敗戦のショックを引きずって、北小路はいらだっていた。
理事長室に来ていた露木さんは、いつも通りのサラリーマン風いでたちで机に伏せたあたしを見ていた。
「サッカーの試合って、疲れるものね」
「ええ……でもいい試合でした」
「勝てなきゃ意味ねえんだよ!頂点まであと一つなのに」
北小路はやっぱり不機嫌だ。肩を怒らせて、ドアから出て行った。
それとすれ違うかのように、別の人物がここに入って来た。
「理事長室は、ここ?」
そう言いながらドアから出てきたのが、一人の女性。あたしは見たことがない女性だ。
厚化粧の女性は、細見の体系、OL風の紺のスーツを着て斜めに吊り上った眼鏡をかけていた。
白く塗られた肌は、女性でもひいてしまうほど。化粧品の匂いがあたしの鼻を刺激していた。
前に現れたのが、昨日の応援席に写りこんだ女性だ。
すごい剣幕であたしを見るなり一目散に近づいてきた。
「あなたね、理事長代理?」
「ええ、あたしですけど……」体を起こして、女性を見上げた。
「あなたが、いじめ問題を解決しているんでしょ。だったら解決してもらいたいの!」
「いえ、いいですけど、あなたは?」
「私は、『有働 正孝』の母親です」
そう言いながら、大変化粧の濃い女性は母親とは見えない。どちらかというと女教師の様にさえ見えた。
その女性が鼻息荒くして、あたしを見てきた。
「いじめはほかならぬ、正孝の事です。正孝は昨日の試合終了後、一人の生徒にいじめられました。
帰りのバスから降りたときに、この学校の生徒にいじめられましたんですよ!」
「そうですか、分かりました」
眉間にしわおよせた母親の話を、真剣な顔で聞くあたし。
だけどあたしは腑に落ちない点があった。
「どんないじめですか?」
「暴言と悪戯書きされたの、可哀そうな正孝。責任を取って、いじめた彼を退学にしてください!」
「待ってください、それは毎回ですか?」
「今回が初めてよ」
「じゃあ、退学というのは……学校が決めることですので……」
「あなたも見たでしょ、昨日の試合!正孝は、この学校の試合で頑張ったんですよ。
そうよ、昨日の試合で正孝がフリーキックを失敗したのはいじめられていたからよ。
正孝は失敗なんかしないもの。そうよ、責任とって!」
「とはいっても……」
困った顔のあたし、だけど睨んで有働さんがあたしを容赦なく責めたてた。
「あなたは、正孝がどうなってもいいんですか?
正孝はいずれ日本をしょって立つ存在ですよ、サッカーで日本一になって、オリンピックで世界一、
ワールドカップも優勝して、国民栄誉賞、それから三十で引退。
十年後、人気と知名度で政界入りし、四十五歳で総理大臣になれる逸材の正孝を!」
「それは、随分壮大な夢ですね」
露木さんがにこやかにそれを聞いていた。
「その計画を邪魔したあなた方には、罰金を払ってもらいます。慰謝料ものです」
「お母さん、お気持ちはわかり……」
「まあ、ここは私に任せてください。正孝君を我々に任せてもらえますか?」
「なによ、そんなこと言ってうやむやにするの?責任を……」
「わかりました、いじめを解決しますね。あたしに任せてください」
あたしがの言葉になぜか睨んできた有働さん。
すると有働さんは険しい顔で、指を四本立てた。
露木さんは、かなり気まずそうな顔を見せていたが。
「四日で片付けなさい!」
「分かりました、至急片づけます!」
そう言い、有働さんは怒ったままの顔で理事長室を出て行った。
竜巻のような暴風のような有働さんは、いなくなって静まり返った理事長室。
あたしが状況を説明するのに回復が必要な時間は、数秒間の沈黙となった。




