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ゆめのはじまり

『ミュステーリオン・オンライン~神が降り立つ大地~』


 HS-Softが今年春からオープンβテストを行っている国産MMORPG。


ファンタジー世界「アーカウンスティ(Arcaunsty)」を舞台に、邪悪な魔女オーメティス(Ahmetis)によって封印されてしまった女神ミュステーリオンを復活させるため、異世界から召喚された異界人(フォリナー)となってプレイヤーたちは冒険をする。


 現時点における最高峰のファンタジーMMORPGを目指して製作したという売り込みに負けない完成度と評判の高い作品である。

 まず、プレイヤーを魅了するのは、細部に至るまでカスタマイズできる自由度の高いキャラクターメイキングだ。プレイヤーの分身としてゲーム内で生きるキャラクターたちをプレイヤーのイメージ通りの姿に作ることができる。

 そして、美麗なグラフィックと迫力のサウンドによって構築されたファンタジー世界。

生きた人間が操作しているかと錯覚するほど多様な反応を示すNPCたちのAI。彼らが提供する豊富なクエストの数々。


 6系統36種類に加えてシークレット・クラスと呼ばれる特定の条件を満たした者だけが転職できる特別クラスを含めれば50種類以上ともなるクラスによって、プレイヤーのスタイルに合わせたキャラクターを育成できる。

また、多種多様な装備グラフィックは組み合わせ次第で、無限のファッションスタイルを実現。


 満足できる完成度になるまで課金は考えていないという代表の言葉どおり、これまで数度のアップデートが実施されているにもかかわらず、今なおオープンβとして無料でプレイできることも人気の理由のひとつだろう。

今後も、その動向から目が離せない注目のMMORPG大作である。


総合ゲーム情報サイト4USAGIの『ミュステーリオン・オンライン』特集記事より抜粋



                   ◆



 赤井(あかい)陸玖(りく)は、気づくと見知らぬ街の中でたたずんでいた。

 いつものように自分の部屋のパソコンでゲームを終えたときには、0時を回っていた。その後、目覚まし時計をかけてから布団の中にもぐりこんだところまで記憶がある。それがいつの間にか、見知らぬ街の中にたたずんでいたのだ。


 あまりのことに戸惑いながら、彼は周囲を見回した。


 そこは、野球のグラウンドほどの大きさもある広場であった。足元にはアスファルトやタイルではなく石畳が敷かれ、周囲に建つのはレンガを積み上げた家々である。広場の中央には、石を積んで作られた人工の池があり、その中心に置かれた女神像が掲げる壺から、水がとうとうと流れ落ちていた。広場のいたるところでは果物やアクセサリーなどの小物を広げる露店が立ち並び、売り手が声を上げて客を呼び込んでいる。

 まるで、いつかテレビで観たことがある旅行記に出てくる古いヨーロッパの街並みを思い起こさせる光景だ。


 しかし、記憶しているヨーロッパの街と決定的に違うのは、そこにいる人々の奇妙な服装である。

 目の前を物語に出てくる魔法使いのようなフードつきのローブに身を包んだ男が歩いているかと思えば、向こうにはビキニの水着の上に薄く透けるストールのようなものを肩に羽織っただけの女性が露店を覗き、あちらではアニメから飛び出した魔法少女のような格好の女の子が杖を振り回している。


 そればかりか、自分もまた磨き上げたばかりの輝きを放つ銀色の重厚な板金鎧を身に着けていた。腰には鞘に収められた片手剣。背中にはずっしりとした重さを感じさせる方形盾が背負われている。

 確かに重さは感じるが、なぜかそれは負担に感じられない。まさか張りぼてなのかと板金鎧の胸を叩いてみると、厚い金属を打ち合わせる重い音が返ってきた。その場で軽く跳んでみると、重いはずなのに動作に支障はない。

 首をかしげる陸玖のすぐ横を何かがヌッと顔を出した。


「……! うわぁっ!?」


 陸玖は思わず悲鳴を上げた。

 そこにいたのは大きな牛ほどもある巨大なトカゲだった。いや、トカゲというより恐竜に近いだろう。がっしりとした4本の足で立ち、バランスを取っているのか太い尻尾を左右にゆっくりと振っている。その首には太いくびきがかけられ、そこから伸びる棒の先には荷物を満載にした荷馬車がつなげられていた。その御者台には、頭にターバンを巻いたひげ面の男が座っている。

 陸玖に気づいていないのか、男はうつろな目つきでトカゲに鞭をくれて荷馬車を進めていた。このままでは荷馬車にひかれそうだった陸玖は慌てて道を譲るが、やはり男は何の反応も示さなかった。


