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エイラ

 陸玖たちのクラスで「委員長」と呼ばれているのが、沖津(おきつ)(かなで)という女子である。


 現実の世界では髪型も髪の色もまったく違うため気づかなかったが、よくよく見れば顔は間違いなく沖津奏その人である。

 驚きが通り過ぎると、今度はとてつもない羞恥心が陸玖を襲った。


――ゲームのやりすぎでゲームの夢を見るだけじゃなく、クラスメイトの女の子まで夢に出させるなんて、痛いにもほどがあるだろ!


 穴があったら入りたいというのは、まさにこの状況だった。恥ずかしさのあまり、その場で頭を抱えて転がりまわりたい衝動に駆られる。

 羞恥心に悶える陸玖に、エイラはいくぶん頬に赤みが残る顔で、咳払いをひとつすると、


「か、観光に行くんでしょ。早くいくよ、レドリック」

「あ…ああ。そうだね、行こうか」


 これは夢なんだから、と自分に言い聞かせ、ようやく陸玖は落ち着きを取り戻した。


「まずは、エルフェンハイムに行こうと思うんだけどいい?」


 エルフェンハイムは太古の森の中にある、エルフたちの王国である。『ミュステーリオン・オンライン』でも屈指の観光名所として名高い場所だ。

 もちろん陸玖も異存はない。ふたりは広場の入り口脇にある転移石に向かった。


 人の背丈ほどもある岩を薄く板状にスライスしたものに、大きさも色もまちまちな宝玉を埋め込んだような形状をした転移石は、その名のとおりアーカウンスティの世界にある各都市やダンジョンへプレイヤーを転移させるオブジェクトだ。転移石の脇には、杖を持ち、法衣を身にまとったNPCが立っている。


 先を歩いていたエイラが、なぜかNPCの手前で立ち止まって、横目でこちらをうかがっていた。

 NPCに頼んでお金を払えばすぐに転移させてもらえるのに、何をしているんだろうと不思議に思いながら、陸玖はNPCに話しかけた。


「エルフェンハイムに飛ばしてもらえます?」

「1,400ゴルン」


 人形のようなうつろな表情のままNPCが、ぼそっと答える。

それに陸玖は「しまった」と思った。


 ゴルンとは、『ミュステーリオン・オンライン』の中の通貨単位である。高レベルプレイヤーのひとりである陸玖にとっては、それぐらいのお金は微々たるものだ。

 だが、その微々たるお金をどうやって支払えばいいのかわからなかった。


「えーと、1,400ゴルンですね……」


 とにかく間をつなごうとおうむ返しに言った陸玖の右手に、不意にチャリンと小さな金属がぶつかり合う音とともにかすかな重みが伝わる。手を開いてみると、そこにはいつの間に何枚もの銀貨が握られていた。


 突然、手の中に出てきた銀貨に驚く陸玖に、NPCは無言で手のひらを上にして手を差し出してくる。この銀貨で足りているかどうかはわからないが、とにかくNPCに銀貨を渡してみた。それを隣でエイラが興味深そうに見つめている。


 金額は足りていたのか、NPCは小さく何事かを呟いてから手にした杖で軽く転移石を叩く。すると、転移石に埋め込まれていた宝玉が光を点滅させたかと思うと、空中に光でできた魔法陣を描き出す。


 ゲームでは、キャラクターがこの魔法陣に飛び込むと目的地に転移されるのだが、実際にやるとなると気後れする。陸玖は助けを求めるようにエイラに振り返った。

 しかし、エイラは陸玖の視線に気づいていない様子で、広げた手のひらを凝視しながら、


「……1,400ゴルン」


 と呟くと、どこからともなく手のひらの上に出てきた銀貨を興味深そうに眺めている。


 役目を終えたNPCはマネキンのように立ったままピクリとも動かなくなっている。このまま魔法陣が時間切れで消えて、この不気味なNPCに再度頼むのにはかなり勇気がいりそうだ。陸玖は覚悟を決めて、魔法陣に飛び込んだ。


「うわぁ……」


 一瞬にして転移した先は、深い森の中であった。

 樹齢数百年はあろうかという、太さが家ほどもある巨大な樹々がそびえ立ち、天に向かって枝葉を広げている。見上げると、樹々の間をツタで編んだ通路が張り巡らされ、大きく伸ばされた枝からはまるでミノムシのように住居がいくつも釣り下がっている。


