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すぐさま、櫻子と別れてあたしは病院に向かった。
不安と疑問と謎を抱えながら、あたしは病院にたどり着いた。
不安は、父の容体がどうなのかということ。
疑問は、携帯電話をかけてきた男。どうして、あたしにかけてきたのかということ。
謎は、あたしの携帯の電話をどうやって知ったのかを。
狭い病院を急いでいた。夕方の病院はあわただしい。
とにかく、父の病室を目指してあたしは急いでいた。
受付で案内された病室の看板を目の前にして、あたしは愕然とした。
「面会……謝絶……」
息を切らして、あたしは呆然と立ち尽くした。
床にしゃがみこんだあたしは、その文字をただ見ていた。そんなあたしに、後ろの方から人の気配がした。
「あなたが、宇喜永 桃香さんですね」
「えっ、はい」振り返ったあたしには、医師ではなく口髭の男がいた。
スーツにネクタイの男は、しんみりとした顔を見せていた。
その声は、あたしが携帯で聞いた声と同じだった。
「申し遅れました、私はこういう者です」男は、あたしに名刺を差し出した。
「『私立宇喜高学年主任、露木 守』、はい。父の学校関係者ですね。あたしは宇喜永 桃香です」
「ええ、存じ上げています」
「それで、父は……」
「残念ながら、しばらく会えそうにありません。ほんの一時間ほど前に手術を行いました。
大丈夫ですよ、手術は成功しました。しばらく安静にすればよいそうです」
「そうですか……」
神妙な顔で、あたしは立ち上がって病室の白いドアを見ていた。
すぐそばの廊下では、看護婦が別の患者を乗せたストレッチャーを動かしていた。
「露木さん、本当にありがとうございます」
「いえ、こちらこそ。それで宇喜永 桃香さんに、お願いがあるんですよ」
「お願い?」あたしは首を傾げた。
「ええ、実はですね。これを読んでください」
露木さんはそう言いながら、スーツのポケットから封筒を取り出して渡してきた。
あたしは露木さんの封筒の中を読んだ。その中で一つの文字に、目を奪われた。
「理事長代理に就任?」
「ええ。理事長がこの状態では、年末にある『学校法人・宇喜学園』による会合には間に合わないでしょう。
そこでお願いがあります。あなたに、理事長代理として就任してほしいのです」
「ええっ、そんなこと急に言われても……」
「大丈夫ですよ、基本的には名ばかりの職ですから」
(そんなこと言う?)と不信感があったあたし。だけど露木さんが話を続けた。
「理事長代理って言っても、学校にただ来ていればいいんです。
桃香さんあなたは大学入試の推薦が受かって、学校も二学期はほとんど行かないそうですね」
「ど、どうしてそれを?」
「ここに書いてあります。お父さんは、桃香さんのことをよく御存じですね」
「……うん」あたしは、それでも素直に喜べなかった。
直接話をしたわけでもないし、家ではそもそも父ともあまり会わない。
父は家にあまり帰ってこないから。
「理事長代理の仕事は、特別難しくありませんよ。会合と後は適当に学校に来ていただければいいです。
基本的な雑務はこちらでやります。バイト感覚で引き受けてもらえませんか?」
「はい……それなら、いいです」
困っているし、いいかな。あたしは露木さんの申し出を何となく快諾した。
しかし安易なその判断が後に大きな問題を招くことになるとは、その時のあたしは知る由もなかった。




