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翌日、あたしは一人の生徒を理事長室に呼びつけていた。
放課後に流した校内放送。呼び出した相手は一人。
昨日、北小路が写真を見せた男。女子トイレで後姿だけ見かけた相手が、あたしの目の前にいた。
大きな肩幅に、四角い顔、短髪に刈り込められた髪、膨れた頬、大きな口。
ソファーに腰かけたあたしの前に、その男はきれいなラグビーユニホームを着て向かい合って座った。
部屋にはあたしと彼のほかに、露木さんもあたしの隣にいた。
露木さんは二年生の学年主任だから、関係がないわけでもないし。
その露木さんを背に、いまだに慣れない藍色のリクルートスーツを着たあたしが足を組んで座った。
「こんちわっス、理事長代理。それで俺に何の用スか?」
「あなたが、末松君でしょ。ラグビー部の部長さん」
あたしは末松君の資料が入ったクリアファイルを、テーブルに置きながら彼の方に目を向けた。
彼は『末松 弘樹』君。ラグビー部の部長、二年で特待生、京都府出身。資料ではそう書いてあった。
「そうっス、俺が部長っス」
「ねえ、この部にいじめの噂があるんだけど……」
「いじめ?いいえ、ちゃんとした部活でいじめなんかないっス」
「じゃあ、女子トイレである男の子が、血を流して倒れていたのを知っている?」
「女子トイレ?何のことスか?」だけど、末松君は首をひねっていた。
「とぼけないで、あたしは見たのよ!
あたしがこの前に入った女子トイレで、ものすごい物音がしてラグビー部の生徒が出て行ったのを。
隣のトイレで男の子が血だらけで倒れていたの。
男の子を、殴ったりけったりしたんでしょ!」
怒った顔で言うあたしの追及に、末松君は露木さんの方を見て気まずい顔を浮かべていた。
隣の露木さんも、心配そうに末松を見ていた。少しの沈黙ののちに、
「それは、『かわいがり』じゃないっスか?」
「『かわいがり』?」
「そうっス、『かわいがり』っス。俺たちラグビー部独特の『かわいがり』っていう部員間のスキンシップっス」
「露木さんがあたしに見せたよね。女子トイレの壁のシミ、あれは間違いなく血痕よ」
「ええ……まあ……」露木さんは、まるでおどおどした物言いの様に言っていた。
昨日の空いた時間にあたしは、露木さんに一度現場を見せていた。
「そうっスか、だけど教師や生徒指導から何も言われていないっスけど……」
「それは言わないだけよ。でもあたしは違う、あたしは見逃さないもの!あなた、いじめたでしょ!」
あたしは末松君を指さして胸を張った。末松君は、うつむいてすぐに顔を上げた。
「その男って、南条の事だろ。あいつが断ればいいんだ!」大声で言った末松君は迫力があった。
「なんでそうなるのよ!大体、陸上部の彼はラグビー部の応援をしにわざわざ来ているんでしょ!」
「応援っていうか、監督がどうしても南条をウィングで使いたいだけっスよ」
「ウィング?」
「そう、でもあいつは断ることもできたはず。南条が無理矢理応援に来たのが悪いんだ!」
「そうね読めたわ、あなたたちの考え!」
そんな中、あたしは声高に立ち上がった。おののいた末松君の顔をあたしが得意げに指さす。
「な、なんだよ!」
「陸上部で足が速い南条君は、監督に気に入られている。だから、あなたたちは彼をいじめたのね。
彼のような新参者よって、ポジションを奪われてあなたたちの逆恨みよ!それがいじめだわ!」
あたしは指を一本立てて、末松君を見下ろした。ずっと黙って聞いていた彼は、唖然としたのか動かない。
「すいません露木先生。練習に行っていいですか?」呆れた顔で末松君は、立ち上がっていた。
奥の露木先生は、難しそうな顔でやり取りを見ていた。
「ああっ、逃げるんじゃないわよ。あなたたちは、また南条君をいじめるの?」
「いじめじゃないって、『かわいがり』っスよ」
「しょうがないですね、末松。戻っていいですよ」
露木さんがそういうと、嬉しそうな顔で末松君は小走りに理事長室を出て行った。当然、あたしは納得できない。
「理事長代理、やはり『かわいがり』でしたね」
「そんなんじゃないわ!なんで返すのよ?」
「練習時間のスケジュールもありますし、部活は時間が決まっていますから」
「でもあれじゃあだめよ。頭から血を流していて、靴跡がついていて、あれは完全ないじめ。間違いない!」
「でも……本人が認めないと、なかなかいじめとしての指導もできないですし……
それに理事長が校内放送使って自ら呼び出すというのも……ねぇ」
「そんなことない、あたしは間違っていないから!」
不機嫌な顔であたしは黒革の椅子に腰掛けて、机の上にある一枚のプリントに目をやった。
「そうよ、これよ!」
あたしは、そのプリントを見つけて立ち上がっていた。あることを思いついたから。




