25
日曜日は晴れていた。
絶好の練習試合日和、あたしは私服代わりのブレザー姿で来ていた。
小屋の前で、小屋の上に設置された防犯カメラはいつも通り下を向いていた。
閉まった小屋はあたしでは開かない。
日曜日の晴れた冬空の元、あたしは通っているブレザー姿でやってきた。
女子高のブレザーがすごくかわいいのね。私服代わりで着るのも似合うし。
それに彼もいたから。
「かわいいね、桃香さん」いつも、優しい言葉をかけてきたのが南条君。
彼は、厚手のセーターとマフラー、モコモコした帽子となぜか冬なのに短パン。
すね毛処理もされてムッチリした太く筋肉質な足は、筋肉の芸術品みたい。
上半身のかわいらしさと対照的に、下半身は陸上界の貴公子アスリートだ。
「南条君……うん」
あたしは、南条君と一緒に大東君を待っていた。
目の前には、開かずの扉になっていた野球部部室小屋のドア。
「大東君と鍵、遅いね」
「そうだね……」
二人きりであたしの胸は張り裂けそう。顔をしっかり直視できない、赤くほてったあたしの顔。
手袋をした南条君は、はぁーと白い息を吐くとさらにあたしはドキドキしていた。
やっぱり南条君が好きだ。
あたしの気持ちは抑えられない。熱視線を抑えきれずにあたしが彼の顔を見ると彼と目があった。
「寒くない?」
「うん、大丈夫」
「今日は晴れて穏やかだよね、昼寝したくなっちゃう」
「そう……ね」
あたしは顔を赤くしてうつむいてしまった。
なんでよ、なんでそのあと言葉が続かないの。あたしのバカッ。
自分の心を戒めつつも、いつも通りの穏やかな南条君。あたしを見て笑顔を見せていた。
どうしよう、あたしの気持ちを伝えないと……などと思っていた。
「桃香さんのブレザー、かわいいね」
「えっ……ありがと」
「桃香さんは、部活に入っていたの?」
「えっ、うん。映画部に……」
「そっかぁ、桃香さんの出ている映画、見てみたいな」
「あたしのなんて……そんな……その……」
やっぱり恥ずかしくてあたしの顔が熱くなっていた。
「ねえ、この学校って桃香さんにどう見える?」
「どうって、男ばっかりで和気あいあいな感じがして、いじめが多いけど……」
「そうだね……いじめ。でもね、昔この学校には戦争があったんだよ」
「戦争?」
「そう、戦争」南条君があたしに振り返って手を握ってきた。
かわいく大きな目で、あたしをまっすぐに見てきた。
ブレザーの胸の校章を握って、胸のドキドキを抑えるのに必死だ。
完全に顔が赤い。
「どうしたの?体調悪いの、休む?」
「だ、大丈夫……よ」
だけど、南条君のさらに爽やかな笑顔であたしはうつむいてあっという間に顔が赤くなった。
そんな時、奥から一人の男がやってきた。大東君だ。
相変わらずの野球のユニホーム姿に、あたしはちょっとだけ寂しそうな顔を見せた。
「おう、来たぞ。南条も来てくれたか」
「そうだね。大東先輩、お久しぶりです。相変わらず寒そうだね」
「そうだぞ……って、俺の頭を見ただろ南条」
南条君の頭をヘッドロックしてじゃれあう大東君と南条君。
あたしの胸のドキドキは、少し収まった。
(もう少し遅れてもいいのに……)
と心の中で大東君に突っ込み。
「南条、ありがとな。今日は休みなのに」
「うんうん。僕のお願いを聞いてくれてありがとう」
一礼する南条君と大東君にあたしはある疑問があった。
「ねえねえ、二人ともってなんなの?」
「ああ、僕はね、前に野球部のお手伝いをしたんだよ」
そう言いながら、南条君は振り返ってあたしに笑顔を見せていた。
前では大東君が、部室小屋の鍵を開けていた。
「そうだ、南条はこれでも高校球児の夢、甲子園の土だって踏んでいるだぞ」
「えー、すごいじゃない!」
「代走で一回出ただけね。バットとか使うのが面倒で」
