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あれから一週間、あたしはいつもの理事長室に来ていた。
学校に来たらいつものリクルートスーツを着ているあたし。冬だから素足が寒いけど。
昼間の理事長室には、あたしと露木さん、それから北小路がいた。
そして、理事長室のソファーのそばにあるテレビがついていた。
テレビにはサッカー中継、サッカー中継の画面の中に『宇喜高』の文字があった。
あたしたち三人は全員で、テレビにかじりついていた。
サッカー中継は、全国サッカー大会の準決勝だ。日本一まで後二つの大一番。
学校の生徒たちは、みんなサッカー部の応援に東京まで行っていた。
あたしたちは、仕事もあって高校に残っていたけど仕事を終えて応援。
「クソッ、なんでそこでシュート打たないんだよ!」
トリコロールのユニホームを着た北小路は、テーブルを蹴とばした。びくっとする露木さん。
サッカーの試合は二対一。相手チームが一点リードの後半十五分。
「まあまあ、そう熱くならないで」
「なんでだよ、俺たちの学校が決勝に行くかどうかなんだぞ!」
「そうよ!言えているわね」
あたしも、なぜか顔に校章をペイントしてテレビ画面を食い入るように見ていた。
いつのまにかサッカーのにわかファンだ。
「やれやれ、熱くなっていますね」
「露木は決勝行ってほしくねえのかよ!」
「そりゃあ、行ってほしいですけど、サッカーの一点ってなかなか入らないからね。またファウルだ」
「おし、チャンス!」
露木さんが言うことを聞かずに、エキサイトしていた北小路とあたし。
テレビ画面では、審判が赤いカードを相手選手に出していた。
さらに歓声で湧き上がるテレビの中継。直接FKのチャンスだって言っていた。
そして、一人の選手が急いでボールをセットした。二人がボールの前に立つ。
「あのボールが入れば、同点でしょ」
「ああ、間違いなく同点だ」北小路も、あたしもテレビ画面に夢中。
「有働君ですね……彼」
そう言いながら、アップになった選手がいた。
サッカー選手の中で少しやせていて、頬がこけていたけど、長い髪を縛っていた男。
北小路と同じトリコロールのユニホームを着ていて、真剣な顔を見せていた。
画面の下にテロップも『宇喜高(岡山) 有働 正孝 一年』と出ていた。
「有働君?」
「ええ、宇喜高サッカー部のエース。来年から国指定のサッカーの強化指定選手になるんですよ」
「なにそれ、すごいの?」
「すごいもなにも、在学中に強化指定選手で、未来のオリンピック候補ですよ、日本代表候補ですよ」
「へえー、でもそんなの関係ないわ!」
「そうそう、今はゴールを決めることが大事なんだよっ!」北小路もあたしに同意していた。
手に汗握る後半終了間際、テレビのアナウンサーも興奮していた。
しかし、ボールをセットした有働君の前に人の壁ができていた。
「なんで壁を作るのよ、ゴールが狙えないじゃない」
「ああ、全くだ。でも大丈夫、一点目も頭の上を飛び越して取ったしな」
「そうね、魔球のようなシュートが入れば同点よ」
審判のホイッスルが鳴り、二人ボールの前に並んで一人がボールを蹴るふりして空振り。
もう一人の有働君がボールを蹴りだした。ボールは壁の頭をきれいに飛び越えていく。
「入れっ!」
しかし、相手キーパーも飛びつく。だけど、ボールは相手キーパーから離れていた。
そのままゴールを狙ってボールが飛んでいく、だけど
「おおっと、クロスバーだ!」
アナウンサーの実況と同時に、ボールがゴールの白いバーにはじかれた。
それと同時に、ため息が漏れるあたしと北小路。
「おしかったわね~」
「もうチョイ左だってーの!」
いらだつ北小路は、やっぱり戸棚に八つ当たりしていた。
そんな時、テレビ画面が切り替わっていた。
「宇喜高、ここで選手交代です。どうやら、四番の選手を変えて、十五番南条を投入するようですね」
「南条君はスピードがありますからね」
「しかし、ここでロスタイムに突入。ロスタイムは三分です」
などと実況と解説が聞こえてきた。
そして、後姿が『15』の数字を背負った男がフィールドにいた選手と両手でハイタッチ。
「ああっ、あれって南条君じゃない」
あたしは思わず声を上げた。
それは、陸上部の応援に入っていた南条君の顔がアップになった。
「まだ、宇喜高も諦めていませんね。学校の最終兵器の投入ですよ」
「ええ、南条君のスピードにかけているんでしょう。宇喜高のガッツを感じますよ」
しかし、急に北小路は「うううっ」と呻き声を上げた。情けないような声。
「どうしたの?」
「いや、今……なんでもない」
テレビ画面に映ったのが、応援席の光景。
大きな旗を振って、あたしの学校の生徒が懸命に応援していた。
そして、その中には一人の若奥様の姿がユニホーム姿で応援していた。
綺麗な長い髪に、厚化粧、意外と体はすらりとしていて、目つきは鋭い。
「おやおや、それでは不良教頭の名折れですよ」
遠くで落ち着いた露木さんが、お茶をすすっていた。
「俺は、女が嫌いなんだよ!てか、そんな称号を勝手につけるな!」
それを見るなり、急に北小路の熱気が冷めているような気がした。