「……あ!」


 その荷馬車を見送っていた陸玖の目に、おかしなものが飛び込んできた。

 御者台に座る男の頭の上に、『ジョゼフ〈カイルース商工会〉』という文字と、その下に赤と青の2本の横棒が上下に並んで浮かんでいたのだ。

 そればかりではない。よく見れば周囲にいる人すべての頭上に、名前と思しき文字と赤と青の横棒が浮かんでいるのだった。

 もしやと思い、池を覗き込むと、やはり自分の頭上にも文字と赤と青の棒が浮かんでいるのが見える。波立つ水面と鏡写しになった文字は読み取りにくいが、それは間違いなく陸玖の想像通りの文字だった。


『レドリック〈月下庭園〉』


 それは今自分がやりこんでいるゲームMMORPG『ミュステーリオン・オンライン』で、自分の分身となるキャラクターの名前だった。




「もしかして、これってゲームの夢……?」


 改めて自分がいる広場を見渡すと、その光景に見覚えがあることに気づいた。

 それは、やはり『ミュステーリオン・オンライン』にある自由都市バーナバムの広場である。いつも広場で演奏している吟遊詩人のNPCノン・プレイヤー・キャラクターに、広場を囲むようにして建つ道具屋に武具屋に宿屋。いずれもゲームの中では毎日のように見ていた光景だった。

 こんなものが現実の世界にあるわけがない。


「やっぱり、夢なのか……」


 それが夢であることを自覚しながら見る夢のことを明晰夢(めいせきむ)というが、これがそうなんだろう。

 そうなると気になるのが、自分が本当にゲームのキャラクターと同じなのか、ということだ。


「ステータスウインドウとかないのかなぁ……えっ!?」


 何気なくつぶやいた途端、陸玖の目の前にいきなり何かが湧いて出た。驚いた陸玖が払いのけようと腕を振るうと、それは腕の動きに合わせて、横にずれた。

 別に襲ってくるわけでもなさそうなので、落ち着いて湧いて出たものを見る。それは何の支えもなく宙に浮く薄い板のようなもので、表面には騎士風のキャラクターのグラフィックと、数字と文字が並んで書かれていた。


「これは、ステータスウインドウ……?」


 それはゲームの中ではよく見るステータスウインドウそのものだった。表示されているキャラクターの顔が現実の自分のものになっていることを除けば、そこに書かれているレベルやクラスや能力値などは記憶しているものとまったく同じである。

 陸玖は、ドキドキしてきた。


「アイテムウインドウとクエストウインドウも開くかな?」


 そういうと、アイテムや所持金を表示するアイテムウインドウと、現在受けているクエストが一覧となったクエストウインドウが先程と同じように目の前に浮かぶ。陸玖は、それをおっかなびっくり手で触れて、動かしてみる。上下左右へと動かし、くるりと一回転させ、また同じ位置に戻す。そして、右上の×を押してウインドウを閉じる。


「すごい! 面白い、これ」


 自分の夢ながら、よくできていると感心した。


 そのとき、視界の片隅でポップアップウインドウが立ち上がった。

 そこには「エイラ様がログインされました」と表示されている。

 これは陸玖が所属しているギルドのメンバーがログインしたことを知らせる通知だ。


 ギルドとは、プレイヤー同士が作る団体組織のことである。ゲーム内で仲良くなった人同士が集まるグループと考えればいい。ギルドに所属すると、能力値にボーナスを与えるギルドスキルなどのシステムの恩恵を得られるだけではなく、所属するメンバー同士で交流を深めることでアドバイスや助力を得ることなどができるのだ。


 陸玖はいつものように、同じギルドに所属している仲間だけが閲覧できるチャット――ギルドチャットで挨拶をしようとして、困った。

ゲームの中では、ギルドチャットのコマンドを入力するか、チャットウインドウのギルドチャットのタブを開いてチャット入力すればいいのだが、あいにくとそんなものはない。


「えっと……ギルドチャットはどうすりゃいいんだろ?」


 そうつぶやいた途端、また目の前にウインドウが開いた。それはゲームの中では見慣れたギルドチャットのウインドウで、そこには今自分がつぶやいた言葉がそのまま表示されていたのだった。


