混乱-夢の世界
「これはただの夢なんかじゃない」
《銀河戦隊》ギルドマスターの紅帝が発した言葉を陸玖は一瞬理解できなかった。
夢の中の登場人物に、夢であることを否定される。
これはいったい、どういうことなんだ?
今、隣にいるエイラも、壇上にあがった紅帝も、周囲にいるすべてのプレイヤーも、みんな陸玖の夢の中の登場人物のはずだ。少しゲームをやりすぎて、それを夢に見てしまっただけだ。彼らが何をしようと、何を言おうと、それはすべて陸玖の妄想に過ぎない。
過ぎないはずなのに、なぜエイラをはじめ、周囲のプレイヤーたちは紅帝の言葉に動揺しているように見えるのか? これは自分が動揺しているからなのか?
そう。陸玖もまた動揺していたのだ。
夢と理解していながら、心のどこかでこの夢の世界に対しておかしなものを感じていた。
「みんなに訊く! 自分がただのゲームの夢を見ていると思っていないか!? ちょっとゲームに熱中しすぎて、その夢を見てしまっただけだと思っていないか? こうして話す俺を含めて、自分以外の人間はただの夢の中の人間だと思っていないか?」
紅帝の言葉は、陸玖の思っていたことを的確に射ぬいて見せた。
広場に集まったプレイヤーたちもうなずいたり、周囲を見回して他の人の反応を確認していたりする。
「だが、これはただの夢なんかじゃない! 信じられないだろうが、ここにいるすべてのプレイヤーたちひとりひとりが、現実に存在する人間であり、俺たちは同じ夢を共有して見ているんだ!」
広場にどよめきが走る。
「俺が夢を見るようになったのは、5日前からだった。それ以来、毎日同じゲームの夢を見るようになった。2日ぐらいならまだ偶然だろう。しかし、3日目、4日目と同じ夢を続けてみることに不思議に思った俺は現実のゲームの中で、ギルドメンバーに軽い話のネタとして振ってみた。
ところが、そのギルドメンバーも同じ夢を見ていると言ったんだ。驚いた俺は、ギルドメンバーと知り合い全員に、似たような夢を見ていないか確認してみた」
紅帝はいったん言葉を区切ると、みんなの反応を見るように周囲を見回してから、大きく息を吸って次の言葉を吐いた。
「この夢の中で出会っていたプレイヤー全員が、同じ夢を見ていた!」
悲鳴にも似た驚きの声があちこちで上がる。
紅帝はそれに負けじと、さらに声を張り上げた。
「いいか! 今、ここにいるプレイヤーたちは現実に存在する人間に間違いない!!」
大きなざわめきが起こる。
誰もが、隣にいる人間が自分の夢や妄想ではなく、現実にいる人間だったという指摘に戸惑いを隠せない。
「ちょっと待て。おまえ、ネカマだったのかっ!?」
「マジ!? こいつ、女子高生だと言っていたのに、おばさんじゃん!」
「うそぉ! メールでもらった写真と全然違うじゃん! 大学生のイケメンだと思ってたのに、禿げたデブオヤジじゃん!」
そこかしこで、驚きと困惑の声が上がる。
性別を偽っていたネカマや年齢や容姿をごまかしていた人たちの嘘がばれ、それを糾弾する人やそれでもごまかそうとする人たちによって、その場が一時騒然となった。
そればかりか一部では殴り合いの喧嘩まで起き、慌てて〈銀河戦隊〉の人間が割って入り、騒動を鎮めようとする。
「みんな、落ち着いて聞いてくれ! もっと大きな問題があるんだ!」
しかし、騒ぎは鎮まるどころか、より大きくなっていく。
それに業を煮やした紅帝が叫んだ。
「聞くんだ!! この夢の中で死んだ人間は、現実でも死んでしまうんだぞっ!」
一瞬にして、広場は水を打ったような静けさに包まれた。
物音を立てるのを禁じられたかのように、誰もが息すら殺し、身動き一つしない。
紅帝は「落ち着いて聞いてくれ」と前置きをしてから、続けた。
「うちのギルドに夫婦でペアプレイをしているメンバーがいた。そして、やはり夫婦ふたりそろって、この夢の世界にきていた。
だが、2日前に男性の方がこの夢の中でふざけてモンスターに殺されてしまった。そのまま彼の死体は消え去り、いくら待っても戻ってくることはなかった。
そして、女性が現実に目を覚ましてみると、男性は隣で冷たくなって死んでいたんだ」
陸玖は、頭が真っ白になった。
この夢の中で死ぬと、本当に死ぬ?