「そんなことはない、俺たちの野球部では足が南条より早い奴がいないからな。
ベースランニング十四秒だっけ、プロ並みだからな脚力は」
「へへっ、でもルール覚えるのは苦手だよ。野球ってすごく複雑だから」
そんな談笑をしながら、部室の中にあたしたち三人は入っていった。
中の玄関の先には控室が見えた。
ここは、玄関からすぐにつながっていて結構広い。
戸棚と大きなテーブル、それからテレビ、後はハンガーに制服が何着かかかっていた。
だけど、何よりこの部屋から男の匂いというか汗臭さが漂った。あたしは思わず鼻を抑えた。
「大体部屋は三つ、控え室と、ロッカールーム、それからミーティングルーム」
「あとは、行けない監督室だったね」
「あそこはしょうがない」
「そうね、とりあえず控室からロッカールームに行くか」
大東君が案内する、あたしと南条君はついていくだけだ。
中に入って最初に見えたのが、ロッカールーム。
ロッカールームはかなり散らかっていた。
小屋内の汗臭さは、まちがいなくここからきているらしい。
「ここが、ロッカールーム。玄関からすぐのところにこの部屋があるんだ」
「大体二十……部員ってどれぐらいなの?」
「俺たちの部は大体八十人ぐらいかな。ここを使えるのは選ばれたレギュラーだけ。
いわば、選ばれし精鋭が使える場所だ。ここに選ばれるためにみんなが日々努力をする」
「大東君のも、あるんだね」
「ああ」大東君のネームプレートが入ったロッカーを見せていた。
あたしは、問題のロッカーを探していた。それは『麻生』と書かれたロッカー。
「ここに始めは監禁したのかな?」
「いや、狭いけどここで助けを求めたら気づきそうじゃない?」
「そういえば、そうね」
そのあと、すぐ後ろに見えた控室を覗き見た。距離にして三メートルほど。
転校したあの子は、ロッカーに監禁された。
もしこのロッカーなら、一時間ほど監禁されたなら他の人が気づいてもおかしくはない。玄関がすぐ見えた。
「いじめられた子って、あの後は四時間たっても出てこなかった」
「えっ?」
「そうだな、防犯カメラの映像の続きは、出てこなかった」
「じゃあ、次行こうか」
大東君があたしと南条君を連れて、別の場所に向かった。
ロッカールームを出て先に進むと、奥にはミーティングルームがあった。
大きなテーブルと、テレビ、それから冷蔵庫があった。
前に来て、DVDを見た場所。あたしには見覚えがあった。
「ここがミーティングルーム」
「うん、あたしも一回来た」
「大体、分かるな」
「人が隠れる場所は……大きなテーブルの下ぐらいか」
「あれ、奥は?」
そう思いながら南条君は、奥の通路を見ていた。
「奥?ああ、後は監督室ぐらいだよ」
「監督室は案内できないの?」
「う~ん、鍵がないからね……」
少し歩いて、ドアの前にたどり着いた。あたしがドアノブを触ると、やっぱり開かない。
「なるほどね、鍵って?」
「そりゃあ、監督が持っているよ」
「なんか、気になるわ。この部屋」
「ねっ、開かない開かないって聞けば、行きたくなる冒険者心理だね」
冒険者心理はよくわからないけど、あたしはそれをなんとなく理解できた。
南条君がドアをコンコン叩いたり、鍵穴を覗いたりしていた。
「後、案内できる場所は?」
「そうだな、これで全部だからな」
「オイ、何している?」
そんな時、強い口調が聞こえた。入口の方からだ。
「誰か来たよ……」
「えっ、ああ……」
強くなる足音、あたしたちは一気に緊張していた。慌ててドアから離れた。
南条君は相変わらず穏やかで、大東君は前に立った。
「二人とも俺が守る、大丈夫だ」
しかし、大東君は両手を広げて前を向いた。そして、出てきたのが意外な人物だった。




