混乱-現実世界
いったい、これはどういうことなんだ?
何が起きているんだ?
どうしてこんなことになったんだ?
なぜ、夢の中で紅帝が言った言葉が、ここに書かれている!?
答えが出ない疑問に思考が空回りする。まるで足元がガラガラと音を立てて崩れたように、平衡感覚が失われ、机に手をついて何とか身体を支えた。
そんな陸玖の顔の前に、湯気を立てるティーカップが差し出された。
「ひどい顔だね。これを飲んで落ち着いたら?」
そう言ったのは奏であった。
「まあ、あたしも人のことは言えないんだけどね。昼休みにこれを読んだときには、頭がおかしくなったのかと思ったよ」
陸玖は倒れこむように椅子に腰を下ろすと、奏から受け取ったティーカップに口をつける。中身はハーブティーの一種らしく、ミントのような清涼感が口に広がる。
ハーブティーの効果なのか、少し気が落ち着いた。
それでもまだ頭は暴走したように思考がまとまらない。
「……この部屋は?」
何を言っていいのかわからず、関係ない話題を持ち出した。
「文芸部の部室。――でも、あたし以外は全員幽霊部員だけどね。おかげで、あたしの好きなように使わさせてもらっているの」
すると、今飲ませてもらったハーブティーは奏の私物なのだろうか、とティーカップに目を落とす。
現実逃避するように、そんなことを考えていた陸玖の弱さを奏は見逃さなかった。
「でも、聞きたいことは別のことでしょ?」
図星をつかれて、口ごもる陸玖。しかし、いつまでも無言でいるわけにもいかない。
「本当に、みんながあの夢を共有していたんだ」
口にすると、それがどんなに馬鹿げたことなのか改めて思い知らされる。
確かにできすぎるくらいできた夢であった。
しかし、それでもあくまで夢は夢である。それを他人と共有していたなど、他人から聞いたら笑い飛ばすような内容だ。
だが、奏はクスッとも笑わず真剣な顔で答えた。
「たぶんね。少なくともあたしとあなたは同じ内容の夢を見ていたことは間違いなさそう」
「そうなると、夢の中で死ぬと本当に死ぬっていうのも……」
自分の言葉に、陸玖は背筋に悪寒が走った。
まだ少年と言ってもいい陸玖にとって、死とは縁遠い存在だ。これまで記憶にある限りでは身内に不幸があったこともなく、「死」と言われても実感がなかった。
しかし、その実感がつかめないだけに不気味で巨大なものが、自分の上に降りかかってくるという想像に、言い知れようがない不安を覚えた。
「そればっかりは自分で確かめるわけにはいかないけど、そこだけ嘘をついているとは思えないから、本当のことでしょ」
奏は飲み終えたティーカップをソーサーに置いた。
「赤井君も知っているでしょ。この学校で、就寝中の不審死で生徒が何人か死んでいるって」
その言葉に、陸玖の身体が震え、椅子が大きな音を立てた。
「まさか……!?」
「たぶん、そのまさか、だと思う。赤井君も駅で無料配布された『ミュステーリオン』のインストール用のDVDをもらったんでしょ。あたしも、あれが『ミュステーリオン』を始めたきっかけだけどね。下校時間に合わせて配布していたから、この学校にはあたしたち以外のプレイヤーがかなりの数いたって不思議じゃない」
これまで何度となくホームルームで注意されていた、就寝中の不審死。
今までは自分とは関係ない他人事と思って聞き流していたことが、まさか自分も当事者のなりかねなかったことに身震いをした。
「クソッ! いったい何でこんなことが起きたんだ!?」
「それこそ、あたしが訊きたいよ」
「これからどうしよう?」
「何を判断するにも、今は情報が足りなさ過ぎる。閣下も夜に再度みんなを集めて話をするそうだから、その内容しだいかな」
奏は自分のカバンの中から折り畳み式の携帯電話を取り出した。委員長でも学校に携帯を持ってくるんだな、と陸玖は場違いな感想を持つ。
「今、携帯は持ってる?」
「え? ああ、持ってるけど?」
「アドレスを交換しておきましょ。何かあったときに、すぐにお互いに連絡が取れたほうがいいから」
「ああ」
慌てて陸玖もカバンから携帯電話を取り出した。
陸玖は携帯を奏の携帯に向けると、アドレスが送られて来るのを待った。しかし、いつまで経っても何もこない。
どうしたのかと奏を見ると、彼女は眉根を寄せて、必死に携帯のボタンをいじくっている最中だった。しばらく様子を見ていたが、しだいに彼女の眉の角度があがり、いかにも不機嫌そうになってくるのに、
「……あの、俺から送ろうか?」
そう言った途端、奏は顔を伏せたまま上目づかいに睨んできた。
そのあまりに鋭い目つきに、陸玖は自分の言葉を後悔した。
だが、奏は深いため息をつくと、
「そうしてもらえる? あたし、携帯の操作がよくわからないから」
赤外線通信で互いの電話番号とメールアドレスを交換する。
「言っておきますけど、くだらない用件で電話やメールをしてこないでね。こんなことがなかったら、アドレス交換なんてする気なかったんだから」
「あ、うん。それはわかっている」
こんな状況でもクラスメイトの女の子とアドレス交換ができたことに、少しうれしかったのを見透かされていたようで、陸玖は苦笑を浮かべるしかなかった。