 そして、何よりも目を引くのは「キャッスル・ツリー」と呼ばれるエルフェンハイムの王族が住む古代樹である。その太さは、まさにひとつの城ほどもある。生きてきた年月を感じさせるゴツゴツとした岩のような樹皮。天を埋め尽くすように伸ばされて枝葉。直径3mはあろうかという巨大なツタがらせん状に巻きつき、それを通路にして幾人ものエルフが歩いている。


 頭上からいく筋も射し込む木漏れ日と、いたるところを漂っている無数の青白い光の乱舞がその光景に神秘的な美しさを添え、まさに幻想の世界が、そこにあった。


 周囲を漂っていた青白い光のひとつが音もなく陸玖の鼻先にやってきた。


「妖精だ……!」


 それは親指ほどの大きさしかない、小人だった。身体から青白い光を放ち、背中から生やしたトンボのような薄く透明な羽をパタパタと動かして宙を舞っていた。驚く陸玖の鼻先に、小さく口づけすると、妖精は悪戯っぽい笑顔を残して飛び去って行った。


「レドリック、キャッスル・ツリーに昇ってみよう!」


 いつの間にか隣にいたエイラは、そう言うなりキャッスル・ツリーのツタを駆け上がっていった。走るエイラを注意するエルフの住人に、陸玖は代わりに頭を下げながら追いかける。

 ツタから枝へと飛び移り、そのまま覆い茂る枝葉でできた緑のトンネルを抜け、ふたりは頂上に出た。


「……!!」


 感動で、言葉にならない。まさに、それだった。


 地平線の果てまで続く樹海。その上を極彩色の鳥たちと様々な光を放つ妖精が、群れをなして飛び交っていた。はるか彼方では、樹海から長い首を伸ばした首長竜のような動物の姿が見える。


 いきなり、背後から、ごうっと音を立てて突風が吹き荒れた。それとともに巨大な影がふたりの頭上を通り抜ける。


「見て、レドリック!」


 エイラが指さす先には、空を飛ぶ巨大なドラゴンの姿があった。

 クラウド・ドラゴンである。雲とその中に含まれるマナを食べる、気性の穏やかなドラゴンだ。

 しばし、ふたりは飛び去るクラウド・ドラゴンの姿を黙って見つめていた。クラウド・ドラゴンの姿が雲の中に消えると、ふたりとも知らず知らずのうちに止めていた息を吐いた。


「すごいね……」

「うん。すごい」


 感極まったようなエイラの言葉に、陸玖もただおうむ返しのようにしか答えられなかった。

 この光景を前にして、飾った言葉にどれほどの意味があるのだろうか?


 次にふたりが向かったのは、山岳地帯にあるドワーフの都市だ。

 廃鉱になった露天掘りのオリハルコン鉱山をそのまま都市にしたものである。すり鉢状に掘られた鉱山は、縁に立ってみると、その巨大さがよくわかる。反対側の縁までは数百メートルもあり、一番深いすり鉢状の中心は高層ビルが丸々ひとつ入ってしまうほど深い。そこに中心へ渦を巻くように建てられた家々の煙突からは黒い煙が立ち上り、いく筋もの線となって空に昇っていた。


 さらにふたりは様々な都市を巡った。水のように細かい砂でできた大砂海のど真ん中にあるオアシス。空中に浮かぶ古代の浮遊都市。人魚たちが舞い踊る海底宮殿。


 再び自由都市の広場に戻ってきたふたりは、これまでモニター越しでしか見られなかった幻想の世界を目の当たりにした感動がいまだ冷めず、胸からあふれるものを分かち合うように語り合った。


「大砂海から砂クジラが飛び出したときは、すごかった! 砂が金粉みたいに舞って、その中を砂クジラの巨体が、こうグワッ!と飛び出すところなんて」


 陸玖が身振り手振りを交えて語れば、エイラも負けじと語る。


「浮遊都市もすごかったね! クラウド・ドラゴンの親子が雲を突き抜けて飛ぶところなんて最高!」


 それからしばらくの間、ふたりは熱く語り合った。

 しかし、それも小一時間も語っていると、しだいにネタもなくなってくる。

 話題もなくなってきた陸玖は、これからどうしようかと考えていると、エイラが驚くようなことを言い出した。


「ねえ、決闘をやってみない?」


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