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翌日あたしは、理事長室で不機嫌な顔を見せていた。
昼間は学食の出前が来てくれた。いつも通りの理事長室に、あたしはいつもの席で定食を食べていた。
かなりしっかりとしていて、おいしいわ。まるでレストランみたい、さすが私学ね。
しかも、これが理事長特典でタダというからなおすごいわ。
あたしは定食に満足しつつも、すぐに終えて不機嫌な顔を見せた。
机には、食べ終えた食器のほかに防犯カメラのDVDが無造作に置かれていた。
「なんでいるの?」
「なんでだっていいだろ!」
北小路はあたしの机の前にあるDVDを一つ拾い上げた。
昨日、あたしが野球部に問い詰めに行ったことを北小路の耳にはすでに届いていた。
「勝手な事ばかりしやがって、お前は何をしているんだ?」
「何よ、いいじゃない」
「お前、野球部が学校における影響を知っているのかよ?」
「知らないわよ!」
「学校にとっては最強の広告塔だ。甲子園に出れば、知名度が大幅アップ。
だからな、野球部は聖域なんだよ。分かったか」
浴びせる北小路の罵声を、眉間にしわを寄せながらあたしは聞いていた。
それを奥のソファーに座った露木さんが、あたしの方に顔を向けていた。
「まあ、栗林監督が相当怒っていましたからね。いらぬことを言われたし、練習を邪魔されたって」
「……分かっているわ。でも……」
「生徒の声にいちいち聞いていたら、正直何もできなくなりますよ」
「ああ、全くだ。そんなもん気にするな。神経質なんだよ、ブス理事長」
北小路の言葉に反論の余地はない。うつむいたまま、あたしはカラの食器を見ていた。
いや、負けを認めたわけじゃない。あたしは頭をずっとめぐらせていた。
「それにしても、栗林監督はまずいですね。彼はかなりのクレーマーですから、無事では済まないでしょうね」
「ああ、全く厄介なことを。外部の監督だから、かなり厳しい要求をしてくるぞ」
「厳しい要求?」あたしが聞くと、露木さんは苦笑いをしていた。
「ええ。栗林監督は外部の監督ですから。
元々プロ野球選手で、現在は野球部の顧問として部活限定で見てもらっています。
言ってしまえれば、本物のプロですね。若き名将、それが栗林監督です」
なぜか胸を張ったまま言っていた露木さん。
「野球部の部室小屋を作るとか、グラウンドを天然芝にしろとか、後、給料を出来高にしろとか。
他にも、選手に関してもいろいろ言ってくる。どこ中の特待生を連れてこいとか」
「それはまた随分、横暴ね」
「だろ。エラーしたやつはスパイとか、優秀なやつを集めないと勝てないとか、いろいろあるみたいだぜ。
高校野球って、なんか爽やかなイメージがあるだろ。
だけど本質は、結構ドロドロしたマネーゲームだからな。裏の高校野球は、爽やかさの欠片もない。
プロチームからもあいさつ金とかで、回収できるから優秀な中学生をかき集める方がいいみたいだしよ。
ヤツの言い分だと、『天才は天才にしかなれない』って理屈だ」
そう言いながら、北小路はトロフィーを眺めていた。
「とにかくうるせぇ奴だよ、栗林様は。まあ、結果を出しているからいいけどよ」
「今年の夏って、甲子園は準優勝だっけ?」
「ああ、三年連続出場で歴代最高の準優勝。
決勝もあと一歩のところで優勝は逃したが、栗林様の手腕は見事ってことさ」
そのトロフィーは、準優勝のトロフィーだった。名前もしっかり彫られていて、銀色に輝いていた。
「それにしても、この野球部は妙な噂を聞くんだがな」
「妙な噂?」
「ええ、些細なことですが職員会議で最近話題になっていましてね」
露木さんは、そう言いながらファイルに目を通していた。
「なんでも、この前野球部の寮のゴミ箱で空き缶が出てきた。それがビール缶だった噂」