そんな馬鹿な。そんなことあるわけない。
笑い飛ばそうとしたが舌と頬が石化したように固まり、表情すら作れない。
「みんなの周りにもいないかっ!? この夢の中で死んでしまったプレイヤーは? そして、それ以降、その人が現実のゲームにログインしてこなかったことはなかったかっ?!」
思い当たることがあるのか、数名のプレイヤーが動揺を露わにした。
やはり本当のことなのか? と、プレイヤーたちは震えあがる。
その中から、ひとりのプレイヤーが声を上げた。
「でも、俺は夢の中で決闘したことあるぞ! 何度か負けたが、こうして生きているぞ!」
周囲からも、「そうだ、そうだ」と同意する声が上がる。
しかし、紅帝は落ち着いて、それに答えた。
「もっと決闘のことを思い出してくれ。決闘で負けてもHPは0ではなく1で止まるシステムになっているだろ」
言われてみれば、決闘に負けてもすぐに挫折のエモーションをするように設定されているため、死んでいるわけではない。
「で、でも、死んでもすぐに復活させてもらえばいいんじゃ?」
そんな淡い希望にすがるプレイヤーの言葉を紅帝は切って捨てた。
「クレリック系の人は、自分のスキルウインドウを開いてみてもらいたい。そこにあるはずの【リザレクション】をはじめとした蘇生スキルがなくなっているはずだ! 他の人も自分のアイテムウインドウを見てくれ。復活のスクロールなどの蘇生アイテムを持っていれば、それもなくなっているはずだ!」
それぞれ自分のスキルウインドウやアイテムウインドウを開いた。
「マジかよ。復活のスクロールが消えている……!」
「本当に、【リザレクション】がなくなってる! 【パーティー・リザレクション】もないよ!」
そこかしこで、絶望に満ちた声があがる。
女性プレイヤーの中には、その場に座り込んで泣き始める人まで出た。
「ちょっと待って! 【セービング・ライフ】ってスキルが代わりにある」
スキルウインドウを必死に見つめていたクレリック系のプレイヤーのひとりが声を上げた。周囲の人たちの注目が集まる中で、その人はスキルの効果を読み上げる。
「えっと……『対象となったキャラクターが効果時間中にHPが1以下になったとき、1度だけHPを50%回復させる』だって」
「それって、つまりは死にそうになるとHPが回復して助かるってことか?」
「何だ、そのスキルさえかけてもらえば安心じゃないか」
みんなの間に、ほっとした空気が流れた。
しかし、それもほんの一瞬のことだった。
「ちょっと良く見て。効果時間が1日だけど、クールダウンタイムも1日だよ!」
クールダウンタイムとは、一度使ったスキルが次に使用できるまでの冷却時間のことだ。たいてい効果が大きく、強いスキルほど乱用を防ぐためにクールダウンタイムは長く設定される。
「つまり、このスキルは誰かひとりを一日に一度だけ死ぬのを防ぐ、たったそれだけのスキルなのか?」
その言葉がみんなの中に浸透すると、クレリック系のプレイヤーたちは、それまで仲間だった人から距離を置き、それ以外の人間は目でクレリック系の人間を探した。
「おい、何で逃げるんだよ!」
「嫌だよ! 私だって死にたくないんだから、自分にしか使わないんだからね!」
「ふざけるなよ! 一番死ぬ可能性がある前衛職が受けるべきだろ!?」
「冗談じゃない! これは俺たちのスキルだ! 誰にかけようが、俺たちに選ぶ権利がある!」
周囲は騒然となった。
1回だけとはいえ死を回避できる唯一の手段と思われる【セービング・ライフ】を巡って、それを使えるクレリック系の人と、それ以外の人が対立する。
「みんな、落ち着け!!」
紅帝が叫んだ。
「わざわざ狩りや危険なエリアにいかなければ死ぬようなことはない! 普通に都市の中で生活していれば、大丈夫だ!」
確かにこれまでのことを考えれば、街中にいる限り死ぬようなことはない。今までは夢の中だからと、いろいろと無茶をやった人もいるだろうが、ここでの死が現実での死につながるというならば、あえて危険なことをする人もいないだろう。
紅帝の指摘に、少し冷静さを取り戻したプレイヤーたちであったが、クレリック系とそれ以外の人の間にできた溝は消えることなく、おき火のようにくすぶっていた。
そのうちプレイヤーのひとりが大声を張り上げた。
「みんな、馬鹿じゃねーの?! こんなのただの夢に決まっているだろ?」
しかし、その声は緊張に震え、時折裏返っていた。
「ああ、馬鹿らしい、馬鹿らしい! 夢だよ、夢! 夢で死ぬわけないっての」
それに同調するように、周りからも声が上がる。
しかし、彼らはあえて目を背けているが、ただの夢というならばわざわざ周囲に同意を求めること自体おかしな話だ。彼らも内心では、この夢をただの夢とは思えないでいるのだった。
そうした反応も予想済みだったのか、紅帝は冷静に答えた。
「みんながなかなか信じられないのも無理はないと思う。だから、これが本当にただの夢ではないことを証明したい」
いったい、どのようにして証明するのか?
誰もが興味津々といった様子で紅帝の言葉を待った。
「この夢が覚めて現実の世界で目覚めたら、俺は『ミュステーリオン・オンライン』の本スレッドに次の言葉を書き込むことで、証明しようと思う。その言葉は……」
「これはただの夢なんかじゃない!」
VRMMORPGなどがデスゲーム化したとき、いったいどんな混乱が起こるか?
それを想像すると、様々な問題や混乱が起きると思います。
すぐに主人公らの活躍に進んだ方が話のテンポもいいのでしょうが、あえてその点に踏み込んで書いていきます。