『エイラ:……え?』


 続いてギルドチャットに発言が表示されるとともに、どこかエコーがかかった女性の声が聞こえた。それは耳で聞こえたというより、直接頭の中に響くような声だった。


「あ…えーと。こんばんは?」


 おっかなびっくり呟いてみると、やはり自分の発言がチャットに表示されていく。どうやら、ギルドチャットで発言すると意識して呟けば、それが表示されるらしい。


『エイラ:こんばんは』

「ど、どうしたの? いつものエイラらしくないね」


 いつものエイラだったら挨拶の次は決まって「さあ、狩りにいくよ!」と言うのがお約束であった。そのお約束が出るどころか、エイラらしからぬあやふやな答えが返る。


『エイラ:え……まあ、そんな日もあるよ』

「狩りはどうする?」


 そう尋ねると、しばらくエイラは考え込むように沈黙した。


『エイラ:う~ん。今日はやめておく。ちょっと街を見て回りたいからね』


 ギルドメンバーの中では「狩り中毒」とも言われているエイラらしからぬ発言だった。

 しかし、言われてみれば、それもいい考えに思えた。

 今までモニターに映し出されていた美しいグラフィックで描かれたファンタジーの世界。たとえ夢の中とは言え、その世界を自分の目で見て、体験できるのだ。


「俺も一緒に観光めぐりしてみたいんだけど、いいかな?」

『エイラ:OK。どこかで待ち合わせる?』

「俺は今、自由都市の広場にいるんだけど、エイラは?」

『エイラ:ギルドハウスの中。急いでそっちに行くね』

「了解。広場で待ってるよ」


 ギルドチャットを打ち切った。

 エイラは、『ミュステーリオン・オンライン』で一番親しい友人である。

出会ったのは、まだオープンβが開始されて間もない頃だった。MMORPG初心者だった陸玖は、どうやってプレイすればいいのか困っているとき、やはり同じように右往左往しているプレイヤーを見かけ、勇気を出して声をかけた。


 それが、エイラだった。


 お互いにMMORPG初心者だったふたりは、意気投合し、一緒にプレイすることになった。だが、右も左もわからない初心者同士だ。パーティーを組むだけで10分近くかかったり、フィールドで道に迷って途方にくれたり、高レベルモンスターの巣に突っ込んでふたり仲よく死亡したり、今思い返すとめちゃくちゃなことばかりやった。


 しかし、それまでコンシューマーゲームのひとりプレイしかやったことがない陸玖にとって、一緒に未知の世界を冒険し、一緒に失敗して笑い合い、一緒に戦って勝利を分かち合うことは、鮮烈な体験だった。


 それはエイラも同じだったらしく、気がつけばふたりはいつも一緒にプレイするようになっていた。


 そして、今ではエイラをギルドマスターとした〈月下庭園〉というギルドを創設し、一緒にプレイするギルドメンバーも増え、フレンドと呼べる人もできた。

しかし、それでも一番仲がいいプレイヤーは?と尋ねられれば、陸玖は真っ先にエイラの名前を挙げるだろう。

 それだけに、エイラが夢の中でどんな姿で会えるか楽しみでならなかった。

 待ち合わせの噴水前に立ち、周囲を見回していた陸玖は、見覚えのある装備をつけた人を見つけた。


「おーい、エイラ! こっち、こっち!」


 そう叫んで手を振ると、向こうもこちらに気づき、小走りで駆け寄ってくる。

 頭上に『エイラ〈月下庭園〉』とキャラクター名を表示していたのは、赤みがかかった茶色の長い髪をライオンヘアーにした少女だった。年の頃は、だいたい陸玖と同じぐらいだろうか。ちょっと目つきがきついが、陸玖がドキッとするくらいの美少女である。

 彼女の装備は、おおざっぱに言ってしまえば、毛皮でできたビキニにレッグウォーマーとアームウォーマーといったものだ。ビキニのトップスには右肩に一角獣のような角を生やした獅子の顔と、胸部を白い骨とで補強されてはいるが、とても防御力があるとは思えない代物だ。

 見た目からは考えられないが、これは「大酋長シリーズ」と呼ばれる最高級の防具一式だ。絶対に手に入れたいというエイラに付き合わされ、さんざん苦労して手に入れた装備であるため、陸玖にとって忘れようにも忘れられない装備である。

 両手持ちの巨大な斧を背負い、牙と角を生やした魔物の頭蓋骨を兜代わりにライオンヘアーの上に乗せていることもあって、いかにもアマゾネスといった出で立ちである。

 陸玖の前まで来たエイラは嬉しそうに顔をほころばせると、


「ごめん、お待たせ。――えっと、あなたがレドリックで……!?」


 なぜかエイラは言葉を途中で止めると、あんぐりと口を開けた。そして、しばらく酸欠の金魚のように口をパクパクさせてから、陸玖の顔に指を突き付けると、こういった。


「あなた、赤井君……!?」


 突然、自分の本名を言われて驚いた陸玖だったが、今になってようやくエイラの顔に見覚えたあることに気づき、さらに大きな驚きに襲われた。


「え? ……ええっ!? まさか、委員長!?」


 『ミュステーリオン・オンライン』で一番の友人エイラは、クラスメイトの女の子の姿で現れた。


読みやすいように行をあけてみましたが、どうすれば一番読みやすくなるか現在試行錯誤中です。

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