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桃香理事長日誌  作者: 葉月 優奈
二話:鎖の|友情《フレンドシップ》
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俺は甲子園のマウンドにいた。

高校野球決勝、エースナンバーを背負った俺の前には相手チームのバッター。

満員の観客の中、したたる汗をぬぐいキャッチャーのサインを見て首を振る。


序盤三回、両チームスコアレス。しかし俺は三人のランナーを背負っていた。

(ここが踏ん張りどころ……か)

宇喜高の初優勝がかかるこの場面、相手バッターを睨んでいた。

でも俺は今日のピッチングには満足できていない。


(くそっ、なんでこんなことになるんだ?)

俺のピッチングは、ある衝撃的な出来事で乱れていたんだ。

三塁側のベンチに目をやると、縦縞のユニホームを着た選手が声を出していた。

でも、あいつの姿はない。


(俺のせいだ)

そう、俺はある罪を犯した。

犯した罪の罰は大事なものを失わせた。

俺は天才であるべき、天才であるがゆえに失った。


大きく深呼吸して俺は、投球動作に入った。

心を乱した俺の次の一球で、全ての勝負が決まってしまった。


今日は生まれて初めての場所に来ていた。

それは、東京のど真ん中にあるビル。

ここでは全国の宇喜学園グループの運営、管理をしていた。

『学校法人・宇喜学園』は、大きなビルの最上階にあった。露木さんが約束した、学校法人の年末の会合の日。


あたしは、宇喜高の理事長代理としてやってきた。同伴したのが北小路。

長いテーブルを四角に囲って、あたしは北小路と一緒に座っていた。

この会議には、ほかにも数校の校長、理事長が並んでいた。

厳かな大人たちは緊張感が伝わってきた。

上座に座る男は、眼鏡をかけてプリントを読んでいた。


「次の報告は、岡山宇喜高等学校さん。お願いします」

議長に呼ばれて立ち上がったあたしに、一斉に視線が集まった。隣の北小路も同時に立ち上がった。

顔を強張らせながらもあたしは、下に置いてあった原稿と資料を見ていた。

露木さんと北小路が夜中まで作成してくれた原稿。これを読めばいい、それがあたしの仕事だった。


「初めまして、理事長代理の宇喜永 桃香といいます。よろしくお願いします」

定型文の挨拶を読んで、すぐに原稿に書かれた報告を読み上げていた。北小路は、黙って立っているだけ。

関係ないけど今日の北小路の髪は、黒に戻しているわね。


「それでは、二千十三年の第三期の収支報告です」そして、資料の読み上げに入った。

学校の収支報告、転校者の推移、部活動の成果、保護者会のまとめなど……

そして、あたしが次の項目を読み上げに入った。


「では、次に学校内で起きた苦情や問題点ですが……」

「そのまえに、一つ聞いておきたいことがあります」

あたしの報告を割って入るように、上座にいた男が手を上げた。

あたしの隣で一緒に立った北小路は、苦い表情を浮かべていた。

上座の男は、七三分けのどこにでもいるサラリーマン。黒縁メガネが分かりやすい。


「北九州宇喜中、報告が終わってから質疑を……」

「いえ、これは重要な話です。そうでしょう、岡山宇喜高等学校。

最近いじめの噂があるそうですが、保護者会でいじめの指導を行ったとか……」

「ええ、あたしが自ら行いました」

「妙ですな」思わせぶりのある顔で、渡瀬議長はあたしを見ていた。

あたしもまた目を逸らさない。目を逸らしたら、負けるような気がしたから。


「妙って、なんでです?」

「配られた資料には、いじめは『0』と書かれています。これはどういうことでしょうか?」

「あ、それは……ですね」

そういってあたしの前に出てきたのが、北小路だ。

彼は明らかに申し訳なさそうな顔を見せていた。

あたしも指摘されて手元の資料を見てみるが、いじめの件数は確かに『0』になっていた。


「本当にすいません、それは誤植(ミスプリント)でして……本当は『1』です」

「それでしたらちゃんと治してくださいね。誤解を招きますから!」

「ええ、申し訳ありません。北九州中の言うその一件だけが、いじめ件数です」

そして、北小路はなぜかあたしの頭をわしづかみにして下げさせようとした。


「北小路、何しているの?」

明らかに不機嫌なあたしは、北小路の手を払った。

前にいる北小路は、今までに見せたことないような神妙な顔を見せていた。


「お前も、いや理事長代理も謝れ……謝ってください」

「いやよ!いじめがあったのは事実でしょ。なんで嘘を書くの?」

「ほう、理事長代理さんには何も報告していないと……」

「ええ。ですが、いじめがあったことは確かです」

北小路が何とか収拾しようとした。


「これは、いけませんねぇ。学校の評判としても下がると思いますが……」

サラリーマン風の男が、奥の中央にいた委員長に促していた。

真ん中に座って初老の男、いかにも委員長そうな男が資料を見て口を開く。


「ですが、いじめがあることをここで公にするのはよくありません。

学校法人としては、この件が外に漏れないように厳重注意していただきたい。

所詮、いじめはあるものですから。それを隠す技術も……」

「待ってください、それはおかしいじゃありませんか?」

あたしは、頭を下げる北小路の前で委員長を指さした。


「私立宇喜高、委員長に指さすことを慎みなさい!」

「いいえ!私、いえあたしはこの学校に来てまだ日が浅いです。

正直、今回のいじめもあたしが追求しなければ隠蔽(いんぺい)しようとしていました。

でも、それではいけないんです!

学校はいじめをする場所ではなく、いじめをしてはいけないと教える場所です!」

「では、どうするというのだ、岡山宇喜高等学校?」

「それは……」

周りの視線があたしに突き刺さる。あたしは一つ大きく呼吸をした。


「あたしが解決します、この学校に眠る『いじめ百件解決』してみせます!」

あたしの声に会場はあっという間に騒然としていた。

しばらくの沈黙ののちに、一人の男が口を開く。


「ではやってみたまえ、岡山宇喜高等学校」

「はいっ!」あたしは笑顔で返事を返した。


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