「それって、まずくない?」
「ええ、調査をして一人の生徒にいきつきました。それが意外にも帰宅部の生徒だったんですよ」
露木さんは困った顔を見せていた。
「帰宅部の生徒は、野球部の寮に遊びに行って飲酒をしたっていう顛末。
だけど、その話はいろいろ不自然な点が多いんですよ」
「そうね。野球部と帰宅部の生徒の関係は?」
「同じクラスメイトらしい、ちなみにどっちも三年生だ」
「う~ん、今の時期、帰宅部の選手も野球部の寮に遊びに行くかしら?」
「どういうことだ?」
「この証言、無理があるでしょ。
今は受験シーズン、あたしみたいに推薦が決まっている生徒ならともかく帰宅部だと遊んでいる余裕がないわ。
それに野球部の三年生は引退しているし、どちらもおかしいわ」
あたしは、高三の現役ながらに話した。眉をひそめて北小路と、露木さんは聞いていた。
「そか……ふむ」露木さんが、相槌をうつ。
「勉強を教えていたというなら分かるでしょ、遊べる余裕はないわ。
おそらく帰宅部の人が、野球部の人に勉強を教えに行ったんでしょ。そこで缶ビールの入手方法ね」
「この学校は、自販機があるが酒とたばこは売っていない。
また、持ち込みも禁止している。持ち込みは毎日登校時の防犯カメラでチェックかかさないからな」
「随分徹底しているのね」
「そりゃあ、当然のことだ。学校のルールを守ることが生徒を守ることになる」
北小路が堂々と言い放つ。その割にはいじめ問題は、うやむやにしようとしているのよね。
「じゃあ、後は入手経路を犯人から調べればいいんじゃない?」
「それは、帰宅部が購入したって話だけど……」露木さんは、難しい顔を見せた。
「どういうこと?」
「供述がなんかおかしいんだ。買った日には学校に来ていて空き缶は夕方にはそこにあった。
普通に授業を出ていて、目撃例もある。
だけど、この学校の外には出られない。ほら、守衛室が目の前にあるだろう。
つまりは守衛の目を盗んでビールを買ってきたことになる」
「まあ、そう言うことでしょ」
「でも、空き缶であってビールの中身がない。
それともう一つ、見つかった時間が午前中だったってこと。さすがに授業を抜ければ分かるだろう。
だけど、クラスメイトから彼が抜け出していないそうだ。」
「う~ん、野球部の寮って敷地内でも外れていたわね」
「ええ、教室から走ってでも行って十分はかかるでしょう。
しかもそこでビールを飲んで休み時間に戻ってくるのは難しい」
露木さんが難しい顔を見せていた。
「あとは持ち込んでいるしかないわね」
「そう、それがいつ持ち込まれたか……ですね」
「まあこの話はいい、おせっかいがいろいろうるさそうだ」
「何よ、おせっかいって」
あたしは、北小路に対して口を尖らせた。
なぜか露木さんも同感していた。なんか、あたし邪魔者?不愉快な顔をあたしは見せていた。
そんな時に北小路の後ろにある理事長室のドアが開いた。
「すいません、宇喜永 桃香理事長はいませんか?」
やや、太く緊張で震えた声で入って来たのが縦縞のユニホームを着た男。
坊主姿に、がっちりした男は理事長室をじっと見まわしていた。
そして、右手は痛そうに包帯でぐるぐる巻きにされていた。
「えっ、あたしだけど」
「あっ……なんでも……」
「何?」あたしの顔を見るなり、逃げようとした坊主姿の男。
だけど、すぐに露木さんが冷静な顔で男を見てこういった。
「なんのようかな、大東君」
「えっと……そうだった。理事長話がある、じゃなかった、お話があります!外まで来てくれ」
くるりと振り返って、大東君があたしのいるソファーに近づいてきた。
「なんかやらかしたんだろ、お前」
「えっ、何を」
「御同行、願い……」
そして、座っていたあたしを立たせて強引に左手で引っ張っていった。
あたしに見せた坊主姿の大東君は、とても顔がこわばっていた。




